曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・はむ駅長 (4)

2012年04月23日 | ハムスター小説
 
社長は羽祐に缶コーヒーを差し出す。
「どぉ。最近駅長さんのことが知れ渡ってきたから、けっこう見に来てんじゃないの?」
羽祐はこくりと頷く。昨日も夕方、バイクの男女が来た。
それにしても残念なのは、駅長を見に来る人の半数が鉄道利用者ではないということだ。バイクや車で谷平駅を訪れる。羽祐としては少しでも売り上げ増になればと思って始めたことなので、できるだけ鉄道を使って見に来てほしいところだ。
 
「いやぁ、それにしてもきれいな夕日だなぁ」
社長がホームに出て、半分稜線に隠れている夕日に向かって伸びをする。空、山、畑、駅、すべてが赤く染まっている。
「うーん、疲れが吹き飛ぶよ。なぁ羽祐」
「はい。本当にそうですね」
同調しながら、羽祐は社長に目を向ける。暗くて表情は分からないけれど、かなり疲れているのかもしれない。この社長が引き受けて上向きになっているとはいえ、まだまだ赤字ローカル線であることには変わりない。いろいろあるにちがいない。もしかしたら社長が久々にこの駅にやってきたのは、そういったものからいっときだけでも逃げようと思ってのことかもしれない。
 ――夕日はきれいだけど、けっこうその時の気分で、腹の中にズシーンと響いちゃうんだよなぁ。
羽祐はほんの少しだけ、首を横に振る。夕日ってきれいだけじゃない、と……。
 
駅舎の中からは、駅長の回すまわし車の音が軽快に響いていた。
 
 

小説・はむ駅長 (3)

2012年04月03日 | ハムスター小説
 
丸花鉄道には日に7本の列車が走る。羽祐が委託駅員を勤める谷平駅は交換のできない単線の駅なので、上りと下りを合わせて14回、列車を迎えることになる。
 
都会から遠く離れたローカル線なので、乗降客はほぼ顔見知りだ。今到着した列車から降りた客もそうで、1人は高校生の男の子。羽祐は小さくこんばんはと声をかけるが、高校生はちょっと睨みつけるように、さりとて視線をあまり合わせず無言で通っていった。いつもこうだった。
次はおばあさん。羽祐が声をかけようとする前にこんばんはとあいさつされた。そしてはむ駅長にも丁寧にあいさつしていった。
 
この列車から降りるのはいつも2人なのだが、今日は体格のいいおじさんがホームに降り立った。視線を上に向けて顔を見るとなんのことはない、丸花鉄道の社長だった。
「あ、社長、こんばんは」
「お~、駅長さんも元気じゃないか」
陽が傾く時間で、駅長はケージの中で気ぜわしく動き回っていた。
「しっかりやってるね。実は昨日鉄道マニアのおじさんが昼頃来ただろ。あれ古い友達なんだよ、おれの。奴がさ、羽祐のこと褒めてたよ、こまめに動いてるって」
羽祐は昨日の男を思い出した。鉄道マニアはいろいろと話しかけてくることが多いが、その男はあいさつ程度で、あとは駅の周辺を歩いて熱心に写真を撮っているだけだった。帽子も目深に被っていたので、顔はまったく思い出せなかった。
「そうだったんですか。あっちの壁を修理していたのでまじめにやってるように見えたのかもしれないです」
「ハハハ、まぁ謙遜するなよ。その友人さ、昼だったから駅長に会えなくて残念だったって言ってたよ」
 駅長はまるで自分のことを話しているのが分かっているかのように、立ち上がって2人をじっと見つめていた。
 
 


小説・「文庫の棚を、通り抜け」 (5)

2012年04月02日 | 連載小説
 
《毎日のように書店に通う本之介が、文庫、新書以外の本を探すというお話》
 
 
東京都下、喫茶店の似合う街に、たったの5時間しか営業しない古書店がある。お昼に開店して、夕方閉店。なかなかに行きづらいお店である。
お店は小さくて、仕切られたボックスにいろんなジャンルの本が並べられている。乱雑なはずなのに、どういうわけか調和しているように感じてしまうのが不思議なところだ。
 
本之介はとある休日、このお店を訪ねた。
思い扉を開けて中に入る。そして端から本を見ていっていると、お茶を出してくれた。書店でお茶をいただくのは初めてのことだ。
ひと癖もふた癖もある品揃えで、見ていて楽しい。欲しいなぁと思う本が、いくつも見つかった。
 
