曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(20)

2014年02月15日 | 連載小説
(20)
 
スタジオで練習しているとき、なんとなく曲のあいだに間ができるときがある。話し合うわけでもなく、休憩の意図があってというわけでもない。「じゃあ次、これやるか」という声が誰からも出ず、なんとなく空白の時間となる。
そんなときカズはひまつぶしで『できるかな』という番組の曲をベースで弾きだす。「ドッ・ド・ドー・ドド/ドッ・ド・ドー・ドド」、と。しかも最後の「はてはてホホー」をイチが合わせたりする。キーボードで、さまざまな音色を使って。
そしてみんながくすくす笑う。しかしFとしては、緊迫感ぶち壊しでイヤだなぁと、その度に顔をしかめる。もしかしたら顔をしかめさせたくて、わざとやっているのではないかと疑ってしまうほどだ。
こういうことはクセになって、ついライブ中でもやってしまうかもしれないので、やらないでほしいなぁとせつに願っている。
 
しかしこの日はそれがなかった。雪でカズとイチが来られなかったからだ。
キャンセルしてもいいのだが、せっかく時間を空けたのだからと残りの3人で集まることにした。タクちゃんはドラムで手ぶらだし、Eはスタジオの目と鼻の先に住んでいた。Fは、この降りでは翌日は休業だろうからと、遅れだした電車で向かっていった。
 
Fは手ぶらで行き、スタジオでベースを借りた。Fがベースにまわれば、Eがギター兼ボーカルでスリーピースバンドができあがる。
Eの好きなビートルズを、続けてカバーする。ビートルズであればEはほとんどの歌詞を覚えているので、カバーが可能なのだ。
ビートルズよりストーンズの方が好きなFは、それほどしっかりと覚えているわけではない。しかも本職のギターでなくベースだ。だからブルースコードの曲を極力やってもらった。コード進行が分かればとりあえずは合わせられる。
ストーンズの方がブルースに近いイメージがあるが、ブルースコードはビートルズの方が断然多い。オリジナルアルバムからは、ストーンズは数えるほどしかないのだ。
 
ギターからベースへの変更は一向に構わない。むしろ臨時にベースを弾くのはいい気分だ。キース・リチャーズはダーティー・マックで、ロン・ウッドはジェフ・ベック・グループでベースにまわっている。大好きな彼らの気分に浸れるというものだ。
 
2時間演っていい汗をかき、スタジオを出ると雪が積もっていた。これは帰れなくなると、呑みはなく解散となった。とても残念だが天候には勝てない。もう帰るだけだから濡れてもいいやと、Fはラッセル歩行で駅に向かっていった。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(19)

2014年02月14日 | 連載小説
(19)
 
ボーカルのEは何故「E」かというと、飯田だからだ。結成5年を迎えたとき、やっぱりバンドなんだからそれっぽい呼び方を決めようとなった。メンバー紹介のときに映えるというのだ。グループサウンズみたいでイヤだなぁとドラムのタクちゃんが言ったが、結局全員の呼び方を作った。
 
FはEに倣ってFとした。Fがギターで、位置付けとしてボーカルの次のポジションだからというのもあったし、彼の本名が笛田で、イニシャルがFというだけでなく笛の字を逆に読むとエフだからというのにも掛けたのだった。
「そうそう、逆さにするとギョーカイっぽくていいじゃないか」
「じゃあF田でいいじゃんか?」
と、F言う。
「いやいや、それだとおれもE田にしなきゃ揃わないじゃんか」
と、今度はEが反論する。
「ダメなのか?」
「だって文字ならいいけど、言われたときは名前と響きが一緒じゃんか。やっぱりここはフロントマンとして短くEとFにしようぜ」
「うーん……」
「そうだよ。おれメンバー紹介で、リードギター、Fコードが苦手だけど、エフ~! って紹介してやるよ。だから、な!」
と、カズが言う。通常、「な!」を付けて勧めるのはほめ言葉に続けるものだがなぁとFは思う。それにこのバンドがメンバー紹介するのはいつもボーカルであってベースではない。
しかしEの言う、短くビシッと、という意見は説得力があり、結局「F」ということで落ち着いたのだった。
 
EとFがいるんじゃ、Gも作るかという意見も出たが、まぁおれたちみんな爺だからなとイチが言い、ハハハと盛り上がらない笑いが起こる。好むと好まざるとに関わらず、おやじバンドの会話には、この盛り上がらない笑いが挿入される。
とはいえ、イチの腕は絶品だ。この中では唯一、どこに行っても通用するウデを持っている。
キーボードがしっかりしているバンド。これは「ひねくれたポップセンスを拡大しよう」を合言葉に結成されたバンドにとっては、ひじょうに強みだった。わりとキーボードの旋律と音色でしっかり聞こえてしまうからだ。
このバンドが初めてスタジオに入ったとき、合わせたのがロキシー・ミュージックの「トラッシュ」だった。キーボードさえしっかりしていれば、ちゃんとそう聞こえる曲。
 
