MT MANIAX

苦難の時にこそ、われわれは隣人に対して寛大であらねばならない。そうしていれば世界はわれわれにとって寛大なものになるはず。

粕漬け最高!

2007年08月31日 | 日記
 今日は夕飯に自作の粕漬けを食べました。自画自賛になりますが、おいしかったです。
 先日の土曜日に仕込みました。鮭とタラコを漬け込みました。スーパーで国産の秋鮭の切り身が売られており、衝動買いしてしまいました。国産にこだわるわけではないのですが、外国産の鮭の切り身より、身がふっくらしているように見えたためです。タラコについては粕漬けのレシピを決めている最中、偶然にネットで見つけました。タラコの粕漬けは珍しいと思いましたので、ついでに買ってきました。
 ネットを参考にして、粘度をゆるくした酒粕を用意。タッパーに、酒粕 → ガーゼ → 鮭もしくはタラコ → ガーゼ → 酒粕の順番に入れ、ふたをして冷蔵庫へ。ガーゼは薬局で購入した安いものを使用しました。
 食べるのがかなり待ち遠しかったです。土曜日から漬け込んだものを、いよいよ取り出しました。焼く前に、鮭やタラコについた酒粕をティッシュで軽くぬぐってやりました。焼いたときにこげるのを防ぐためです。これを魚焼き用の網にのせてガスの火で熱を通しました。
 できあがった粕漬けは、おいしかったです。期待以上でした。鮭の粕漬けはもちろん、タラコの粕漬けも一風変わっており、酒粕の風味が充分に染みていたので最高でした。タラコを酒粕って、相性がいいんですなあ。冷蔵庫には、まだ粕漬けが残っていますので、明日も食べるつもりです。

中国語を少し上達したい

2007年08月30日 | 日記
 毎週、水曜日に会社で中国語研修があり、これを受講しています。外国語学習の素養がないため、なかなか上達しませんが、なんとか頑張っています。
 昨日も中国語研修がありました。盆休みなどを挟んだため、約1ヶ月ぶりの授業でした。久しぶりでしたが、先生が出される質問のいくつかは答えることができ、嬉しい気分になりました。こういう瞬間があると、勉強する意欲が出てきます。簡単な日常会話ができるようになればいいなあ、と思います。

病院受入れ拒否・流産のニュースを見て思うこと。クズは誰なのか

2007年08月29日 | 日記
 妊婦の受け入れ先がなく流産した、というニュースが話題になっています。知らない方はニュースを調べてください。
 今回のニュースは、奈良から大阪へ搬送されたという点が問題のように感じますし、救急車が事故したという点も問題ですし、色々な病院に受け入れを断られたという点も問題のようです。個人的には、妊婦が午前2時頃にスーパーへ買い物に行っている、という日本のライフスタイルの変化にも少し驚いています(悪いとは言っていません。純粋に、変化に驚いているのです)。結構、根が深い問題のように思えます。大型病院の不足、医師の不足、医師の過酷な勤務状況、現代人の情の薄さ、地方格差など、いろいろな問題が入っているように思えます。
 様々な問題がごちゃまぜになっていて、冷静にみていかなければ「病院に受け入れられなかった→流産」という図式で考えてしまいそうです。この件について新聞各紙がつけている見出しを読んでみると、その新聞社がどこに力点を置きたいのか分かってきます。

「奈良→大阪9か所断られ、妊婦の搬送先決まらず流産」(読売新聞)
「妊婦乗せ、救急車事故 病院決まらず搬送2時間半 大阪」(朝日新聞)
「救急車事故:搬送中の妊婦流産 大阪」(毎日新聞)
「奈良から救急搬送の妊婦が流産 10病院受け入れ断る」(産経新聞)

