凡凡「趣味の玉手箱」

キーワードは中国です。中国以外のテーマは”趣味の玉手箱にようこそ”で扱っております。

中国「五輪のため」消えた水田

2007-08-18 18:44:56 | 中国知っ得情報
この二三日、急に北京五輪のニュースが目や耳に止まるようになってきましたね。北京五輪の開幕があと1年に迫ったからです。北京五輪は中国の「偉大な国家事業」と位置づけられているのです。そのオリンピックを成功裡に開こうと中国は国家をあげてさまざまな対策に取り組んでいます。

その一つが、昨日この書庫で取り上げた「大気汚染対策」です。
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/50283754.html
そしてもう一つの重要な課題が水不足対策でしょう。北京の水不足は深刻で、農業や工業、発電などに利用できる水(水資源)は北京では一人あたり128立方メートル(03年)、これは世界平均約7800立方メートルの60分の1しかなく、日本の約3300立方メートルにも遠く及びません。経済成長による大量消費、節水モラルの欠如などなどから「東京砂漠」ならぬ「北京砂漠」の異名さえ生まれたそうなのです。

水不足の抜本的な対策が「南水北調」ですが、手っ取り早い対策として進められたのが強制転作です。大量の水が必要な稲作をやめて、乾燥に強い作物に転作するのです。これは北京市が07年1月に断行したもので、北京市に隣接する河北省3県二百数十の村に「退稲還旱」と名づけられています。米を供給していた水田を乾燥に強いトウモロコシ畑に変えたのです。総面積にして約6667万平方メートル、東京都の新宿・港・渋谷・千代田4区の合計とほぼ同じ面積で、数万人が転作を余儀なくされたそうです。
「南水北調」の記事は↓
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/48622490.html

説得に当たった県の役人は「トウモロコシなどの野菜類は年2回収穫できるから農家の収入は増えるはず、転作は農民が勝手に決めたこと」と言っているそうです。行政は補助金を畑の面積に応じて農民に支払っていますが、2年間の「試験的措置」なので、効果がないようであれば補助金はストップされるし、その後がよく見通せないようです。農民は泣く泣く転作に応じたのがどうも実態のようでここにも中国の弱者に大きな負担を強いる構図が見え隠れするように思えてなりません。

水田の減少によって米資源は当然減少します。拙速な対策は食糧事情の悪化をもたらす危険もあるのではないかと思います。「南水北調」もそもそも南の水源は本当に良質で豊富に存在するのかという疑問にもぶつかりますし、水不足対策は食糧確保の問題とも絡んでなかなか複雑で難しい問題なんだと思いました。

8月8日毎日新聞朝刊から

中国疾走、五輪まで1年

2007-08-18 18:42:21 | 中国知っ得情報
読売新聞の一面トップの写真を見て驚きました。北京郊外の万里の長城に多くの観光客が押し寄せている写真なのだが、その写真の右後方に北京五輪の巨大看板がかすんで写り込んでいるのです。今日の記事は北京の大気汚染は「世界最悪」というテーマなのですが、せっかくの世界遺産が広告看板に泣かされているのです。これは景観破壊のなにものでもありません。

北京では威信をかけて「人工消雨」の実験に取り組んでいます。この目的は北京で青い空のもと開会式を成功裡に導きたいと言うことで、開会式の前に北京の空に化学物質入りのロケットを打ち上げて人工的に雨を降らせて、天気にしようという試みだそうです。
「中国の一部の都市における大気汚染は世界最悪の水準に達している」とOECDが7月に報告書で指摘した事実は中国の指導者に大きな衝撃を与えました。日本では大気汚染の問題が1970年代の前半に問題となりましたが、今北京は同じような状況にあるのです。人工消雨で天気をコントロールするのもどうかと思いますが、“北京の汚れた空”というイメージを五輪で払拭させたいという指導者の思いもあったのでしょう。