分かる人は分かる。分からない人は分からない。そういうバンドなのだ。人間でもバンドでもフォローできる領域というものがあるから、分からない人にも分かっていただきたいという気持ちを完全に捨ててはいないものの、あえて狙ってはいかない。広く分かってもらおうとすると、今度、とても分かってくれている人を失うことになりかねない。領域というものは、大抵、広がることはなくて、ずれるだけなのだ。
 
プロ志向ではないので、まぁ自分たちの好きなコピーをやって、そのコピーに近いオリジナルをときおり作って、そういうのを好きなそこそこの客に観てもらえばOK。音楽的志向の拡大はいいが、活動の拡大主義は解散に繋がると5人で一致していた。今までそんな経験をいろいろとしてきている5人なのだ。
 
冬季オリンピックを観て寝不足のFは、その朝、目覚めても布団の中でもぞもぞとしていた。しかしはたと気づく。今晩はバンドの練習で、当然呑みに流れるから仕入れを今日のうちにしておかなければならない。Fは布団から抜け出ると暖房を付け、そしてバンドのコンセプト、「ひねくれたポップセンスの拡大」に合わせてベルベット・アンダーグラウンドを流す。練習のある日は、寝起きは決まってこれだった。
オルゴール調の一曲目が、部屋に響き渡ったのだった。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(18)

2014年02月12日 | 連載小説
(18)
 
雪が降っている。何年か、というより何十年かに一度という大雪だ。
 
積もった雪の重みで屋根やガレージがつぶれたというニュースを多くやっているからか、「Fの店、大丈夫か?」というメールが2件来た。Fがよく口にしている「つぶれそうだよ」というのは店舗そのものではなく経営が、という意味なのだが、他人はそこまで的確に把握してはいない。店舗そのものはマンション1階のテナントなので、重みでつぶれることはまったくないのだ。Fは問題ないと返信した。
 
それにしても「大雪」や「大雨」はあるのに「大晴」がないのはなぜだろうとFは思う。曇りというのは中途半端な状態なので「大」が付かないのは分かるが、晴れには付いてもいいんじゃないかなと思う。せっかく思い付いたので、バンドの中で詩を担当しているEとカズにメールを送った。こんな非常時につまんないことを送って悪かったかな、と送信したあとに思う。しかしもう遅い。携帯から飛び出した見えない飛脚が、アンテナまで突っ走っていってしまっている。
 
店舗に心配はなかったが、問題は売り上げだ。雪が積もってしまっては、降った日だけでなくその後も商売あがったりとなる。実際今日もひどいものだ。あぁ売れないなぁ、売れない。そう言ってFは駄菓子を一つ取る。
手に取ったのは、ジュースの瓶の形をしたウエハースのお菓子。Fは先端部分を小さくかじるとストローを入れて中の白い粉を吸った。
「うーん、ラリッちゃう」
つまらない冗談を、それも一人で言いながらゲホゲホとむせる。虚しさが募る。
「咳をしても一人ってやつだなぁ」
そう呟いて、さらに虚しさが募る。
 
せめて明るい雰囲気の曲でも聴くかと、FはCD置き場からマシュー・スウィートやらジョージ・フェイムやら手に取るが、どうも聴く気が起こらない。では女性ボーカルかとクラウドベリー・ジャムを取るが、これまたイマイチだ。ということで、ダイアー・ストレイツのファーストアルバムにした。これならしんみりとはきてもズシーンとはこない。中庸、といった感じだ。マーク・ノップラーが中庸などと聞いていたら怒り心頭だろうが。
 
今週の売り上げは壊滅的だった。こんなことなら、声がかかっていた節分祭りに出店すればよかった。Fはしみじみと後悔する。
しかし、と昨年を思い出す。寒い時期は温かい物を求めるのが当然のことで、駄菓子の出店に手を伸ばす者は少なく、売り上げは悪いし風邪はひくしでさんざんだった。それで今年は見送ってしまったのだ。
一応主催者に挨拶するため、節分祭には顔を出した。今後誘ってくれなくなったら痛手だからだ。この街では秋に「どんどん祭り」というものがあって、それは「丼ぶりとうどん祭り」を縮めたものなのだが、さすが食い物をメインにしているだけあって人の出はかなりのものなのだ。Fの駄菓子屋はそっちの方には出店していて、まだ本格的な寒さの前ということでなかなかの売り上げになるのだった。
 
