曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・登記所めぐり  世田谷出張所(4)

2011年12月31日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
神社をあとにした敬太は、もう一度対面のパンチパーマ屋を見る。携帯電話をかざしたいなぁと思うがやっぱりためらわれ、そのまま商店街を駅へと向かう。このようなどうにも撮りにくい状況のときのために、今度ミノックスでも買ってみるかなと思う。
 
それにしてもこの商店街は味がある。明らかに松陰神社前駅のメインストリートなのだが、車線のない狭い道の両側に並ぶ店舗は古びて看板の文字も消え、よく見ないとなんの店かよく分からない。
 
囲碁将棋クラブがあるというのも、この商店街を年代ものに見せている要因の一つだ。レトロ的なものに一つの価値を見出すこの時代、古めかしい商店街は電車賃をかけてでも出向いてみたい、重要な散策スポットだ。
 
しかし一概に古めかしいといっても、実はランクというものがある。まず初級コースは店舗にかかる庇だ。レトロな雰囲気を漂わせるには、ただくすんでいるだけではちょっと弱い。縦縞で、垂れ下がる部分が波状になっていなければならない。通りの反対から見てどちらかが傾いでいればさらにいい。こういった庇の店舗が数店あれば、それだけでレトロな商店街を謳えてしまう。
中級は、その商店街の中に金物屋があり、看板が荒物屋となっていることだ。その一店舗が入っていさえすれば、古きよき昭和の商店街となるのだ。
そして将棋道場。これはもう上級コースの貴重なアイテムである。ガラス戸を通して見る店内はなんとなく淀んだ空気が感じられ、年配の男たちが盤を囲ってなければ営業していないのかと思ってしまうほどだ。この店の前で、敬太は腕組みしてしばらく立ち止まってしまった。
 
それにしても甘味処に中華屋と、囲碁将棋クラブの四番打者だけでなく下位打線も層が厚い。小道を入ったところにはさらなる主砲、瓦屋根の銭湯が鎮座している。
パンチパーマ屋を含めると、完璧なクリーンナップができあがる。
 
世田谷区といえばシモキタにセイジョウにサンチャといったイメージだが、登記所のおかげでアナザーサイドオブ世田谷を堪能できた。敬太は満足して、140円払って世田谷線に乗り込んだのだった。
 
 
(世田谷出張所 おわり)
 
 

小説・登記所めぐり  世田谷出張所(3)

2011年12月25日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
一点の雲もない、冬の青空。寺社仏閣が最も映えるバックだ。夏の強い日差しの下ではなんとなく間延びしてしまう。
敬太は携帯電話でブログ用に何枚か写す。ネタとしては真面目なものばかりでもしょうがないので、本当は小道を挟んだ対面にあるパンチパーマのお店も撮りたかったのだが、ためらってしまった。
 
鳥居をくぐって敷地の中に足を踏み入れる。ほとんど人がいないから、広く感じる。
敬太は奥の社殿に向かってまっすぐ歩いていった。賽銭を入れて手を合わせている夫婦がいたので少し待ち、それに続く。社殿は開け放してあり、だだっ広く感じる内部に太鼓が置いてあった。内部はいかにも寒そうで、空気が張り詰めている感じがする。
敬太は今度、社殿の右にひっそりと佇む松下村塾を見る。木々に日差しを遮られた寒々しい小屋で、自分がここで学んだとしたら、まず頭がまったく回転しないだろうと思った。
 
それにしても木造はいいものだ。年月が経てば、見る者にいろいろな思いを起こさせる。「当時は寒かったろうなぁ」とか「よく今まで残ってるなぁ」とか。登記所はコンクリートなのでいくら年月が経っても、ストレートに「古臭いなぁ」と思わせるだけだ。
敬太は石灯籠や絵馬をゆっくり見ながら、鳥居へと歩いていった。
 
 
(つづく)
 
 

小説・登記所めぐり  世田谷出張所(2)

2011年12月22日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
ここは1階が証明書、2階が申請と、階が分かれている。市原のような地方は土地があるのでワンフロアだが、東京はほとんどがこのカタチだ。それでも都下に近い区だからか、前回訪れた墨田出張所より断然広い。
 
