曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(10)

2014年01月30日 | 連載小説
(10)
 
Fは80年代になって流行したMTVをせっせと観た世代だ。
60年代、70年代にもミュージックビデオはあったが、それらの多くはミュージシャンが単にライブやスタジオで演奏する場面が流れるだけで、それ専門の番組もなかった。それが80年代になるとセットに工夫が凝らされ、物語性のあるものまでも出てくる。専門の番組もでき、そして賞まで作られ、ビデオクリップの完成度がレコードの売れ行きを左右するという逆転現象とまでなった。とにかく、大ブームになったのだ。
 
Fはその当時から大ヒットのないマイナーミュージシャンを好んで聴いていたが、イギリスの3人組、アイシクル・ワークスは特に好きなバンドだった。たった2枚アルバムを出しただけで解散してしまったが、1枚目のアルバムからのシングルがビルボードトップ40にちょこっとだけ顔を出し、小さく話題になった。ちょうど復活を果たしたプリテンダーズのオープニングアクトとして全米もまわった。
そのトップ40に顔を出した『Wisper to a scream』という曲のビデオクリップは枯れ草が吹き荒れるスタジオの中で演奏しているもので、曲やボーカルの声、バンドの持つ雰囲気がうまく合わさったものだった。アルバム全体も自然、特に深まる秋の山をイメージさせる、素朴で飾り気のない音に感じさせた。
とは言っても、フォーク調の音ではない。むしろ音の隙間のないハードなものだ。シンセサイザーも多用しているし、音もたくさん重ねてある。そうだというのに、素朴さを感じさせることが不思議だった。硬い音のベースに、シンバルよりもタムを多用するドラム、そのアンバランスさが、Fは好きだった。
 
そのバンドのボーカル兼ギターが、イアン・マクナブだった。解散後はどうしているのか知らなかったが、たまたま中古レコード屋で廉価コーナーを漁っていたら1993年に出した彼のソロCDを見つけたのだった。
まるで旧友を見かけたような気になり、Fは購入して帰ってきたのだ。しかし期待が大きかったので、すぐには聴かなかった。こういうときはがっかりするケースが多いのだ。
なので、腹が立つ国会のあとで聴こうと演出した。こうすればどんなにピンとこないアルバムでも、許せてしまうからだ。あの能面大会よりいいじゃないか、と。
 
実際イアン・マクナブのCDは、聴いてもピンとくるものではなかった。バンドを解散したあとのソロアルバムの多くは疾走感を失っているが、その分渋みや哀愁を出してくれるものがある。しかし彼のCDに今のところ渋みも哀愁も感じられなかった。聴きこめば変わるかもしれないが、直感として、おそらく変わらないだろうとFは思った。数々のハズレを聴いているので、直感が利くのだ。
 
そこでソロになって哀愁を感じ、お気に入りの1枚となったリチャード・バトラー(元サイケデリック・ファーズ)のソロCDに入れかえたのだった。
 
(つづく)
 



小説・駄菓子ロッカー(9)

2014年01月29日 | 連載小説
(9)
 
仕入先の井口商店まで道路工事が6ヶ所。うち、スクーターが横をすり抜けて前まで出られないものが4ヶ所。スクーターはスピードが出ない分小回りに長けているのだが、その利点を道路工事に封殺されて行き帰りに時間がかかった。
 
自民党が第一党に返り咲いて、ナントカミクスと謳ってから本当に道路工事が多い。運搬がどうしても必要なFにとっては頭を痛めるところだ。これが大型車で、さらには遠距離の仕事をしている人であればもっと深刻なことだろう。
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」ではないが、「アベノミクスの 正体見たり 公共工事」と皮肉りたくもなる。もっともこんな皮肉を言ったところで、当の本人たちにはまったく届かないのだが。
これまで低迷していた経済が多少好転したので、総理も自民党もなかなかやるなという雰囲気があるが、実際は公共工事をはじめとした今までの方法をなぞっただけときている。民主党の経済政策がとにもかくにもひどかったので、自民党の使い古された方法でも斬新に見えてしまうのだ。通信簿が2つ上がったらすごいと感じるが、3から5へ上げるのと1から3に上げるのとでは難易度がまるで違う。1でバトンを受け取った自民党は大きな得をしたのだ。
 
Fは店に着いてシャッターを開け、昼飯がてらテレビをつける。国会が始まり、この日は代表質問が放送されていた。
しかしこの代表質問というもの、本当に税金の無駄遣いだ。質問と解答がかみ合うことはなく、通りいっぺんに互いの主張を述べているだけ。それでも百歩譲って与野党のやりとりならまだ分かるが、自民同士のやりとりで(同志、じゃあないんだろうなぁとてもとても、とFは呟く)、貴重な時間を無為に使う神経が分からない。おまけに自民の2人とも、滑舌がたいそう悪いときている。もっとも役者や噺家ではないのでそれはしょうがないが、こんな身内のやりとりなんか党本部でやってくれぃとFはテレビに向かって野次った。これもまた、本人たちにはまったく届かない。
 
