曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

『駅は物語る』 8話

2011年08月13日 | 鉄道連載小説
 
田端
 
 
新宿から東京へは中央線が最も早いが、時間に余裕があるとき、千路は山手線外回りを使う。13分で行けるところを30分もかかってしまうが、一ヶ所、とても好きな車窓があるので、ときおり半円を描いて東京に向かうことにしていた。
 
その好きな車窓というのは、田端の手前、進行方向左側だ。駒込を出た山手線はしばらくまっすぐ走ってから大きく右にカーブする。まるで折れ曲がるような急カーブなので大きく減速するが、そのゆっくりと進む中、切り通しの壁が急に切れ、ずらっと並ぶ線路を見渡すことになるのだ。
 
 
千路はたくさんの路線に乗ったが、ここほど唐突にたくさんの線路が目に飛び込んでくる場所を他に知らない。いや、実際探せばあるだろうが、そう断定してしまうほどここはいい条件が揃っているのだ。
 
まず、その線路の多さだ。京浜東北線、高崎線、宇都宮線と通常の旅客路線のほかに貨物基地があって、尾久車両基地も掛かっている。そして新幹線の高架もある。
次のいい条件は、壁が切れたときに山手線が線路群より一段高くなっているということだ。これにより、遠くの線路まで一望できる。さらには右に大きく曲がりながら線路群に寄って行くため、スピードが落ちる。だから線路群をじっくり味わえるのだ。
 
この場所を味わいたい千路は、すいているときもけっして座らない。混んでどうしようもないとき以外は、進行方向左側のドア横に立つことにしている。
彼は今日、かなり時間に余裕があった。山手線周りでも30分ほど余している。そこで、田端で降りて次の西日暮里まで歩くことにした。ここは線路伝いに上り坂があり、暑い時期にはつらいのだが、のんびり歩いて見晴らしを味わうことにしたのだ。
 
 
千路は車窓から線路群を堪能したあと、田端駅に降り立ち、南口に向かった。この改札は丘を上っていく入口にあり、こんな都会なのにローカル線の趣があるのだ。
 
 
(田端 おわり)
 

小説・立ち食いそば紀行  小諸の進出(2)

2011年08月07日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
小諸の進出(2)
 
私は武蔵野線に乗り込み、一路南越谷に向かう。くだんの小諸そばは東武線の新越谷駅にあるが、新越谷駅と武蔵野線の南越谷駅はロータリーが一緒で、同じ駅だ。だから南越谷で降りれば事足りる。
小諸そばの埼玉2店舗は図らずも(図っているのかもしれないが)、2つの駅名を持つターミナル駅にそれぞれ進出したことになる。
 
武蔵野線はギャンブル線だ。府中本町から始まり、いくつものギャンブル場の最寄り駅となっている。そのため、郊外を走っている路線にしては立ち食いそば屋を抱える駅が多い。立ち食いそば好きとしては店がたくさんあるのはうれしいが、しかしギャンブル客を当て込んでの店舗ゆえか、どこも狭くて薄汚れているのが残念なところだ。もっとも、これが本来の立ち食いそばの姿なのだが、これだけ都内の立ち食いそばがきれいな店構えだと、時代に取り残された感は否めない。
 
武蔵野線沿線はJR系の立ち食いそばが多いが、そのJR系、そばはまだいいとしてイナリの味が落ちる。イナリというのは、立ち食いそばではサイドメニューの王様と言っても過言ではないので、これの味がイマイチというのは大きなマイナスだ。小諸はイナリを含めたご飯物の味も確かなので、この点でも差を付けられてしまっている。今後もし本格的に小諸が埼玉進出を図って来たとしたらどうなるのだろう。
 
私は武蔵野線の閑散とした車内で、本も読まず携帯電話も開かずじっと立ち食いそばのことを考えていた。
 
(小諸の進出・つづく)