曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

Tさんと会う(3) 〔大宮〕 東口で昼呑み

2011年02月15日 | 呑む・飲む・読む
 
Tさんと会うのは一年ぶりだ。
私たちはやあやあと簡単にあいさつすると、東口に降りて行った。
 
時間は昼の2時。土曜日とはいえ、呑むのに少々罪悪感がある。しかしそんなこと関係ないよとばかりに、呑み屋は何店舗も店を開いている。
 
 
東口を降りてすぐ、ロータリーの角に「いずみや」という居酒屋がある。私はその店に入ってみたいと常々思っているのだが、Tさんと私の話の内容がその渋いお店にそぐわないので、この日も諦めた。
「ここ、いつかは入ってみたいんですよね」と私が言うと、Tさんが覗き込んで自動ドアが開いてしまった。バツが悪くてそそくさと立ち去ったが、チラッと見た店内はまだ昼過ぎだというのに混みあっていた。
で、結局、いつものとおり庄屋に入った。大宮の庄屋は11時半からやっているのだ。ちなみにいずみやは10時開店だ。
 
 
Tさんとは暗くなるまでしゃべりっぱなしだった。内容は省く。呑みの話は文章では伝わりにくいというのが一点。もう一点は、小説のネタにとっておきたいからだ。
 
Tさんは酒豪というわけではないが、この日はけっこう呑んでいた。それでいて最後までしっかりしていたのは、おしゃべりが楽しかったからか。
 
 
Tさんと大宮で別れた私は、埼京線に乗るべく、いくつもの階段を降りていったのだった。
 
 



ショートショートの広場

2011年02月12日 | 呑む・飲む・読む
 
気が向くと、作家のホームページを覗いたりする。
 
 
この前、太田浩司さんのホームページにある「ものかきへの長い道」という連載をたまたま見つけ、読んでいくうちにちょっと驚いてしまった。私と共通した点があったからだ。
 
太田さんの作品が最初に世に出たのは、大学生のときに「星新一ショートショート・コンテスト」に送ったものだったということだ。優秀作に選ばれて雑誌に掲載され、「ショートショートの広場」という単行本に収録されたと、その連載には書かれていた。
私はそのところで目が止まり、何度も読み返してしまった。私もまた、世に出た最初の作品が「星新一ショートショート・コンテスト」で入賞したものだったからだ。大学時代、というのも一緒だった。
 
そのコンテストの入選作は「ショートショートの広場」という文庫本になり、私は高校の頃から愛読していた。何度も読んだので、太田さんの作品も覚えている。
 
 
太田さんと一緒だ、と最初は思ったが、考えてみると私が勝手に思ってしまっただけで、実際は一緒ではない。
 
太田さんは私より一回り近く年齢が上だ。その頃ショートショート・コンテストは、年に一度の公募、というカタチだった。一方私が送ったときは、小説現代のコーナーの一つになっていて、月に4、5編が選ばれるというカタチだった。
 
私は『ショートショートの広場』を1巻からずっと読んできたが、個人的な意見ではあるが、年一回の公募、というカタチのときの方が断然面白かった。一月ごとの選考になって、質が落ちてしまったと感じるのだ。しかも私は基準ギリギリの通過で、『ショートショートの広場』掲載時には外れてしまっている。だから太田さんと私では、同じ掲載にしてもその価値に大きな差があるのだ。きっと太田さんが送った時代に私の作品を送ったとしても、落選していただろう。
 
 
でも、懐かしさは感じる。太田さんはそれを送った当時手書きだったみたいだが、私もそうだった。コクヨの原稿用紙に書いて送ったのだ。書き間違いをしたときはホワイトを使うかあらためて書き直すか、よく迷ったものだった。
 
私の送った作品は原稿用紙2枚ほどの、超が付くショートショートだった。掲載料が2万円。一枚に付き1万円ということになる。たしか振込みだったと思うが、掲載の一月後に入金があり、残念ながら何に使ったのか忘れてしまった。
 
 

湯川邸

2011年02月11日 | 呑む・飲む・読む
 
久々にゆっくりできる3連休。勝手なもので、忌み嫌うはずの雪も、やさしく見つめられる。気分も違うのか、風邪も治まってきた。
 
金土日と、すべて出掛ける用事が入っているが、遊びの用件なので気が楽だ。電車が止まらない程度に銀世界でいてくれたら、などと思ってしまう。
 
 
 
本日は師匠宅で飲み会。師匠とは将棋ライターの湯川博士さんで、まぁ師匠とは言ってもこちらは弟子らしいことはまったくしてなく、博士さんも私のことを弟子とは思っていないだろう。
 
ただ文章においては、最も影響を受けた。かなりの数の原稿を読んでもらって、添削してもらっている。博士さんに直してもらうと、まるでダイエットしたように文章が引き締まるのだ。
 
 
博士さんはご自身で言われるとおり、「直球ストレート勝負」の文章だ。極力ムダを省く。それでいて哀愁がある。勝負の世界の敗者やアウトローが得意技だ。
色川武大や山口瞳などと親交があったということで、その辺りの影響も博士さんの文章からチラッと見える。
最近では「介護笑説・山姥は夜走る」(朝日文庫)が売れている。
 
 
「あんた、タダでプロに原稿見てもらっていいねぇ」と何度か言われたので、「じゃあこちらも見ますよ」と実に不遜な返答をしたら、すぐに長編を送ってきた。それがとても面白く、いずれこれも本になるのだろうなぁと思いながら読んでいった。
 