北京の大気汚染対策はまだ始まったばかり、目に見える成果はまだないようです。7月28日の東京都内で開かれた日本オリンピック委員会の会議では競技のコーチから「選手が大気汚染でやられてしまう」という声が相次いだそうです。「2,3日北京にいると咳が止まらなくなる」「北京で運動中の酸素摂取量が1割低下して胸の痛みを訴える選手もいる」「英国水泳チームは大気汚染への懸念から開幕直前まで北京入りを控えることになった」といった情報が相次いで入ったそうです。過去のオリンピックで大気汚染がこれほど問題にされたことはないのです。

北京市の南東約200kmにある河北省青県。人口約39万人のこの県の郊外に「がん村」というのがあるそうです。人口数百人の集落で7人が6年前から肺ガンを発病し、すでに5人が亡くなったそうです。原因は、集落に隣接した化粧品工場が排出する汚染物質の可能性が強いようですがまだ特定されているわけではなさそうです。周辺は夜間、特に刺激臭が立ちこめ、周囲の樹木の葉っぱが白くなったそうです。青県の例ではありませんが、企業が地元政府とつながっており、住民が被害を地元政府に訴えても殆ど聞く耳を持たないのが現状のようです。被害を訴えた住民と地方政府の間でいざこざがおき、住民は拘束され、汚染は引き続き拡大するという最悪のシナリオが各地で繰り返されているようです。

中国全体で見れば、北京はそれでもまだよい方なのだそうです。大気に拡散した亜硫酸ガスは水と反応して酸性雨として地上に降り注ぎます。まあ薄い硫酸が振ってくるものと考えればよいのですが、中国全土の3分の1の地域がこの酸性雨の影響を受け、長江以南の浙江省や江西省、湖南省、広西チワン族自治区、広東省で木が枯れたりの被害が特にひどいとのことです。そして大気汚染の影響は日本にまで及んできています。偏西風によって運ばれた汚染物質が酸性雨として日本に降っているわけです。こうなると日本も対岸の火として黙ってみているわけには行かなくて大気汚染対策が日中共同で行われているのです。

大気汚染以上に大きな被害が出ているもの、それが水質汚染です。有名な太湖などの湖でアオコが大量発生して、周辺都市では飲料水への不安が高まっています。湖や河川周辺の工場排水や生活排水など複合汚染によって水質が富栄養化状態にあるのです。農村では実際に井戸が工場排水で汚染されて飲めなくなったという深刻な状況もあるようです。そして河南省沈丘県一帯では河川の汚染により100人以上の癌患者を出したとのこと、「がん村」が20余りもあるとの衝撃的な報道もあるとのことです。
中国が持続的な発展を遂げるためには、五輪を前にした一時的な対策を講じることも重要なのだろうが、企業と地方政府の癒着の問題に鋭いメスを入れ、今起こっている悲惨な実態一つ一つを明らかにし、地道に解決してゆく必要がありそうです。

8月7日読売新聞朝刊から

始皇帝と徐福

2007-08-18 18:39:14 | 中国知っ得情報
8月6日毎日新聞の夕刊に、中国史に詳しい作家の陳舜臣が始皇帝と徐福という記事を書かれていましたのでそのエッセンスを記しました。

始皇帝と徐福に関する記述は司馬遷の史記に記されていました。
斉の人であった徐福が「海中に三神山があり、仙人が住んでいて、不老不死の薬を知っている」と秦の始皇帝に言って、童男童女三千、五穀の種、百工(さまざまな技術)とともにそれを求めに出かけようとしたのです。史記によれば、これが紀元前219年だったようです。それでは、徐福は本当に航海に出たのでしょうか?始皇帝は皇帝という称号をはじめて作って自らを始皇帝と名乗った大変な権力者でありましたが、一つだけ彼がどうしても手に入れることができなかったのが不老不死の薬であったわけです。始皇帝は彼が亡くなった年の紀元前210年、徐福に「不老不死の薬はまだ届かぬか」と海岸に視察にやってきたようです。徐福は「出発の準備はできておりますが、大きな鮫が出発を妨害しております」と。始皇帝は「それなら朕が退治してくれよう」と海上を巡り、鮫を見つけて殺しました。