 新聞記事の見出しという短い言葉の中に、記事の内容を収めるという作業に苦慮した跡が伺えます。各紙に微妙な違いがあり(不謹慎であることは承知していますが)各紙の特徴があり面白いです。しかし、どこの新聞社も概ね、日本の医療体制の不備を指摘するような内容でした。昨年8月に奈良・大阪の19病院に断られ、出産後に死亡した妊婦の話も引き合いに出されています。「流産」と「救急車の事故」と「病院受け入れ拒否」の因果関係は不明です。「ひどい!」と非難されることを承知で書きますと、結果的には流産していたかもしれません。しかし、必要なときに医療サービスを受けられなかった悔しさは、一生、心に残ります。
 私はこのニュースを昼食時に社員食堂のテレビで知りました。結構ショッキングなニュースでして、近くに座っていた方は食い入るようにしてテレビを見ていました。このようなニュースを見ると、怒りの気持ちがふつふつと心に沸いてきますが、すぐにある言葉が頭に浮かんできて情けない気持ちになります。
 頭に浮かんでくる言葉とは、福本伸行の『賭博黙示録カイジ』という漫画に出てくる兵藤和尊という爺さんのセリフです。兵頭は日本最大規模の消費者金融グループ「帝愛」の総帥でして、会長と呼ばれており、数百億円以上の預金を持っているにも関わらず、まだ金を集めようとする金の亡者です。『カイジ』に出てくる最大にして最悪の登場人物です。そんな兵頭のセリフは次の通りです。少し長いのですが引用します。

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言うまでもなくこの地上は苦しみのたうつ怨嗟の声に満ち溢れておる
十人百人の呻きが・・・・・・
一人の豊かな生活を支え・・・・・・
一人の豊かさがその十人・百人の希望だ・・・・・・・・・・・・
それがこの世の仕組み・・・・・・
わしはその冷酷 必然を認め
常に自らに言い聞かせておる

ところが・・・・・・
世の中には それではいかん
助け合わねばなどと・・・・・・言い出す輩もおって・・・・・・
わしは実に・・・・・・
こういう連中が嫌いでの・・・・・・
もし本気でそう思っておるのなら
さっさと金を送ればいいのだ
グズグズ言わずに・・・・・・・・・・・・
ビシビシ送るべしっ・・・・・・!

が・・・・・・
なぜか奴らはそれをせんのだ
そっちに話が及ぶと突然ほおっかむり
曖昧な逃げ口上に徹する・・・・・・
わしは・・・・・・
そういうクズにならぬようにとも戒めておる
つまり・・・・・・
わしは生涯人を助けぬ・・・・・・と
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 要は「お前が善人であり、困っている人を見て助けたいと“心の底から”思うのならば、どんどん自分の金を与えれることぐらいできるだろう」という意味であり、「中途半端な偽善者が一番の悪」という意味だと思います。兵頭のセリフ、心に突き刺さります。
 今回のニュースについてブログ検索してみると、たくさんの記事がヒットします。関心は高いようです。医療従事者が書かれた記事もたくさんありました。医療関係者ではない方の反応の多くは、やはり日本の医療体制の不備が昨年に続いて今回も不幸を招いた、というものでした。
 ここで兵頭のセリフを思い起こしてみますと、このようなブログを書いた人は、兵頭のいうところの「クズ」ということになります。昨年のニュースを見たあと、自分は何もしておらず、行政や医療体制に対する批判しかしていないためです。私がブログ検索して読んだ限りは、「昨年の事故のあと、○万円寄付をした」「自分は医師になることを目指すことにした」「奈良県の現状を立て直すために県庁に入り、早一年」というような類の記事は皆無でした。
 今が旬なのでしょうか。「舛添要一さんに期待します」という締めくくりのブログ記事もいくつかありました。このような人は、兵頭の言うところの「クズ」に該当すると思います。私は「クズ」を非難しているわけではありません。私も、昨年から何もしませんでしたから、非難する資格はありません。私も同類でしょう。
 兵頭のようなスタンスの人間を正しいとは思いません。何かを非難することにより自分を正義の味方にする人間のスタンスも正しいとは思いません。根が深い問題を良い方向へ解決してくことは、極めて困難であるということです。そのような中、「自分には何ができるのか」といいうことを常に考えて、行動することが重要であると思います。

