曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

『駅は物語る』 12話

2011年12月18日 | 鉄道連載小説
 
 
「温泉」の付く駅 3
 
 
足湯があることを思い出した千路は、駅舎を出て駅から離れるようにまっすぐ歩く。 駅前通りの手前に湯気を立てている一角があり、そこが足湯になっていた。
 
屋根はあるものの、下がところどころ濡れている。千路は慎重に目を凝らし、濡れていないところに腰を下ろして靴と靴下を脱いだ。
そして足を湯につける。外の寒気と差が大きかったからだろう、最初は熱く感じた。しかし次第に心地好い温度に変わっていった。
うしろが柱だったので、少し下がってよっかかる。屋根に電灯があるのでここは明るいが、周りは闇に包まれようとして、山にかかる霧はもう見えない。
 
千路はさっき買った缶コーヒーをポケットから出した。しかしなんだか開ける気がしない。開ければすぐに冷めてしまうだろうから、両手のカイロ代わりにしておいた方がいい。
女性客が何組か通り過ぎる。やはり一人旅の男が入っていると近寄りづらいのか。
 
しばらくぼーっとしていてフト気付くと、管理人のおじいさんが反対側にあるベンチに座っていた。そこにもう一人おじいさんが加わって話し始める。
「明日は休みかい?」
「あぁ、久々にな」
「そうかい。この前も休んだじゃないか」
「いや、んなことないよ。久々の休みだよ」
素朴な会話と足の熱で千路は眠くなる。これはいけないと、ヤッと気合を入れて湯から足を上げ、ハンカチで拭いて靴下を履いた。
 
靴を突っかけて駅舎へと向かう。結局コーヒーは開けずじまいだった。帰りの電車内が温かかったら飲むとしよう。
 
改札を入る前にトイレに行く。まるでスケートリンクのような、やたら滑りやすい床。注意書きはあるが、これでは転ぶ人がけっこういることだろう。
 
やっとのことで小用を済ませた千路は、電光掲示板で間もなく電車がやって来ることを確認すると、改札を通っていったのだった。
 
 
(「温泉」の付く駅 おわり)
 
 

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