そして一冊選んだのが、久世光彦著『犬に埋もれて』。もちろんだが、文庫ではない。
動物の本が好きな本之介だが、それを抜きにしても買いたくなる本だ。まずすごいのが、帯が表紙の8割を占めている。闇に包まれた芝生に3匹の犬が背を向けている写真。こちらの方が帯なのだ。
本之介の友人に、帯が広いほどいいレコードという価値基準の男がいるが、さすがにジャケットの8割を覆っている帯のレコードはないだろう。
タイトルは帯に書かれていない。著者も。まるで本からはみ出したかのように、帯の上に書かれている。犬の写真小説という内容なので、この構図は正解だ。子犬の写真の前にはタイトルも作者も一歩下がってしまう。
 
当然本の中にも、たくさんの犬の写真。文庫サイズでないのが生かされている。
これは飽くことなく眺められる一冊になるだろうと、レジに持っていきながら本之介は思ったのだった。
 
 

小説・はむ駅長 (2)

2012年04月02日 | ハムスター小説
 
昼すぎの下り列車がディーゼル音を響かせながらゆっくりと出て行った。このあと2時間、列車は来ない。羽祐はいつものように自転車で家に戻っていった。
 
鍵を差してドアを開ける。そして、ただいまと呟いてケージを見る。
「さ、駅長さん、出勤だよ」
声をかけて聞き耳をたてると、ケージの中にあるドーム状のハウスの中で、ゴトゴトと音がした。寝返りを打っているのだ。
ケージにしっかりとバンドをかけて、自転車の後ろに積む。ケージを入れるために大きなカゴを取り付けてあって、ちょうどすっぽり入るように作ってある。
ちゃんと固定されてはいるが、羽祐は用心のため、乗らないで押していく。駅長さんは無報酬なのだからこれくらい手厚くしてあげないと、と羽祐は思うのだ。
 
駅に着いて、以前まで改札だった小部屋に入る。そしてホーム側に置いてある台に、ケージを置いた。羽祐は椅子に座って文庫本を読む。
がさごそと音がして、ケージを見ると駅長がチーをしに起きてきていた。隅にお尻を押し付けてじっとしたと思ったら、すぐに前まで走り、何かくれとアピールする。羽祐は立ち上がって、小皿におやつを盛って差し出した。
 
 


小説・はむ駅長 (1)

2012年04月01日 | ハムスター小説
 
タタンタタンと音が遠くで響く。箒で待合小屋を掃いていた羽祐は、表に出て近付いてくるディーゼル車を見つめた。
日差しが眩しくてしかめるが、そんなくらいじゃとても抵抗できない。だから箒を持ちかえて、左の手のひらで庇を作った。
タタンタタンは大きくなる。目に見えているディーゼル車の姿も大きくなる。この音が好きで、いつも聞いているというのに、つい掃除の手を止めて聞き入ってしまう。
 
ディーゼル車は減速して、短いホームに着いた。ガラガラガラというアイドリング音が、土が半分、コンクリートが半分のホームを通して体に響く。
「おはよう」
「おはようございます」
運転士とあいさつする。降りる客がいなかったので、ディーゼル車はすぐに出て行った。
 
羽祐はまた掃除に戻る。
箒が古くて、雑に扱うと柄の部分が取れてしまう。ごまかして使っているけど、そろそろ新しいのを買いに行かないといけない。町まで買いに行くの、めんどうだなぁと羽祐はぼんやり思う。
 
自転車が一台やってきて、羽祐の自転車の横に止める。高級そうな自転車だ。日の光を受けて、あちこち輝いている。
ザルのようなヘルメットを取ってサングラスを外した男は、汗を拭った。そして掃除をしている羽祐に、ホームに入っていいか尋ねた。
「どうぞ、いいですよ。無人駅ですので」
男は小さく頭を下げて、ホームに上がった。そして腰に手をあてて、延びていく線路の先を眺めていた。
 
羽祐はといえば、その間水拭きをしてゴミをまとめていた。急ぐことはないけれど、30分後に来る上り列車までには間に合わせないといけない。
「あの、すみません」
自転車の男が遠慮がちに声をかけてきた。
「はい」
羽祐は手を止める。
「あの、はむ駅長はいないんでしょうか?」
「あ、それはお昼ちょっとすぎてからの出勤なんですよ」
「そうなんですかぁ。じゃあまた来ます」
男は少しガッカリした表情で、また自転車をこいでいった。
 
羽祐は駅名標と時刻表の水拭きに取りかかった。まだ朝と昼の間の時間。はむ駅長はぐうぐう寝ているはずである。