月食

2007年08月28日 | 日記
 本日は皆既月食でした。会社を出て21時頃に空を見上げると、月が影で欠けていました。月食の終盤であったようです。天気予報は良くなく、雲で見えないだろうと諦めていたので、うれしい驚きでした。久しぶりに月食をじっくりと見ることができました。偶然が生み出した不思議な現象です。自然はすごい。

Accessで品質管理データを集計したい

2007年08月27日 | 日記
 品質管理に関するデータの集計方法を検討しています。今まで紙ベースで記録していたデータをパソコン上で蓄積して、QC7つ道具に代表されるような統計処理をしたいです。フリーソフトで適当なものがないのでAccessで自作しようと考えています。自分ひとりが使うデータベースならば適当に作ればいいのですが、色々な人が使う場合は分かりやすいインターフェイスが必要です。Accessはほんの少しは使えるのですが、フォームをちゃんと作ったことがないため勉強しなければ・・・・・・。

今治ジャズタウン!!!

2007年08月26日 | 日記
 今年も行ってきました! 今治ジャズタウンです。どのようなイベントかと言いますと・・・・・・

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港町にはJAZZがよく似合う・・・

毎年8月に日本のトップアーティストを始めとし、各地で活躍中のプロアーティストや地元周辺アマチュアバンド等が一同に会して開催の「今治ジャズタウン」では、毎夏、熱くJAZZYな時間をお楽しみいただけます。
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 会社の上司がジャズバンドに入っていることがきっかけで、昨年、初めてこのイベントへ行きました。そのあまりにも楽しい時間を過ごせたおかげで、今年も迷わずジャズを聴きに行きました。私のような音楽音痴の者にとっても充分楽しめる、(表現は悪いのですが)ハードルの低いコンサートです。
 会場内の客は今治の地元の人がほとんどでして、扇子を仰いでいるおばさんや、ラフな格好のおじさんなどがいまして、和やかな雰囲気でした。もともと音楽鑑賞という娯楽はこんな感じだったのかもしれません。
 私よりも一世代前の方に、昔の映画館の雰囲気について話を聞いたことがあります。子供が走り回り、客席から銀幕へ向かって拍手喝采があったりしたそうです。その時代と比べると、現代の映画館はかなり堅苦しい娯楽施設になっていると思います。この今治ジャズタウンは、昔の映画館のような雰囲気のコンサートです。門戸が広く、誰でもジャズに触れることのできるイベントです。
 今年もすばらしい演奏を聴くことができました。音楽に関するうんちくを私は語ることができませんので、残念ながらその音楽のすばらしさを表現できません。至福の時間を過ごすことができました。感謝!

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

2007年08月26日 | 映画
監督:デヴィッド・イェーツ、出演:ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、2007