1階は謄本や印鑑証明書を待つ客で混みあっているが、2階に客は一人もいない。世田谷って人気のある区だろうに、少なくとも今日この時点で不動産を取得する者はいないらしい。敬太はすぐに下に降りていった。
 
1階で倉庫のようなトイレに入って用を足すと、自動販売機で100円の缶コーヒーを買って外に出た。登記所を訪れるためにわざわざ来ているのに、いつも入ったとたんに出たくなる。どうしてなのだろうと、敬太は首をかしげる。
 
駐車場の警備員ににこやかにあいさつをされて通りに出ると、区役所方面とは逆に進路を取った。そして歩くことおよそ100メートル、松陰神社の入口に立った。
 
 
(つづく)
 
 


小説・登記所めぐり  世田谷出張所(1)

2011年12月20日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
鉄道>車 という力関係を覆してくれるのが、世田谷線の若林駅付近。普通は鉄道と車が交錯するところは踏切を作って車を待たせるものだが、ここでは鉄道の方を待たせる。その日敬太は2両編成の前の方に乗っていたので、環七手前で信号待ちしている様を見て驚いてしまったのだ。
 
その若林の次の松陰神社前で、敬太は降りた。始発の三軒茶屋から3つ目。世田谷線は一律140円なので、数駅で降りるとひじょうに損した気分になる。
 
のどかな風景。低くて小さい駅に、センターラインのない道路が接している。さすがにお店があって人通りもそこそこだが、一般的な電車の駅から比べればすべてがささやかだ。そんな松陰神社前駅だが、世田谷区にとって実に重要な駅となっている。ここは、世田谷区役所、世田谷都税事務所、そして世田谷の登記所の最寄り駅なのだ。
 
敬太は踏切を渡ってななめに進む。突き当ってセンターラインのある道に出たところの角が、世田谷都税事務所だ。それを右に曲がって信号を一つすぎると、左側に世田谷区役所が現われる。そして次の信号を右折してちょっと進むと、世田谷の登記所だ。
 
古ぼけた建物。数年前に仮庁舎を駒澤大学駅近くのテナントビルに設置して改装工事をしたはずなのに、新装された気配は一つもない。敬太は1つ目のタッチ式自動ドアを開け、2つ目の手動ドアを押して、中に入っていった。
 
 
(つづく)
 
 


『駅は物語る』 12話

2011年12月18日 | 鉄道連載小説
 
 
「温泉」の付く駅 3
 
 
足湯があることを思い出した千路は、駅舎を出て駅から離れるようにまっすぐ歩く。 駅前通りの手前に湯気を立てている一角があり、そこが足湯になっていた。
 
屋根はあるものの、下がところどころ濡れている。千路は慎重に目を凝らし、濡れていないところに腰を下ろして靴と靴下を脱いだ。
そして足を湯につける。外の寒気と差が大きかったからだろう、最初は熱く感じた。しかし次第に心地好い温度に変わっていった。
うしろが柱だったので、少し下がってよっかかる。屋根に電灯があるのでここは明るいが、周りは闇に包まれようとして、山にかかる霧はもう見えない。
 
千路はさっき買った缶コーヒーをポケットから出した。しかしなんだか開ける気がしない。開ければすぐに冷めてしまうだろうから、両手のカイロ代わりにしておいた方がいい。
女性客が何組か通り過ぎる。やはり一人旅の男が入っていると近寄りづらいのか。
 
しばらくぼーっとしていてフト気付くと、管理人のおじいさんが反対側にあるベンチに座っていた。そこにもう一人おじいさんが加わって話し始める。
「明日は休みかい?」
「あぁ、久々にな」
「そうかい。この前も休んだじゃないか」
「いや、んなことないよ。久々の休みだよ」
素朴な会話と足の熱で千路は眠くなる。これはいけないと、ヤッと気合を入れて湯から足を上げ、ハンカチで拭いて靴下を履いた。
 
靴を突っかけて駅舎へと向かう。結局コーヒーは開けずじまいだった。帰りの電車内が温かかったら飲むとしよう。
 
改札を入る前にトイレに行く。まるでスケートリンクのような、やたら滑りやすい床。注意書きはあるが、これでは転ぶ人がけっこういることだろう。
 
やっとのことで小用を済ませた千路は、電光掲示板で間もなく電車がやって来ることを確認すると、改札を通っていったのだった。
 
 
(「温泉」の付く駅 おわり)