陳舜臣氏によれば徐福は秦という絶対主義的な国を出たくて出たくてしょうがなかったと推察しています。そのために秦の始皇帝に不老不死の話を持ちかけ、資金を引き出して、どこかの国に渡ってしまったのだろうと推理しています。確かに歴史に厳格な司馬遷が“「徐福が「平原広沢を得て王になる」”と書いていることから、海外に渡ったと言うことは真実の可能性が高いのです。それではその行き先は日本だったのでしょうか?日本には徐福の伝説の土地が11ヶ所もあって、彼の墓が2ヶ所あることから日本渡来説が信じられているのです。しかしながら、「平原広沢」という地名は日本にはないことから日本への渡航説に疑問を挟む学者が多く、渡航先はアメリカだと唱える香港の学者さんもいるそうです。徐福伝説の謎は深まるばかりですね。

「徐福は神武天皇か」の記事は↓
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/25553699.html



少年ら強制労働・大規模摘発問題について

2007-06-23 19:02:23 | 中国知っ得情報
拙ヤフーブログで、中国山西省のれんが工場で多数の誘拐された少年が不当に働かされている事実が、明るみに出て問題になっていることを、紹介しましたが、中国政府はこの事件を重く受け止め、全国で調査に入ったとのニュースが21日の日本経済新聞朝刊の国際欄に出ていました。歯磨き粉やペットフードなどと同じく、中国に横たわる深刻な問題だと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/49280422.html

まず、この問題が中国政府や地方政府によって明らかにされたのではなくて、インターネッ上で自分の子供が誘拐、強制労働させられていた惨状を訴えて明るみに出たことが問題だと思います。日経記事を引用してみましょう。

河南省鄭州市の駅前で薬を飲まされ17歳の少年は救出直後、中国紙の取材に工場内の様子を打ち明けた。少年は監禁された約3ヶ月の間に、冷却前の高温レンガを運ばされ、大火傷を負ったという。変わり果てた息子と面会した父親は「子供の反応は鈍く、コトバも支離滅裂」と嘆いた。少年らが連行されたのは鄭州市から北西へ300キロ以上離れた山西省臨安市のれんが工場。監禁された少年は千人以上に上るとされ、食事もまともに与えられないまま過酷な労働を強いられていた。これまでに河南、山西の両省は548人を救出し、地元の検察当局が工場経営者ら主犯格の五人を逮捕。

子供が誘拐されて、強制労働させられていたという事実は、山西省に限らず、広東省恵州市、黒竜江省ハルビン市、黒竜江省伊春市でも発覚していた。そして、山西省ではなんと地元公安(警察)が口止め料を受け取っていたという証拠も発見されたという。
また、今回事件が明るみになった工場の経営者の父親が共産党村支部のトップの書記であることがわかった。

このような事態となれば、物言わぬ人民も黙っていられなくなったのである。インターネットには政府の無策を非難する記事も目立つようになってきた。中央政府は事態を重く見て、「未成年者の権利を断固保護し、社会の公平と正義を維持しなければならない」と徹底調査を指示したという。人民の意見の中には「民主的な選挙がなければ何をやっても無駄」「最高幹部が辞職しない限り悪行はなくならない」など共産党そのものを批判する記事の書き込みさえも目立つようになってきたようだ。中国政府は記事に関してはあえて削除しないなど報道規制を緩め、積極的な摘発姿勢を示すことで秋に控えた共産党大会に向けて権力基盤固めを進める意図もあったのだろう。またこの記事の裏には中国貧民層の苦しい生活も背景にあるのだろう。未成年者を自分たちの生活のために不当な条件で働かせざる得えない人々、自分の子供達を売らざるを得ない人々が、もしかするといたのかもしれないのです。