 人気シリーズの第5弾です。まだ続編が作られるのですよね。続きもののファンタジー映画としては、ちょっと長いなあ。今回の『~不死鳥の騎士団』は上映時間が138分。これもちょっと長いです。
 冒頭は、主人公の魔法使いハリーが普通の人間の前で魔法を使うところから始まります。魔法使いの世界では、未成年が人間の前で魔法を法律で使うことを禁じています。ハリーは魔法学校から追放されそうになり、大変な事態になります。そこにハリーの仲間がやってきて、人間界から魔法使いの世界に戻ることになります。
 このシーンで、ハリーたちは移動手段として魔法のホウキを使います。いきなり住宅街のど真ん中でホウキにまたがり、飛びはじめます。びゅんびゅん空を飛んで、スピード感のあるシーンなのですが、ハリーがホウキで飛んでいる姿が、人に見られる心配はないのか、と思ってしまいました。仲間たちは、ハリーを助けにきたのか、陥れようとしているのか・・・・・・。滅茶苦茶なシーンでした。
 物語は「ホグワーツ魔法学校」「魔法省」「ヴォルデモート卿」の三すくみ状態で進んでいきます(「魔法省」は魔法界の政府機関。「ヴォルデモート卿」は悪のボス)。また、会話に出てくる人の名前が多すぎて、しかもカタカナであるため覚えきれませんでした。よって、映画を観ている最中、少し話しが分からなくなるシーンがありました。
 話の途中、ハリーが嘘つき呼ばわりされて魔法学校の生徒から仲間はずれになるシーンが、映画の中盤まで続きます。これが少し無理があるように思えました。これまでの4作ではハリーは大活躍していて、魔法学校のヒーローでした。そんな手のひら返したような状態になるもんかなあ。
 ヴォルデモート卿が復活したことをハリーは必死に学校の生徒に伝えますが、皆は信じてくれません。理由は、魔法省が圧力をかけている魔法世界の新聞が、ハリーたちを嘘つき呼ばわりしているためです。こういう場合、子供は新聞記事を信じるものでしょうか。それとも、学校の中で流れるうわさを信じるものでしょうか。私ならば、校内の怪しげなうわさを信じてしまいそうです。
 上記のようなことなどが気になって、映画を楽しめきれませんでした。

オーシャンズ13 (OCEAN'S THIRTEEN)

2007年08月25日 | 映画
監督:スティーヴン・ソダーバーグ、出演:ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモン、アンディ・ガルシア、エレン・バーキン、アル・パチーノ、アメリカ、2007

 久しぶりに映画を観に行きました。人気シリーズの第3弾『オーシャンズ13』です。『オーシャンズ~』は、泥棒たちが大金持ちの悪人を懲らしめるというスタイルの映画です。今まで観た中で、今回が一番面白かったです。
 『ルパンIII世』的な痛快さがありました。「オーシャンの仲間たち」VS「ホテル王ウィリー」という図式も分かりやすく、無意味な複雑さはありませんでした。オーシャンたちが「ホテル王ウィリー」を懲らしめる理由(動機)は、ウイリーがオーシャンの仲間のルーベンを騙し、財産や生きる目的を奪ったためです。この動機は、オーシャンたちの泥棒行為を正当化してくれます。
 個人的には、『ゴッドファーザーPART III』に共演したアンディ・ガルシアとアル・パチーノが出演することです。このキャスティングはポイント高いなあ。
 復讐劇なのですが、画面から伝わってくる空気はゆるく、随所に笑いが散りばめられています。気楽に楽しめる映画でした。

味噌が急に恋しくなった

2007年08月24日 | 日記
 味噌の工場規模の製造に関する文献を読んでいました。まだ途中までしか読んでいませんが、なかなか面白いです。どのようにすれば安定した品質の味噌を製造できるのか。味噌だけではなく、発酵・醸造して製造する調味料の製造は興味深いです。
 そんな文献を読んでいますと、急に味噌を食べたくなりました(笑)。不思議です。特に味噌汁を飲みたくなってきました。そこで外食して味噌汁を注文しました。子供の頃はまったく思わなかったのですが、味噌汁はうまいと思います。
 日本の食生活には味噌は切っても切り離せない存在です。味噌汁の歴史について調べてみますとなかなか面白いです。ご存知の通り、昔は「おみおつけ」という言葉が使われていました。厳密には「味噌汁」と「おみおつけ」は別物だそうですが、私が小学生の頃には、まだ漫画などで「おみおつけ」という言葉が使われていました。今ではまったく見かけない言葉になってしまいました。
 「おみおつけ」は漢字であらわすと「御実御汁食」と書きます。汁に実があり、それを食べる、という意味です。昔の「おみおつけ」は具沢山であったことが名前から分かってきます。「御」という漢字が使われていますので、贅沢な食べ物だったのでしょうか。私の実家で朝に出される味噌汁は具沢山でしたので「おみおつけ」だったのかもしれません。
 なんかこんなことを書いていますと、具沢山な「おみおつけ」を作りたくなってきました。味噌の歴史と、味噌の製造について勉強して、すこし味噌に関する知識を増やしたいと思います。

空が秋めいてきた

2007年08月23日 | 日記
 空に浮かぶ雲の形が少しずつ変わってきました。夏の雲と違い、秋の雲の姿になってきたのです。まだまだ暑い日が続いていますが、夏の終わりが徐々に近づいてきていることを目で感じることができました。秋よ、早く来い。

24時間マラソンで感動する人は、ルームランナーで感動するのか?

