曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・「文庫の棚を、通り抜け」 (5)

2012年04月02日 | 連載小説
 
《毎日のように書店に通う本之介が、文庫、新書以外の本を探すというお話》
 
 
東京都下、喫茶店の似合う街に、たったの5時間しか営業しない古書店がある。お昼に開店して、夕方閉店。なかなかに行きづらいお店である。
お店は小さくて、仕切られたボックスにいろんなジャンルの本が並べられている。乱雑なはずなのに、どういうわけか調和しているように感じてしまうのが不思議なところだ。
 
本之介はとある休日、このお店を訪ねた。
思い扉を開けて中に入る。そして端から本を見ていっていると、お茶を出してくれた。書店でお茶をいただくのは初めてのことだ。
ひと癖もふた癖もある品揃えで、見ていて楽しい。欲しいなぁと思う本が、いくつも見つかった。
 
そして一冊選んだのが、久世光彦著『犬に埋もれて』。もちろんだが、文庫ではない。
動物の本が好きな本之介だが、それを抜きにしても買いたくなる本だ。まずすごいのが、帯が表紙の8割を占めている。闇に包まれた芝生に3匹の犬が背を向けている写真。こちらの方が帯なのだ。
本之介の友人に、帯が広いほどいいレコードという価値基準の男がいるが、さすがにジャケットの8割を覆っている帯のレコードはないだろう。
タイトルは帯に書かれていない。著者も。まるで本からはみ出したかのように、帯の上に書かれている。犬の写真小説という内容なので、この構図は正解だ。子犬の写真の前にはタイトルも作者も一歩下がってしまう。
 
当然本の中にも、たくさんの犬の写真。文庫サイズでないのが生かされている。
これは飽くことなく眺められる一冊になるだろうと、レジに持っていきながら本之介は思ったのだった。
 
 

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