曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

『駅は物語る』  19話

2013年01月04日 | 鉄道連載小説
《主人公の千路が、さまざまな駅を巡る話》
 
 
武蔵五日市
 
 
寒くなって暮れが近付くと、千路は東京を西へと向かいたくなる。
東西に伸びる東京都は東から西へと向かうにつれてローカルになり、寒さが増す。人並みに寒さが嫌いな千路だが、その一方、しんしんと空気が冷え込む、冬という季節の持つ感覚を味わいたい思いもわき起こる。それで、背中を丸めながらも西へと向かいたくなるのだ。
それに寒いといっても東京のこと、東北や甲信越のような、思考も止まるような厳しさはまったくない。ドカ雪に交通が麻痺するでもなく、都心に比べて冷え込みがちょっと厳しい程度。雄大さはないが、安全かつお手軽だ。
ということで、とある夕方、千路は中央線をまっすぐ西へと進んでいったのだった。
 
東京を西へと向かう場合、悩むのは中央線か青梅線か、はたまた五日市線かというところ。中央線で高尾までが最も手軽だが、そのかわり気分は出ない。高尾駅、まだまだ先もあるし、横に京王線のホームもある。
それでとりあえず、立川で降りて青梅線に乗り換えた。青梅線や五日市線は、どん詰まりに向かうという、ある種の哀愁を感じることができる。
拝島に着くまで悩んだが、結局降りて五日市線に乗り換えた。そのまま青梅線に乗って行った方が山深くて寒さもより厳しいのだが、その分時間がかかる。せっかく山深いのだから、青梅線の方は車窓がしっかり見られる昼間に行ってみようと思ったのだ。
 
拝島始発の五日市線は始発から終点まで単線だ。全線単線なのは、東京都を走るJRではここと八高線のみ。
拝島から一つ目、熊川駅を出た五日市線は多摩川を越える。窓などどこも開けていないのに、ここでぐっと冷え込みがきつくなる。
東秋留、秋川、武蔵引田。1駅ごとに1度気温が下がっている感じだ。そして次の武蔵増戸では3度気温が下がってしまったように感じる。そんな駅前風景なのだ。
駅に着くたびに人が減っていき、それも寒さが深まる印象を与える。武蔵増戸を出ると終点の武蔵五日市だが、電車はスピードを上げない。
 
最後、電車は高架を進み、ゆっくりと武蔵五日市駅に到着。11キロ、18分という、乗り鉄にとって消化不良をおこしてしまう短い路線だ。
ここは東京の中の観光地で、以前はなかなかに歴史を感じさせる駅だったのが、今ではコンクリート打ちっぱなしの高架駅となってしまった。まぁ見ることもないと思いながらも一応降りた千路は、振り向いて小さく驚いた。青い電飾の飾り付けに不意打ちされたからだ。
大きなロータリーを歩き、少し離れて全体を見る。これは案外儲けものだなぁと、千路は携帯電話で写したあと、寒さをガマンしながらしばらく見つめていたのだった。
 
 
(武蔵五日市 おわり)
 
 

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