くだらなくてもじっと観ているFだが、この日はどうしても観る気が起きず、テレビを消してCDにした。
先日中古レコード屋で掘り出し物を買ってきたはいいが、まだ聴いていない一枚があった。Fはその、イアン・マクナブのソロ、『Truth and Beauty』をセットしてプレイボタンを押した。
 
(つづく)
 


小説・はむ駅長(18)

2014年01月28日 | ハムスター小説
 
小部屋のノブを捻ると、カチャッと開いた。いつもと同じ、ちょっと引っ掛かかり気味だけど軽い手ごたえ。壊されているわけではなかった。
 
男が気付いて羽祐に体を向ける。
ウッと羽祐はたじろぐ。ひとまわりどころかふたまわり大きな体。短く刈られた髪の毛が、さらに威圧感を高める。ドンと胸を突かれただけで転がって行ってしまいそうだ。
「あれ、え~っと、ここで働いている人、かな?」
しかし意外にも、体格に見合わない遠慮がちの口調で来た。
「えっ、は、はい、そうです。で、えっと、あなたはどちら様でしょうか?」
羽祐は毅然とした態度で言い返そうとするが、男につられて遠慮がちになる。
「え~っとそうですねぇ。なんて言っていいのか…。あのさ、悪いけどちょっと待っててくれるかな」
男が首をすくめながら、ドアから出て行こうとする。羽祐は迷う。不審者だったら、ここでなにかしていたとしたら、むざむざと取り逃がすことになる。しかしどう見ても、かないそうにない相手。ここは立ち去ってもらうだけで十分じゃないかと思う。いや、しかし…。羽祐は弱気の虫を振り払って、男の腕に手をかけた。
「ちょっと待ってください。いったいここで何をしていたんですか。ここは鍵が閉まっていたでしょう。どうやって入ったんですか?」
羽祐はしっかりと相手の目を見て言った。怖かったが、しかしそんな弱腰でどうする、ここは自分が任されている駅なんだぞ、駅を守らないでどうすると、そう自分に言い聞かせた。一つツいていたのは、今日が休みで駅長がいないということだ。もしいればなによりもそちらの方を守らねばならず、ここまで大胆には出られなかった。しかし今は一人。なにか起こったとしても羽祐だけが被害にあうだけだ。
 
男はしかし、なにもしてこなかった。
「いや、けっして怪しいものではないんだけどね。でもそうだよなぁ、不法侵入だもんな。分かった、出て行かないから、申し訳ないけど一ヶ所連絡を取らせてくれよ」
羽祐はどうしようか迷ったが、それくらいならと思って手を離した。
「あ、こちらユウジ、どうぞ。ハネヒロ君らしき人を発見。どうぞ」
まるで捜索隊がトランシーバーで連絡を取るような口調だった。羽祐はその話し方も気になったが、なにより名乗ってもいないうちに自分の名前が知られているのがビックリした。
男は通話を終えると、羽祐に苦笑いを向けて、ちょっと待ってねと言った。男の口調はまるで媚びるようだった。
 
小部屋の中で、2人して押し黙って立っていた。羽祐はなんで名前を知っているのかと聞きたかったが、とりあえずおとなしく待っていた。腰に手をあてている男はどういうわけかフレンドリーな雰囲気で、急いで聞かなくてもいずれ分かるような気がした。
3分ほどたち、ドアが開いた。
「羽祐!」
「えっ、あれ、ねぇさん、どうしてここが…」
しかめ面で入ってきたのは羽祐の姉の夕子で、羽祐の問いには答えず、大男に強い口調でどうして来ないで電話なのよと言った。
「いやぁゴメン。羽祐君に腕つかまれちゃって、動けなかったんだよ」
男が苦笑いのまま、夕子に弁解した。
 

小説・駄菓子ロッカー(8)

2014年01月27日 | 連載小説
(8)
 
いつものように、朝、Fは新聞を開く。
国会が始まったし、本来であればやらなくていいはずの都議選も公示された。これからしばらく誌面は政治がらみが多くなり、ニュースもその手のものが増えることだろう。新聞なら破ればいいが、テレビはそうもいかない。その昔、映画の中で松田優作がむかつくテレビに鉄アレイを投げてぶっ壊していたが、もっともらしいことを話す政治家が映し出されるとあのシーンを思い出すことになろう。政治家の発言にいちいちテレビをぶっ壊していたら破産してしまうのでやらないが、しかし鼻をかんだあとのちり紙くらいは投げつけようとFは誓った。
 
