時代が進んだなぁ、と感じることの一つに、友人たちのライヴがあります。
わたしは音楽好きなので、ミュージシャンの友人のライヴを、よく聴きにいきます。
その友人たち、いずれも高い演奏力を持っているのです。
以前は、そうではなかった気がします。
アマチュアのミュージシャンを聴きに行ったとき、驚くような演奏能力の人は少なかった覚えがあります。もっともわたしも若く、耳が今よりも肥えてなかったということもあるでしょうが……。
それでもやっぱり、全体的な演奏力は上がっていると思います。
今は演奏場所も多いし、楽器やコピーする音源も安く、簡単に手に入ります。
みんながうまくなると、聴く方としてはうまさ以上のものを求めることになります。
人それぞれあるでしょうが、わたしの場合は音楽の中に郷愁や哀愁を求めます。懐かしさやうら寂しさを感じさせてくれる音楽を、求めるのです。
わたし自身が、元々そんな感情が好きなところにもってきて、そういったものを感じる年齢になったのでしょう。
それに、ライヴを観るのは小さなライヴハウスということがほとんどですし、酒も入ります。そんな環境の中、胸の内にじわっと沁み込むのは、ノスタルジックな演奏なのです。
わたしの友人のミュージシャンに、行志堂という人がいます。
この人の演奏、ノスタルジックな感情を、体の中にポッと灯してくれます。
人にノスタルジックな気持ちを抱かせるというのは、どうすればできるのでしょう。
ギター一本で、低いしわがれ声で、しんみり切々と、それっぽい歌詞の曲を歌う。
技術的には、そんなところだと思います。大昔の黒人ブルースマンのような感じで。
しかしそういったノスタルジックのアイテムを揃えたら、人々に伝わるかというと、そういうわけにもいきません。
なにかそのミュージシャンの持っているプラスアルファが必要なのです。
行志堂さんの演奏は、しわがれ声でもないし、しんみり歌い続けるわけでもない。
さらっと歌うときもあるし、ノスタルジックとはかけ離れた陽気な内容の曲もあります。即興で作ったような、冗談めいた曲もあります。
しかしなぜか、懐かしい。
行志堂さんの持っているプラスアルファの部分が、わたしに合う、ということなのでしょうか。
まぁこの辺、理由がはっきりつかめないところが、ミュージックの魅力でもあるかと思うのですが……。
わたしは時間が取れると、うまい酒をしんみり呑むために、都内のいろいろな場所で活動している彼を探し出すのです。そして演奏を堪能するのです。
http://www.youtube.com/watch?v=7-emOeMLhac
「手のひらの中」 行志堂