毎日新聞、日本経済新聞6月21日朝刊からエッセンスをまとめるとともに、自分の感想を記したものです。

食の安全問題から中国社会が透けて見える

2007-06-23 19:00:51 | 中国知っ得情報
この三週間、小さな記事ながら、中国から輸出された歯磨きや玩具に有毒物質が含まれていたとの記事が目に付くようになった。下記に記事の一部を紹介するが、中国社会の現状が垣間見えるような気がする。箇条書きで簡単にまとめてみた。なお、拙ブログの書庫(ヤフー)“経済関連ニュース”では日本経済新聞の主要記事のタイトルを原則として毎日、紹介している。

①中国人がよく行く店では食品の安全は保証されているものと思っていたが、必ずしもそうとも言えないようである(6月17日の記事から)
②中国政府は厳罰を含む様々な対策を講じはじめたが、万全ではないし、いまだ政府の方針が地方政府まで浸透しているとも思えない記事も目に付く(6月1日記事)
③都市と農村の貧富の格差が広がりつつあり、中国政府も格差是正をはかろうと努力しているものの実効がなかなか上がらない。そして都市においては経済万能主義の風潮が広がり、儲けるためには手段を選ばないやり方が横行しているような感を覚える
④地方政府の役人、公安当局と企業経営者間での贈収賄が頻繁に行われていて、工場の不正操業がなかなか表に出てこない現実もあるようだ。6月16日の毎日新聞の朝刊には、中国山西省の複数のレンガ工場で誘拐した子供1000人を強制労働させていた上、虐待を加えていたという恐ろしい記事が出ていた。これは子供が行方不明になった河南省の親400人が、レンガ工場から子供の救出を求める連名の声明をインターネットで発表し、地元テレビ局が調査報道を行って事件が明るみに出たようである。山西省では4年前にも同様の事件が発覚したが、背景には地元政府、公安当局、企業の癒着が指摘されているという。このような癒着は中国では昔から問題視されていたのだが、いつの時代になってもなくなることがないようだ。
⑤河川の魚から有毒物質が検出されており、工場流域の河川の魚が汚染されている可能性が高いようだ

6月17日:中国、外食に「マイオイル」の怖さ→中国では「マイオイル」を持参して外食するホワイトカラーが増加しているという。持参したオイルで料理するように頼む。中国では下水溝などにたまった油を抽出した「地溝油」の製造工場が当局によって摘発されるなど粗悪油が流通。庶民が編み出した防衛策。北京の女子学生「農薬などで汚染された野菜も多く、油だけ交換してもどれだけ効果があるか」と漏らす。海外では薬品やペットフードによる健康被害で中国製品への不信感が高まったが中国からみると意外感がない。というのも国内では以前から悲惨な事故が頻発していたという。確かに、2003年安徽省の農村で粉ミルクを飲んだ乳児12人が死亡、広州で2006年工業用原料を含む注射液を投与された多数の患者が死亡などの悲劇が起こっているのである。北京には無農薬の野菜を売る店もあるがそれは通常価格の10倍もするという。

6月15日:中国で製造された「きかんしゃトーマス」塗料に鉛、木製玩具、米メーカー回収→日本にも輸入販売されていて販売元のソニー・クリエイティブプロダクツが無償交換に応じるという、うちにもきかんしゃトーマスがあった記憶があるので早速調べねば(毎日夕刊)

6月7日:中国製練り歯磨きにジエチレングリコールの有害物質、シンガポールの健康科学庁は「黒妹」二製品と「MAXAM」一製品について回収命令を出した

6月3日:中国産練り歯磨き廃棄を、米FDA有害物質を検出、子供が飲むと危険(各紙2日夕刊)→中米パナマなどで有毒なジエチレングリコール混入が確認されたのを受けての措置だという。ホテルで使った歯磨きの残りを持ち帰って使ったことがあるけどやめた方が良さそうだ