本日もいろいろと教えてもらうつもりだ。
 
 
そしてこの雪の中、横浜から将棋の強い犬塚さんも参加する。彼はメガネをかけた痩身で、雰囲気がちょっと佐藤康光九段に似ている。マグネット盤を持参して、一局教えてもらうつもりだ。シューマイを持って来てくれるということで、それも楽しみだ。
 
 

『上州の道祖神』

2011年02月01日 | 呑む・飲む・読む
 
寝る前や、ちょっと息抜きの時間にぱらぱらとめくる本を、部屋のところどころに置いてある。
じっくり読むわけではないので、写真が多く、文章も軽いエッセイ調のものだ。何度もページを開いて内容はすっかり覚えていて、気分転換にはちょうどよい本となっている。
 
 
その中の1冊が、『上州の道祖神』。タイトルの通り、上州地方の道祖神を紹介したものだ。
本は新書サイズで、本を開いた形が一つの道祖神の紹介になっている。右側に道祖神の写真があり、左側に手書きの地図と、簡単な解説がある。この短い文章の量と白黒の石像写真が、寝る前のひと時にはいい具合なのだ。
 
この本は「北毛編」、「中東毛編」、「南西毛編」の全3巻で、私の持っているのは「北毛編」と「南西毛編」の2巻。ブックオフで見つけたときに2巻しかなかったのだ。定価1200円が600円で売られていたのだが、ここで買わないともう手に入れられないだろうと思い、買ってしまった。買った当時は高い買い物をしたと思っていたが、読み返す頻度を考えれば、充分元は取ったと思う。ブックオフが半値を付けていたのだから、本自体は新品同様だ。
 
その内容やレイアウトで、かなり前の発行かと思ったが、意外にも2002年の発行。著者は大正12年生まれの方で、昭和45年から道祖神の調査を始めたとある。私の人生ほどの年月、道祖神を巡り歩いているのだ。でもそれくらいの年月をかけないと、ここまで多くの資料を集めることはできないだろう。一冊に付き150以上の道祖神が紹介されているのだ。
 
道祖神の写真の下には、どういった形状の道祖神かが書かれている。たとえば、「肩を組み胸に手を当てる双神」とか、「幣と徳利を持つ双神」とか。「ロマンス道祖神」とか「天狗とおかめの道祖神」など、変わったものもある。
 
地図は簡素なもので、鉄道や国道が書かれているものはほとんどない。田畑の一角にあるものが多いから、これは当然だろう。
 
出版社はあかぎ出版。検索をしてみたが、ホームページは見つからなかった。紀伊國屋のBOOK WEBで商品一覧を見てみたが、『足尾線の詩』とか『群馬の鉄道―私鉄・廃線含む群馬鉄道全史』など、なかなか魅力的な本があった。しかしどれも絶版のようだ。最新の本が昨年7月発行。ということは現在も存在している出版社なのだろう。
 
 
私は七福神巡りが好きでときおり巡るのだが、首都圏の七福神は宅地の一角にぽつんとあったりして、正月以外はそこに立ち止まるのが気恥ずかしくなるときがある。おそらく道祖神もそうだと思う。現地に行くよりも、こうやって眠る前のひと時にぼんやり写真を見る方が、300年前の村里の風景にじっくり気持ちを浸すことができるのではないかな、と思う。
 
 


サラさんのこと

2011年01月31日 | 呑む・飲む・読む
 
ちょっと思い立って、今年は毎日ブログを更新してみることにした。
とりあえず、今日で1ヶ月。12分の1はクリアできた。
 
 
 
昨年1月に、通信販売のフェリシモさんから一通の手紙が届いた。それは第13回フェリシモ文学賞の入選通知で、優秀作に選ばれたとの内容が記されていた。
 
これはうれしかった。フェリシモ文学賞は原稿用紙5枚制限の短編を公募する賞で、星新一さんのショート・ショートから本好きになった私は短編に思いが強かったからだ。
賞金は大賞と優秀賞までだが、毎年出版される作品集には載るとのことだった。
 
 
フェリシモ文学賞に送ろうと思ったのは、サラさんという方のブログを見たからだった。
 
サラさんは前年の第12回の大賞受賞者で、作品を応募するところから表彰されるまで、数回に分けてブログに載せていた。サラさんのブログは絵日記で、それが実に面白く、私も同じ舞台に参加してみたいと思って作品を送ることに決めたのだ。
私はサラさんと違って大賞は取れなかったが、サラさんの翌年の作品集に載ることができてよろこんだ。
 
作品集は掲載されたということで無料で送られてきたが、私はサラさんの大賞作が読みたくて、第12回の作品集を購入した。
 
 
大賞受賞者は翌年の選考にも加わる。なので、第13回にはサラさんも選考委員の一人になっている。作品集には選考の過程や選評が載っていて、そこでサラさんに、ほんの僅かだが自作に触れていただいた。なんだかその部分を読んだときにハナマルを付けたい気分になったが、フェリシモ文学賞作品集は装丁がきれいで紙質もいいので、もったいなくて思いとどまった。
 
 
サラさんの「サラサラ絵日記」には、もずくさんというネコが出てくる。私は携帯電話でそのブログを見ることが多いが、どうにも携帯電話の粗い画像のせいだと思うのだが、サラさんの書いた絵の方が実物のもずくさんよりかわいく見えてしまう。きっとそんなことはないと思うのだが。