節分祭りには、この選挙区の自民党の議員も顔を出していた。寒いなか、コートも羽織らずにこやかに談笑しているのが印象的だった。
あの議員はどんどん祭りにも必ず顔を見せる。民主党の風に圧されて落選したときだってしっかり顔を見せて談笑していた。ああいうのを見ると、やはりこの国というのは自民党の支配で、それ以外の組織はとってもかなうはずがないと怖れを抱く。あの議員はFとほぼ同じ年齢。そんな働き盛りの男を、落選した期間泳がせていられるのだから、これはもう太刀打ちしようのない資金力とネットワークというものだ。
議員だって養わなければならない妻子もいるだろうし、年老いた親もいるだろう。落選してタダの人のまま次の選挙まで待つなんてできる相談ではない。しかし自民党は息のかかった会社に、ちゃんと押し込めてやる。当座、社員になっていれば、給料と身分が確保されて家族もひと安心だ。そして腰掛け会社の仕事はそこそこに、マメに地域の集まりに顔を出させる。そうやって捲土重来をお膳立てしてやるのだ。いやぁさすがさすが、まいりましたよ自民党さんと、Fはそつなく市の重鎮たちに相槌を打つ自民党議員を見ながら、そのとき思ったのだった。
 
民主党の落選議員たちは党の支援もなく、政治活動から足を洗った者も多いとFは聞いていた。実際民主党に自民党のようにやれと言っても無理な話だろう。たくさんの駒を捨ててしまった民主党に、もう第一党への返り咲きはないことだろう。ワン・ヒット・ワンダーだったのだ。
 
ダイアー・ストレイツのCDは進み、6曲目、「Sultans of swing」の物悲しいメロディーが流れる。邦題、「悲しきサルタン」。うまく付けたものだ。単数形にして、悲しきと付ける。それだけでなんとなくこの曲のイメージをつかませている。Fはボリュームを上げ、ガラス戸の曇りを手のひらでサッとひと拭きして、落ちる雪を眺めながら曲を聴いた。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(17)

2014年02月10日 | 連載小説
(17)
 
「お、もう12時すぎてんのか。昔の思い出話してるとさ、時間ってすぐ経っちゃうんだよなぁ」
イチが言う。Fもそのとおりだと思うが、恐妻家のイチの方が、より時間の進み具合は早いのだろうとも思う。
「イチ、時間大丈夫か?」
「よくねぇよ。あの~、すみません、同じのおかわり」
イチがFににやつき、そしてグラスを目の前にかざしてマスターにおかわりを告げた。Fは心配したが、本人がそう来る以上野暮なことは言わずトコトン付き合うまでだ。Fのグラスにはまだ半分以上残っていたが、一気に飲み干し一緒におかわりを告げた。
心配は心配だったが、しかし心の別のところではうれしかった。さんざん呑み明かした頃の気分が思い出された。
Fとイチは、またグラスをカチンと合わせて話し始めた。
 
チケット購入のため、夜をぶっとばせとばかりにストーンズを聴きながら田舎のデパートに向かったFとイチは、シーンと静まる午前4時半に目的地に到着した。広いつばの帽子を被る女性がトレードマークの、地方で展開するデパートだ。このデパートのチケットセンターが、ストーンズのチケットの窓口となっていた。
 
ここだここだと言いながら、1階の入口の前に立つ。意外と言っていいのか、それとも予想通りと言っていいのか、入口の前に人影はない。一旦車に戻り、用意した毛布と敷物を持って、さらに2枚着込んで再び入口に行った。
すると一人、男が座っていた。ストーンズのチケットで並んでいるのかとFが聞くと、そうだと頷いた。
「じゃ、おれたちも並ぶか」
Fがイチに言い、敷物を敷いて座り、毛布に包まった。
しばらくはぼそぼそと話していたが、眠くなり、どちらからともなく黙ってしまった。なんとなく気配で、人が並んだ感じがした。
 
空がうっすら明けてくる頃、深く眠り込んでいたFが目を開けると長い行列ができていた。
「やっぱ、早めに並んでよかったな」
疲れてとろんとした目をしながら、イチがFに言った。
列はさらに伸びていく。通勤の人たちが奇妙なものを見るような目で通り過ぎていく。しかしさすがストーンズだな、とFは列を見ながら思った。
ようやく10時の開店になり、店の人の誘導でチケット売り場まで列が進まされる。一番の男が購入したあと、Fとイチが購入した。店内は暑く、着膨れていた2人は汗だくだった。
車まで戻り、あらためてチケットを見て、Fとイチは笑いながらがっちり握手をしたのだった。
 