6月1日:有毒原料を含んだ中国産せき止め薬を巡るパナマでの百人の死亡事故、「食の安全に100%ない」中国がパナマに責任があると発表

5月30日:偽薬承認汚職、異例の死刑判決、中国食の安全強調

5月25日:中国、有害物や抗生物質、管理体制を強化、米国でナマズや歯磨き粉(ジエチレングリコールを含む)で有害物質検出されたとの報道を受けて

5月22日:中国「食の安全」へ法整備、国際会議開催、欧米の不信解消狙う

5月11日:パナマで中国からのグリセリン(薬に使用)で40人死亡、アメリカなどでカナダ産ペットフードを食べたネコや犬など死亡、フードの中国から輸入の原料にタンパク質の見かけの量を増やすためにメラミン?を混入、いずれも中国政府が認め関係者を処罰(NHKニュース)

少数民族「ハニ族」

2007-06-23 18:58:04 | 中国知っ得情報
「雲南の少女 ルオマの初恋」に主演している女優、リー・ミン(李敏)さんが前田知恵さんからインタビューを受けていました。6月11日に放送されたNHK3チャンネルのテレビ中国語会話においてです。

リー・ミンさんはハニ族の女優さんで、16歳の時に1500人の少女の中から監督の目にとまって女優となり、「雲南の少女 ルオマの初恋」の主演に抜擢されました。

インタビューで前田さんの“ハニ族の生活や文化についての良い点について教えて下さい”との問いに対して、リー・ミンさんは次のように答えられていました。
「ハニ族は棚田を中心に朝、太陽が昇ると田んぼに出て働き始め、太陽が沈むと家に帰って行きます。この生活が毎日繰り返されます。ハニ族の女性は、働き者で高望みしません。現状に満足して生活しているのです。
ハニ族の人たちは、他人に対して誠実です。どこの家を訪ねても、ハニ族の人たちはこぼれる笑顔で、真心のこもった挨拶をします。そこを訪ねた人は、まるで都会から遠く離れた清らかな浄土にいるような錯覚を覚えるでしょう」

そして、彼女は続けて言いました。「私は、いつまでもハニ族の誇りを持ち続けたいのです。そして映画を通して、できる範囲で世界の人々に、中国の片隅にこのような民族もいるのだということを知ってもらいたいのです」

心温まる良いインタビューでした。雲南省といえば日本人のルーツ説も一部にはありますね。日本人に失われているものをハニ族が持っているような気がします。

さて、ハニ族は雲南省のどこに住んでいるのか調べてみました。ハニ族は主としてシーサンパンナ・タイ族自治州という雲南省の南端にあるラオスとミャンマーに国境を設置しているところに住んでいるようです。もちろん、多くの少数民族が暮らす雲南省でも生活しているのでしょう。

シーサンパンナの地図と民族の紹介は週刊「中国悠遊紀行」の22巻「シーサンパンナ」に掲載されていたものです。
シーサンパンナのツアーもあるようです。個人旅行はおそらく難しいでしょうから、ツアーでたずねてリー・ミンさんの話をハニ族の人にしてあげたいものです。それには中国語を勉強せねば・・・ちょっと無理ですね。ならば、NHKのこの番組の写真を撮っておいてそれを見せてあげたいと思います。
その前に、この映画が日本で公開されるのであれば是非とも見に行きたいと思っています。インタビューは日本で行われたと仮定すれば、映画の宣伝も兼ねて来日していると思われますので、おそらくこの映画は日本で公開されるのでしょう。

争奪金属レアメタル

2007-06-23 18:46:16 | 経済関連ニュース
稀少金属レアメタルというコトバを聞かれたことがありますか。今や日本がお得意とする自動車、電子産業にとって欠かすことのできない稀少金属なのです。日本経済新聞に二日間にわたって解説記事が載っていました。

さて、『希少金属』(レアメタル)とは何でしょう?

埋蔵量が少なかったり、埋蔵量は多いものの抽出が難しかったりする31種類の金属のことです。ネオジムやテルビウムなどの希土類(レアアース)は性質が似ていて、17元素を一種類と数えます。表にあるように、生産国が中国や南アフリカなどに偏在している種類が多く供給不安や価格変動が起きやすい特徴があります。

今、レアメタルがなぜ脚光を浴び、問題視されているのでしょうか?

