《主人公の敬太が、登記所のある町を巡り歩く小説です》
看板から歩き出した敬太はすぐに左折する。そこは登記所の敷地となっていて、駐車場を通って建物の中に入っていった。
なんの変哲もない、機能だけを突き詰めた建物。強いて特徴をあげれば古めかしくないところか。ベンチや自動販売機周辺などが、人々のイメージする役所像と比べて瀟洒な感じだ。
ゆったりした造りに見えるのはローカルな地だからだろうか。もちろんそれもあるだろうが、登記所の扱う業務の二大巨頭、不動産登記と商業登記のうち、ここでは不動産登記オンリーだからだろう。1階の広いスペースを謄本申請と登記の受付だけに分け、ドーンと余裕を持って使うことができる。
敬太は謄本の申請台に行き、申請用紙を前にわざとらしくボールペンを取り出して書き込むふりをしながら室内の様子を伺った。訪れている人は少なく職員はヒマそうで、受付の男だけが年配夫婦の応対で忙しくしていた。彼らの声は常時流しっぱなしにしてあるNHKの、料理番組の声に重なっていた。
一通り見渡した敬太は満足して、ガラス戸を出てトイレに寄った。トイレの中は狭くて古めかしい。どうも建物全体が新しいというわけではないらしい。
トイレを出て、その脇にある自動販売機で飲み物を買おうとした敬太はその値段に驚いた。通常登記所はどこも値段が抑えられているが、しかし缶は100円というのが相場だ。それがここではいくつかの種類が80円。どういう基準でブラックが100円なのか分からないが、しかしずいぶん思い切ったことをするものだ。缶コーヒーはやっぱり甘さがないとね、という人間はだいぶ得をすることになる。
通常ブラックの敬太だが、ここは一つ恩恵を受けるべく、砂糖入りの物を1本購入した。
(つづく)