曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・登記所めぐり  市原(2)

2011年09月24日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
看板から歩き出した敬太はすぐに左折する。そこは登記所の敷地となっていて、駐車場を通って建物の中に入っていった。
なんの変哲もない、機能だけを突き詰めた建物。強いて特徴をあげれば古めかしくないところか。ベンチや自動販売機周辺などが、人々のイメージする役所像と比べて瀟洒な感じだ。
ゆったりした造りに見えるのはローカルな地だからだろうか。もちろんそれもあるだろうが、登記所の扱う業務の二大巨頭、不動産登記と商業登記のうち、ここでは不動産登記オンリーだからだろう。1階の広いスペースを謄本申請と登記の受付だけに分け、ドーンと余裕を持って使うことができる。
敬太は謄本の申請台に行き、申請用紙を前にわざとらしくボールペンを取り出して書き込むふりをしながら室内の様子を伺った。訪れている人は少なく職員はヒマそうで、受付の男だけが年配夫婦の応対で忙しくしていた。彼らの声は常時流しっぱなしにしてあるNHKの、料理番組の声に重なっていた。
 
一通り見渡した敬太は満足して、ガラス戸を出てトイレに寄った。トイレの中は狭くて古めかしい。どうも建物全体が新しいというわけではないらしい。
トイレを出て、その脇にある自動販売機で飲み物を買おうとした敬太はその値段に驚いた。通常登記所はどこも値段が抑えられているが、しかし缶は100円というのが相場だ。それがここではいくつかの種類が80円。どういう基準でブラックが100円なのか分からないが、しかしずいぶん思い切ったことをするものだ。缶コーヒーはやっぱり甘さがないとね、という人間はだいぶ得をすることになる。
通常ブラックの敬太だが、ここは一つ恩恵を受けるべく、砂糖入りの物を1本購入した。
 
(つづく)
 
 

小説・登記所めぐり  市原(1)

2011年09月23日 | 連載小説
 
《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》

 
敬太はブログを始めようと思い、さて何を題材に書くかと、はたと考え込んだ。通常は何かの趣味があって、それを書きたいがためにブログを始めるもので、敬太はその順番が逆なのだから考え込むのも当然というものだ。
せっかく始めるからには人と違ったものをと思ったが、今や天下の公共放送NHKでさえマニアックな収集家を褒め称える番組を持つ時代、なかなかこれはという題材が見つからなかった。
 
数日考えて思いついたのが、登記所めぐりというものだった。魅力のカケラもない役所の訪問記などという、まったく面白味のない題材ではあるが、ともかくほとんど手付かずの分野であることは間違いない。敬太は無料のブログを立ち上げると、『登記所めぐり』とタイトルを打ち込んだ。
そして第一回目の「はじめまして」をアップして満足感を得た敬太だったが、登記所の正式名称が法務局であることにふと気付いて、タイトルを『法務局めぐり』に変えた。しかしどうもしっくりこない。やっぱり登記所という言葉の方が合っている。こんなブログに正式名称もなにもないだろうと思い、再びタイトルを『登記所めぐり』に変えた。その代わりプロフィール欄のハンドルネームを、「法務スウィート法務」にしておいた。
 
 
翌日敬太は、JR内房線の八幡宿駅に降り立った。ここには市原の登記所がある。正式には千葉地方法務局市原出張所だが、なんの用件もないのに都内からわざわざ出張ってきたのだから、ここは軽く「市原の登記所」と言いたい。
駅前にはコンビニが一軒と地銀が一軒。他にも店があることはあるが、目立つのはその二つだ。バスの塗装も地方交通そのものという感じでローカルな雰囲気が漂うが、敬太はその雰囲気が嫌いではない。むしろ、いいところを初回に選んだなと思ったほどだ。
登記所は駅から五分ほどで道も分かりやすい。彼はロータリーから離れるように道を歩き出した。
神社を横に見て、その先の大きな通りを渡る。右に折れて少し歩けば登記所だ。
と、渡ったところで敬太は足を止めた。大きな看板に書かれている文字に目が止まったからだ。
「ゴル場……」
これはゴルフ場の誤植だろうか。それとも登山用語のガレ場のような、特殊な専門用語だろうか。気になってしばらく立ち止まって見ていたが、なんとなく看板の裏を見てみたら表と同じデザインで、こちらはゴルフ場となっていた。つまりは誤植だったのだ。
敬太はどういうわけか気分がよくなり、力強い足取りで登記所へと向かって行った。
 
(つづく)