それはレアメタルが日本の製造業のリスク要因に浮上したからです。
新興国の経済成長はめざましいものがありますね。中国や南アフリカは資源供給国ですが、彼らはまた国内の自動車産業や電子産業に進出するようになってきました。そうすると自動車や液晶パネルの材料となるレアメタルを自国の産業に向けざるを得なくなるのです。すると、先進国の経済の発展とあわせて、レアメタルの需給逼迫が起こって、価格は高騰してゆきます。それは、資源量が有限だからなのです。具体的にはモリブデンなどは03年比較で価格は9倍にはね上がったそうです。このような背景から中国などではレアメタルの輸出抑制に動き始めたのです。先にも触れたようにレアメタルがなければ液晶テレビや携帯電話を創ることができなくなります。対策を講じないで手をこまねいていては日本の産業は大打撃を受けるのです。

それでは具体的に産業界にどのような影響があるのでしょうか?

普段われわれが乗っている自動車の値段が資源高で高騰してゆくかもしれません。
ホンダなどのトップは危機感を募らせています。自動車産業では排気ガス浄化に三元触媒を使っていますが、ここで使われているのが白金です。車1台あたり白金が3グラム使われているそうです。さらに今開発が行われている燃料電池自動車に至っては80グラムも必要と言うことです。昔から白金に変わる貴金属材料がないかと研究が行われてきたようですが、これといった代替品は未だ見つかっていないようです(ということから、燃料電池自動車の量産化は資源問題の制約からブレークスルーがなければ難しいと個人的には思っています)現在ではいかに触媒の量を抑制して浄化効率を向上させるかの技術が重要な課題になっています。

白金に限りません。レアメタルは私たちの身の回りで日常的に使われているのです。液晶パネルに使うインジウムや携帯電話に使うガリウムなどです。
そして、神戸製鋼所によれば、ビールのアルミニウム缶が満足に作れなくなるかもしれないというのです。それはアルミ缶材の強度を高めるために添加するマンガンの品薄感が急速に強まっているからなのです。このマンガンは中国中心に需要が急増、日本は2割を中国から輸入しているのですが中国は国内優先で15%の輸出税を課したのです。神戸製鋼所は南アフリカからのマンガン輸入拡大など調達先の多角化を図っていますし。昭和電工はネオジウムを原料とする永久磁石用合金製造工場を中国・内モンゴル自治区の工業団地に作りました。かつては中国から原料を輸入して国内の合金製造工場で作っていたものを原料調達の安定性の観点から現地生産としたのです。
また三菱マテリアルは超硬工具原料のタングステンのリサイクルを拡大しています。
このように企業は様々な対策を講じていますがそれでも死角があります。それは国内に一億台以上もある携帯電話がインジウム、リチウム、ネオジムなどレアメタルの集合体であるからなのです。レアメタルをどう確保するのか調達戦略が企業成長の分かれ目となると言って過言ではないでしょう。

レアメタルの価格高騰はレアメタルショックとも言われています。そのショックは非鉄金属業界にチャンスとリスクをもたらしました。非鉄各社は供給能力増強に動き出しています。DOWAホールディングが液晶パネルの透明電極になるインジウムの地金供給量を07年度は70トン以上に増やしています。インジウムは亜鉛鉱石に含まれる副産物で、インジウム含有率の高い亜鉛鉱石の調達に奔走しています。しかし約6割を輸入に頼るインジウムの増産余地は限られ、鉱石からの供給だけでは賄えない時代が来ると以前からリサイクルを手がける企業が現れてきました。アサヒプリテックや松田産業などです。これらの企業、特にアサヒプリテックは急成長を遂げ株価も年初来高値を更新中です。
いっぽう、資源メジャーは贅沢な資金で大型顧客を多数抱える日本の製鉄会社を格好な買収の標的に狙いを定めています。住友金属鉱山は買収リスクを逆手にとって、メジャー宣言しました。同社によれば「原料確保の重要性が増しているからこそ、独自技術を武器に資源を開発してゆく」のだそうです。

