社長は羽祐に缶コーヒーを差し出す。
「どぉ。最近駅長さんのことが知れ渡ってきたから、けっこう見に来てんじゃないの?」
羽祐はこくりと頷く。昨日も夕方、バイクの男女が来た。
それにしても残念なのは、駅長を見に来る人の半数が鉄道利用者ではないということだ。バイクや車で谷平駅を訪れる。羽祐としては少しでも売り上げ増になればと思って始めたことなので、できるだけ鉄道を使って見に来てほしいところだ。
「いやぁ、それにしてもきれいな夕日だなぁ」
社長がホームに出て、半分稜線に隠れている夕日に向かって伸びをする。空、山、畑、駅、すべてが赤く染まっている。
「うーん、疲れが吹き飛ぶよ。なぁ羽祐」
「はい。本当にそうですね」
同調しながら、羽祐は社長に目を向ける。暗くて表情は分からないけれど、かなり疲れているのかもしれない。この社長が引き受けて上向きになっているとはいえ、まだまだ赤字ローカル線であることには変わりない。いろいろあるにちがいない。もしかしたら社長が久々にこの駅にやってきたのは、そういったものからいっときだけでも逃げようと思ってのことかもしれない。
――夕日はきれいだけど、けっこうその時の気分で、腹の中にズシーンと響いちゃうんだよなぁ。
羽祐はほんの少しだけ、首を横に振る。夕日ってきれいだけじゃない、と……。
駅舎の中からは、駅長の回すまわし車の音が軽快に響いていた。