名護市の選挙結果を見ると、まだまだゴタゴタすることになるだろうとFは思った。与党の中枢はいい気なものだ。どういうカタチであろうと「決定」というものをすればゴタゴタが起こると分かっているのに、選挙期間とお願いごと以外はそっぽを向いている。
 
沖縄に基地問題のほとんどを押し付けている罪滅ぼしに、どうだろう、全政党の本部と議員会館のすべての部屋に、軍用機の轟音をリアル受信するスピーカーを設置してみては。
同じように轟音で苦しんでもらえれば、沖縄県民だって少しは溜飲が下がるだろうに。よく飛行機のエンジン音を「ゴー」と書くが、軍用機の騒音というのはそれだけではない。「ヒューィ、ヒューィ」と空気を吸い込むような、通常の飛行機ではしない、神経を逆なでする音もたてる。ぜひともバッジを付けた偉ぁいセンセイがたにも味わっていただきたいものだ。Fは常々そう思う。
さすがに数百人もいれば中には良心的な人間だっているだろうから、轟音を実体験してもらえば、こりゃひどいと問題を真剣に考えてくれる議員も出てくるかもしれない。もっともその反対に、議員会館に来なくなる議員もいることだろう。
 
Fは食後のヨーグルトを食べ終え、新聞を引き裂いて立ち上がった。さて、仕入れに向かわないといけない。寒くて面倒だが、政治家に苦言を呈している以上、自分自身ちゃんと働いて税金を納めないといけない。
FはCDデッキのところに行き、政府を糾弾するジョー・ストラマーの歌声を止めると、仕入れに向かう支度を始めた。
 
(つづく)
 

小説・はむ駅長(17)

2014年01月26日 | ハムスター小説
 
駅の入口に設置している自動販売機の前に立ち、小銭を入れようとした瞬間に人の気配を感じた。
小部屋はちょうど、自動販売機の裏にあたる。羽祐は自動販売機に手を付いて、その後ろの板壁に耳を近づけた。
あきらかに、中で音がする。ガサゴソと、何かが動いている音が。
風もそう強く吹いていないし、機械の出す継続的な音でもない。羽祐は首を伸ばして小部屋の入口をチラッと見てみたが、ドアは閉まっていてガラスも割れていない。この辺りはときおりイノシシが出ると聞いていたが、動物ということでもなさそうだ。
 
なんだろう、と羽祐は考える。社長、運転士のコウさん、リスさん…。ここに来そうな人物を思い浮かべてみる。ヨシさんやこの前のトレッキングの男など、客が休憩しているということもあり得る。しかし昨晩は翌日休みということで、しっかりと2重に鍵をかけて帰った記憶があった。客であれば、それをわざわざ開けて入るということは考えづらかった。
不法侵入者だったらどうしよう。もし相手が突っかかってくれば、ひょろひょろの羽祐などひとたまりもないだろう。しかも午前のトレッキングで体力も落ちているところだ。
とりあえず中の状況を掴まねばならない。羽祐は知っている顔がいるようにと念じながら、再び首を伸ばして小部屋の内部をすばやく見渡した。
願いも虚しく、知らない男が立っていた。男はホームの方を向いていたので羽祐と視線がぶつかることはなく、それに関してはよかったが、しかし背が高くやけに体格のがっちりした、若い男だった。見た感じ、とても鉄道ファンではなさそうだし、ましてやハムスターを見に来たなどとはまったく考えられなかった。
「うーん、まいった…」
羽祐はため息をついて首をふった。これからあの男と対峙しなければならないと考え、ズシーンと気が重くなった。
何故あなたは勝手にここに入っているのか? まずその問いをぶつけ、最終的にはおとなしく出て行ってもらわなければならない。なにかと物騒なこの世の中、なにも取るものもない無人駅だが、その代わりひと気もなく、どういう展開になるか想像ができなかった。
 
次の列車が来るまで待とうか。しかしまだ1時間以上ある。以前の羽祐なら躊躇し、逃げ出してしまうところだ。なにしろ今日は休みの日なので、ここで踵を返して家で駅長さんと昼寝をしてしまえばいいだけの話だ。駅長さんに倣って耳を折りたたんで。しかし羽祐には、以前の自分とは違うという意識があった。ここは自分が守らないといけない駅なのだ。勝手に入り込んでいる不審者がいれば、休みだろうが対応するのが当たり前というものだ。羽祐はゴクッと唾を飲んだあと、足を踏み出した。