国も対策に乗り出しました。経済産業相の『希少金属代替材料開発プロジェクト』です。インジウムや超硬工具に使われるタングステンなどを対象に、5年をメドに使用量削減技術や代替材料の開発を目指すものです。ニッケルやクロムなど七種類のレアメタルの備蓄制度について備蓄量などを見直すのです。
生産活動に不可欠なレアメタルはいわば、『産業のビタミン』です。これからもこの話題は目にとまることが増えることでしょう。リサイクルの推進そして代替材料の開発、レアメタルがもたらした危機をバネにさらなる飛躍を日本企業は遂げていってもらいたいものですね。

日本経済新聞6月21日、22日の朝刊、「金属レアメタル㊤、㊦」からエッセンスをまとめかつ自分の意見を加えたものです。詳細は日本経済新聞をご覧下さい。

禅譲放伐

2007-06-02 05:01:47 | 中国のことわざ
中国のことわざ-287 禅譲放伐(ぜんじょうほうばつ)

中国には、禅譲放伐という語があるそうです。
「禅譲」と「放伐」とは相容れない概念の語と捉えられますね。

広辞苑で「禅譲」をひくと、“①中国で、帝王がその位を世襲せずに有徳者に譲ること。堯が舜に、舜が禹に帝位を譲った類②天子が皇位を譲ること”と載っています。
一方、「放伐」は“中国の革命観において、徳を失った君主を討伐して放逐すること”とあります。

堯や舜は中国で伝説上の聖帝として崇拝されてきた帝王です。
政(まつりごと)においては人民を慈(いつく)しみ、農をおこし土器を焼くことを教え、人心をして倦(う)まざらしめていました。
広辞苑にあるとおり、堯が舜を、舜が禹(治水の帝王、夏王朝の始祖とされています)をそれぞれ、野の遺賢を求めて譲位しました。つまり、世襲ではなかったのです。これを禅譲といいました。
禅譲の思想的な根拠は、帝位というものは天帝の意志によって定められるものであり、勝手に世襲してもてあそんではなりませんということなのです。そして政治は天帝の意に則(のつと)って行わなければいけません。すなわち帝王は天帝の意志の代行者ということだったのです。それ故に禅譲こそが理想の帝位継承のあり方であり、それを実行したことも、堯、舜が聖帝として崇拝されたゆえんの一つでありました。

そして、禅譲は平和的に行われることが必須の条件でした。たとえ、夏の桀王や殷の紂王のような暴虐な帝王といえども、臣下が暴力によって倒してはならないのです。
だから「放伐」は「禅譲」とは相容れない概念であり行為であり、あるいは天帝の意志に反し無視したことになるのです。

さて、殷の前代の夏王朝の最後の王は桀でした。桀は妹喜(ばっき)という妻妾に溺れ、その歓心をかうために奢侈淫楽(しゃしいんらく)にふけり、そのために殷の湯王に滅ぼされてしまったのです。
暴君たる桀を武力で倒して殷王朝を創始したことを、湯王は「これで良かったのだろうか?」と大いに悩みました。禅譲ではなかったからです。これに対して家臣の“仲(ちゅう)ち”は桀王は人民を「塗炭の苦しみ」におとしていた、だから天帝の意に背いた政治をしていたのであり、これを「放伐」したことは間違いではなかったと言ったのです。それは舜から禅譲を受けて夏王朝を創始した聖帝禹の「旧服」つまりほんらいのじせきにたちかえることであり、むろん良いことであるとも言っています。
こうして、湯王はようやくもやもやした気持ちを整理したのでした。

出典:田川純三著、中国名言・故事(歴史篇)、日本放送出版協会、1990年6月20日発行
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/8281019.html
http://blogs.yahoo.co.jp/moguma1338/8281721.html


蛾眉

2007-06-02 04:59:32 | 中国のことわざ
中国のことわざ-286 蛾眉(がび)