2007年08月22日 | 日記
 8月18日から19日にかけて、日本テレビにて毎年恒例の24時間テレビが放送されました。今年の目玉企画は、66歳の欽ちゃん(萩本欽一)が70kmのマラソンに挑戦することでした。ブログなどを読んでいますと、好評価のようです。
 8月19日(日)の視聴率で気になったことは、『24時間テレビ』が29.8%であったことと、NHKのドラマ『ハゲタカ』が4.6%であったことです。がくっ。ものすごく残念です。『24時間テレビ』の路線と『ハゲタカ』の路線は、違う方向を向いていると思います。私は『ハゲタカ』の方が好きだなあ。
 話を戻します。欽ちゃんのマラソンを見て、「感動した」「勇気をもらった」「元気な気持ちになった」という文章をあちこちで見かけます。私は真面目に見ていませんのでえらそうなことを書けないのですが、一つ疑問があります。「何に感動するのだろうか」という疑問です。先日、あるラジオ番組で面白いことを話していました。「ルームランナーを使えばいいのに」と言っていました。なるほど。面白い発想だと思いました。
 少し話しをそらします。24時間マラソンと同様なイベントの一つに高校野球が頭に思い浮かびました。これについても、「視聴者は何に感動するのだろうか」という疑問があります。仮に高校野球が炎天下の甲子園ではなく、冷暖房完備で選手に最高のプレイ環境を提供できるドーム球場ならば感動を生むのでしょうか。天然の芝ではなく、まったくきれいに整った人工芝のある球場ならばどうでしょうか。まったく感動がなくなるわけではないのですが、おそらく感動は弱くなると思います。スポーツ選手が理想的な環境でプレイするよりも、理想的でない環境でプレイする方が感動を生みやすいのだと思います。
 話を24時間マラソンに戻します。雨も炎天下もない、空調が完備された室内に設置されたルームランナーで、欽ちゃんが70km分を走ったとしても、感動は生み出さないと思います。テレビの目玉企画としても成立しないと思います。ルームランナーで走ったとしても、欽ちゃんは疲れ、ボロボロになっていきます。タオルで汗を拭くでしょう。水も飲むでしょう。マッサージを受けたりもするでしょう。しかし路上を走る方が、室内のルームランナーよりも感動すると思います。
 走者が過酷な状況で身をボロボロにしていきながらもゴールを目指すという痛々しい姿があってこそ、このようなテレビの企画が成立するのだと思います。そのためには、室内のルームランナーよりも、外の路上で走者が走るほうが過酷な状況の感じが視聴者に伝わりやすいのだと思います。