「あの田舎のデパートに向かったのはおれたちのファインプレーだったよな」
イチが言う。都内のデパートは入口がコンコースなど複数に分かれていて、どちらがメインの列か分かりづらかったらしい。ひとつのデパートにいくつも列ができ、どの列が優先かということで、実際いざこざが起きたところもあった。とにもかくにもFたちが並んだデパートは、田舎ならではのシンプルな構造だったのだ。
 
「なんつっても2日目だったよな、よかったのはさ」
「そうそう、ミックが息切れして最後のサティスファクションなんか声が出なかったもんな」
「あれこそがライブだよな。
「そうだよな。あの次の日からセーブしちゃったもんな」
追加公演まで含めて10日行われた公演の中で、2日目はミックが飛ばしすぎてバテてしまったのだ。それまでストーンズのいろんなコンサートをビデオで観たが、へたばるミックは見たことがなかった。
「1回だけリトル・レッド・ルースターやったよな」
「あぁ。あれやるとき、キースがニヤッて笑ったような気がしたんだけど。もしかして予定外だったのかな」
「まさかぁ。あんなでかいパッケージツアーでか?」
「それにしてもあのとき売ってたパンフレット、間違いだらけでひどかったなぁ」
「そう、すげぇ高いのによぉ。絶対ストーンズ知らないヤツが作ったんだぜ」
当時の、コンサートに行った者しか分からない話が延々続いた。
 
結局Fとイチが店を出たのは、コンサートチケットを購入するときに新聞を買い求めた時間だった。
「イチ、奥さんには、おれが引きとめたって言えよな」
やばいなぁと言いながらタクシーに乗りこむイチに、Fはそう声をかけた。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(16)

2014年02月08日 | 連載小説
(16)
 
ストーンズとしての初来日は、ミックのソロでの来日の2年後だった。Fとイチはもちろん大喜びした。しかしすでにミックで政治的な雪解けをしていたので、まぁいずれは来られるだろうと想像ができたことから感慨は薄かった。ミックの来日前は、なにしろ生き神様のような感じだったのだ。
 
それでも、バンドとして完璧なカタチで観られると確実に決まったのは限りなくうれしいことだった。Fとイチは大学生になっていたので、少なくともミックのときよりは動きが取れた。よぉし、今度こそしっかりチケットを手に入れようと、発売日までにバイトに精を出して金をためた。当時はバブル景気がかろうじて続いていたので、働く場所はいくらでもあった。
 
ネットも携帯電話もまだないので、コンサートのチケットは新聞雑誌の発表を見逃さないようにして、チケット売り場や電話で買い求めるという方法だった。電話は簡単でいいが、人気のコンサートは発売開始と同時にかけたって繋がったためしがない。実際Fは高校3年のときにミックのソロコンサートで痛い目にあっている。今回はとにもかくにも売り場に並ぼうということで話が一致していた。
「ホント、寒かったよなぁ」
イチがしみじみと言う。Fとしてもチケット購入の思い出は寒かったという記憶がいちばんだった。ストーンズほど観客動員が大きなアーティストになると東京ドームで何日も演ることになるので、野球の行われない時期に限定される。だから当然チケットの発売も冬となるのだ。
 
発売前夜に落ち合ったFとイチは、まずファミレスの駐車場に車を止めた。そこでコーヒーを飲みながら新聞の発売を待った。
午前3時、もういいだろうということでファミレスを出て、新聞の販売店に入っていった。訝しがる配達員から一部買ったFとイチは、車に戻ってばっさりと開いた。チケット販売の宣伝広告が大きく載っていて、そうか、ストーンズはやはり本当に来てくれるんだなと目が釘付けになった。
「正直あの新聞見たときがいちばん感慨が深かったなぁ、実際にコンサートが始まったときよっかさぁ。なんでだろ」
「そうだな。おれもあの広告見たときにジーンときたんだよな」
Fとイチはどちらからともなく、グラスをカチンとぶつけ合った。ある程度酒が進んだときに深い共感があると、酔っ払いというのは乾杯したくなるものなのだ。
 
車の中で相談した結果、とある田舎のデパートに車を向けることにした。チケットは都心で取ろうが田舎で取ろうが変わりがない。売り場の窓口にいかに早く立つかという方が重要なのだ。だから並ぶライバルが少ない店舗の方がいいということで、都会でなく田舎へと車を向けたのだった。
二人はイチの実家のぼろぼろのファミリアで『Exile on main st.』を流しながら、暗い道を走っていった。
 
(つづく)