これも美人を形容するコトバです。なお、蛾眉は娥眉とも書きます。

蛾(が)の眉(まゆ)がなんで美人の表現なのなんて、それこそ柳眉を(りゅうび)を逆立てる女性もいるかも知れませんね。
蛾の太い眉であれば、気持ちが悪いですよね。
でも中国では蛾は蝶の意味であったようです。
蝶の眉を持った女性ならば納得です。

このコトバは、古くから使われているそうです。
「詩経」に次のような詩句があります。
「しん首蛾眉」
しん首はせみの額。蝉の額といえば、ミンミンゼミでもアブラゼミでも蝉の額は広く引き立っていますね。この「しん首蛾眉」もやはり美人の表現であったそうです。ただしん首の方は後世あまり流行らなかったそうですが、蛾眉は大いにもてはやされ、漢詩にもしばしば使われたそうです。

出典:田川純三著、中国名言・故事(歴史篇)、日本放送出版協会、1990年6月20日発行


帝国の基礎固まる

2007-06-02 04:56:00 | 十八史略を読む Ⅳ
十八史略を読む-Ⅳー16-大帝国 唐の成立6-帝国の基礎固まる


高祖李淵の時代は、群雄との戦いに明け暮れた。煬帝を弑殺した宇文化及(うぶんかきゅう)は、まもなく浩も殺して自ら許帝と称し、竇健徳は河北に拠って夏王と称し、王世充(おうせいじゅう)は洛陽にて鄭帝と称し、いったん唐に降った李密(りみつ)が、再び反旗を翻す等々、天下は依然混沌としていた。彼らをあるいは滅ぼし、あるいは降伏させて、ことごとく平定したについては、李世民の、まさに東奔西走の大活躍があった。


高祖李淵が、唐を建国してから七年、各地に蜂起してそれぞれ国を称していたものがすべて滅び、ここに唐の天下が定まった。


この年、州・県・郷にはじめて学校を設置し、帝は自ら国子学(大学)に行って、先聖(周公)先師(孔子)を“釈てん”の礼をもって祀った。
また、はじめて官制を定め、新律令を天下に公布した。
そして、均田(きんでん)の法および租庸調(そようちょう)の法を定めた。16歳以上の人民には、田地一傾(けい)を与え、病者にはその40%,寡婦にはその30%に当たる田地を与えた。いずれも与えられた田地の十分の二は。その家に代々受け継がれ、十分の八は口分田(くぶんでん)とした。
一傾の田地を与えられた者は、租として毎年穀物二石を納め、調としては、各地それぞれの生産品によって綾(あや)、絹、紬(つむぎ)、布を納めさせた。
庸としては、毎年二十日間の労役に従事することとし、労役に出ない場合には、不足日数一日につき絹三尺の割合で払わせる。もし特別の事があって労役の日数が超過した場合には、それが15日に達した人民は調が免じられ、三十日に達した人民は、租・調共に免除となった。
このほか、水害、旱害、虫害、霜害などの天災のために、通常の十分の四以上の減収となった場合は租を免じ、十分の七以上なら租庸調すべてを免ずることにした。
また、人民の財産をその多寡によって九段階にランク付けした。民家百戸を里(り)、五里を郷(きょう)といった。四軒を隣(りん)、四隣を保(ほ)といい、城下にある集落を坊(ぼう)、郊外にあるものを村(そん)とした。俸禄を食む者は、民の利益をおかす仕事をしてはならず、工商その他の職業に従事する者は,士人のことに関与してはならない。
また、男女とも乳児は黄(こう)といい、四歳になると小、十六歳からを中、二十歳からを丁(てい)、そして60歳を過ぎると老といった。
このような諸々の制度を施行するために、毎年、租税計算の帳簿を作り、三年毎に戸籍簿を作った。


「十八史略 Ⅳ 帝王の陥穽 :徳間書店、花村豊生、丹羽隼兵訳、1987年7月第六刷」から