ハンカチ王子の限界、道具の持つイメージの限界

2007年08月21日 | 日記
 いまだにメディア情報などで、2週間に1回ぐらいの割合で「ハンカチ王子」という文字を目にします。すごい人気なんだなあ、と思います。「ハンカチ王子」「はにかみ王子」と、ちょっとよく分からない状態です。
 「ハンカチ王子」について思うことがあります。それは「ハンカチ王子」が汗を拭く道具としては、どこまでが「ハンカチ王子」としての許容範囲であるか、ということです。これが、この記事の表題の「ハンカチ王子の限界」という意味です。
 「ハンカチ王子」に対して、世間の人たちは、どのようなイメージを持っているのでしょうか。「若い好青年」「さわやか」「格好いい」「育ちが良い」「だらしなくない」というイメージかと思います。ハンカチは、あくまで「ハンカチ王子」をエキセントリックに引き立てた道具であり、「ハンカチ王子」に普通の球児とは違うイメージを付加した道具でもあります。イメージが、あくまで大事なのです。よって、これらのイメージを逸脱した道具を「ハンカチ王子」が手に持ってテレビに映ったときは、それは逸脱した行為となり、「ハンカチ王子」の限界となります。
 ちょっと分かりにくいと思います。考えていることをいくつか書いていきます。
 「ハンカチ王子」ブームでは、青色のハンカチが話題になりました。「ハンカチ王子」が青色ではなく、淡い緑色のハンカチを使用していたらどうでしょうか。これは許容範囲でして、淡い緑色のハンカチでも充分に「ハンカチ王子」は成立します。赤色、ピンク色、黄色でも充分に成立すると思いますが、淡い緑色のハンカチの方が「ハンカチ王子」らしいという印象を受けます。それは、赤色やピンク色が女性を連想させる色だからであり、黄色では映画の名作である『幸福の黄色いハンカチ』を連想してしまうためです。このハンカチの色が、葬式のときに携帯するような無地の白色のハンカチならどうでしょうか。これは、「ハンカチ王子」らしくない色のハンカチであると思います。葬式用のハンカチを使って汗を拭いている「ハンカチ王子」をテレビで見たとき、視聴者は引いてしまうと思います。よって、無地白色のハンカチは「ハンカチ王子」の限界です。
 同じハンカチであったとしても、ボロボロの汚いハンカチはダメです。端がほつれていたり、くしゃくしゃにシワが入っているものもダメです。できればきれいに折りたたまれたハンカチがふさわしいと思います。
 ハンカチ以外の道具を考えてみましょう。ハンカチタオルはまったく問題ありません。タオル生地のハンカチタオルならば、無地白色でも充分に許容範囲であります。ハンカチタオルの方が、普通のハンカチよりも許容範囲が広いです。ハンカチが持っている生々しいイメージがなく、スポーツ寄りの道具だからであると思います。
 しかし、ハンカチタオルに何かアニメのキャラクターが印刷もしくは刺繍されていたらどうでしょうか。ドラえもんならば、何とか許容範囲だと思います。少し古いのですが、ドラゴンボールやスラムダンクもOKでしょう。しかし、ガンダムやエヴァンゲリオンでは「ハンカチ王子」らしくないと思います。ここらあたりが限界でしょうか。
 ハンカチ以外の道具としては、他に手ぬぐい、風呂敷、タオルが思い浮かびました。タオルはバスタオルのようなものはダメでしょうが、スポーツタオルやフェイスタオルはOKでしょう。風呂敷はダメだと思います。ちょっと和風のイメージが強すぎ、野球のマウンドには合わないと思います。手ぬぐいは非常に判断が難しいのですが、ギリギリダメだと思います。ハンカチよりも汗や垢のイメージが強く、落語、歌舞伎、大工のイメージもダブります。手ぬぐいは、ハンカチよりも粋(いき)な道具です。粋と「ハンカチ王子」は合いませんので、手ぬぐいは「ハンカチ王子」の限界であると思います。
 汗関係の道具としては、あぶら取り紙があります。これについては、普段の生活で愛用している人と、使わない人で意見が分かれそうな気がしますが、結論を述べますと「ハンカチ王子」にふさわしくないと思います。あぶら取り紙は、汗というよりも顔からの分泌物を吸い取る道具です。分泌物を吸い取るという作業は、さわやかさからは離れていると思います。また、あぶら取り紙は化粧道具の一種ですので、あぶら取り紙使用後のさわやかさを求めているだけではなく、人目を気にしているようにも思えます。「ハンカチ王子」はそのようなことを気にしなくとも、生まれつきにさわやかであった方が良いと思います。
 トイレなどに設置されている紙タオルはどうでしょうか。これもダメですね。紙タオルを使用するとき、私の心には罪悪感がわいてきます。それは、もったいない、という気持ちです。できれば「ハンカチ王子」には、使い捨て行為をして欲しくないと思います。
 ウェットティッシュはどうでしょうか。ウェットティッシュは上で述べた、あぶら取り紙の欠点をカバーしている道具です。よって、「ハンカチ王子」に近い道具と思います。あぶら取り紙よりも良いと思います。しかし、「ハンカチ王子」には合わないと思います。「ハンカチ王子」のハンカチは、汗を拭くためではなく、ゲン担ぎの道具であったことは有名です。ゲン担ぎに使うには、ウェットティッシュは存在が軽すぎます。一生懸命がんばって勝利をめざしている高校球児の願いを、ウェットティッシュがかなえてくれるとは思えません。ウェットティッシュには荷が重いです。よって残念ながらウェットティッシュは「ハンカチ王子」の限界だと思います。
 以上のように考えていくと、意外と「ハンカチ王子」にふさわしい道具の許容範囲が狭いことが分かってきました。「ハンカチ王子」が「ハンカチ王子」らしく振舞うには、それなりにふさわしい道具が必要なのです。このようなことが「ハンカチ王子」の限界であり、道具が持っているイメージの限界なのです。
 結構、長文になってしまいました。バカなことを書いているなあ、と思われるかもしれませんが、こんなことを頭の中で考えていると、何時間でも遊べます。「ハンカチ王子」に何を持たせたら面白いか。実際にテレビで映っている姿を想像しながら考えてみると面白いですよ。

馬インフルエンザ報道に興味があります

2007年08月20日 | 日記
 馬にもインフルエンザがあるのですね。JRA(日本中央競馬会)は、馬インフルエンザ感染馬拡大にともなう2週連続の中止を避けたいようです。出走予定馬の全頭検査を実施して、陽性か陰性かの判定を行なうようです。有名な馬から、陽性の馬が大量に検出された場合、どのような措置をとるのか興味があります。
 競馬に詳しい方は当然ご存知だと思いますが、競馬は控除率という名のもと、胴元(JRA)が約25%の取り分を得られるようになっています(馬券を1万円買うと、そのうち約2500円がJRAの懐に入る仕組み)。
 私は動物愛護者ではありませんが、しんどい状態の馬を調教して走らせるのは気の毒だ、と感じるぐらいの心はあります。今は、人間で例えると「学級閉鎖」のような状態です。いつも莫大な25%をもうけさせてくれているのですから、個人的には馬をゆっくりと養生させてあげたいと思います。
 正直なところ、競馬が中止になろうが、開催されようが、競馬に興味のない私には関係がありません。全馬検査の結果と、(意地が悪いのですが)JRAの判断が楽しみなだけであります。
 ちなみに、今、一番やめてもらいたいことは、新聞の見出しなどで「馬インフルエンザ」を「馬インフル」と略すことです。「鳥インフルエンザ」報道以降、よく見かけるようになりました。「インフル」という略称に慣れていないためだと思いますが、言葉としての違和感を感じます。ご存知のように、「influenza」の略称は「flu」です。「influ」ではありません。もし私がインフルエンザに感染し、治療のために病院で診察を受けた場合、医者から「moritomoaki2001さん、インフルですね」と言われたら、イラッとすると思います。「インフルのお薬、出しておきますね」と言われたら、絶対にムカッと腹が立ちます。

日本には、健康ブームの下地が昔から根付いていたはずだ

2007年08月19日 | 日記
 高校野球の準々決勝で、今治西が負けました。甲子園での高校野球の映像を見ていると、炎天下の中プレイすると絶対に「健康」に悪いわ、と思ってしまい、「健康」とは何ぞや、と考えてしまいます。
 前々から「健康ブーム」について思っていたことがあります。実は「健康ブーム」は現代の日本特有の現象ではない、と私は思っています。情報化社会、エセ科学の氾濫などのためにブームが過剰になっているのは否めませんが、「健康ブーム」が訪れる下地が日本には歴史的・文化的に備わっていたと思うからであります。
 私がこの思いに至ったきっかけは、日本の食文化について考えていたときでした。日本の文化で欠かせないキーワードの一つに「無病息災(むびょうそくさい)」という言葉があります。説明するまでもありませんが「無病息災」とは、病気をせず健康であること、という意味です。古い言葉のようでありますが、実に現代的な意味を含んだ言葉のように思えます。
 「無病息災」のように、健康に関してな縁起を担いだ食べ物が日本にはたくさん存在します。少しだけ例をあげてみます。Wikipediaを参考にしました。


「御節(おせち)料理の海老の焼き物」
ひげが長く腰が曲がっている様子が老人を連想させる事から長寿を祈願したもの。

「お屠蘇(おとそ)」
屠蘇(とそ)とは、一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む薬酒である。昔から、「一人これを呑めば一家病無く、一家これを呑めば一里病無し」と言われ、正月の祝いの膳には欠かせないものとなっている。

「七草粥(ななくさがゆ)」
邪気を払い万病を除く占いとして食べる。

「節分の豆まき」
炒った大豆を撒き、蒔かれた豆を、自分の年齢(数え年)の数だけ食べる。また、自分の年の数の1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないというならわしがあるところもある。豆を撒くことには、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがある。

「素麺」
仙台などでは七夕に魔除けや子供の健康を願って素麺を食べる習慣がある。

「土用の丑の日のウナギ」
江戸時代、商売がうまく行かない鰻屋が平賀源内の所に相談に行った。源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。

「年越し蕎麦(そば)」
年越し蕎麦の由来とされる説は「細く長く達者に暮らせることを願って」というものがもっとも一般的である。


 また、食べ物だけではなく、日本の年中行事の目的には「豊作祈願」「魔除け」「子孫繁栄」に加えて「無病息災」が入ってきます。このような例を見てみると、健康を願った文化が日本には昔から根付いていたことが分かります。
 現代は「科学」の時代ですが、昔の日本では神仏への「信仰」が「科学」でありました。奈良の大仏は、当時の日本のトップレベルの「科学(信仰)」を結集して建立された、疫病や飢餓を根絶するためのスーパーマシーンであったと解釈できます(私は、『宇宙戦艦ヤマト』のコスモクリーナーのようなイメージでとらえています)。
 以上のようなことを考えると、「健康ブーム」到来のために必要な下地が日本には充分に備わっていた、と思えます。「健康ブーム」について考えるときには、「科学」「信仰」「無病息災」という3つのキーワードを頭に入れておくと、理解しやすくなってくると思います。つまり「科学」への信頼、無意識に「信仰」してしまう日本人の精神、「無病息災」への欲求であります。今年の初めの『発掘!あるある大辞典2』による納豆の問題については、3つのキーワードで説明できそうです。
 したがって、「健康ブーム」は現代特有の現象ではないと、私は考えています。日本では、昔から何回か「健康ブーム」が起きているのではないでしょうか。

NHKでドラマ「ハゲタカ」が6夜連続アンコール!

2007年08月19日 | 日記
  誰かが言った。
  人生の悲劇は二つしかない。
  一つは金のない悲劇。
  そしてもう一つは金のある悲劇。

  世の中は金だ。
  金が悲劇を生む。

 NHKのテレビドラマ『ハゲタカ』が今夜から6夜連続で再放送されます! 以前ブログの記事にも書きましたが、すばらしい、クオリティの高いドラマです。お時間のある方は、ぜひご覧ください!

19日(日)第1回「日本を買い叩け!」
20日(月)第2回「ゴールデン・パラシュート」
21日(火)第3回「終わりなき入札」
22日(水)第4回「激震!株主総会」
23日(木)第5回「ホワイトナイト」
24日(金)最終回「新しきバイアウト」

※ 19日は21時50分から。他は22時から放送される予定です。