《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
うどんとそば(2)
しかしここまでそばにこだわる私でも、三鷹駅の彩花庵でだけはうどんを食してしまう。
この彩花庵、うどんは武蔵野うどんの形態で、確固たる信念が伝わってくる。もちろん味もよいのだが、私としては信念がまず好きだ。武蔵野うどんとはつけ汁タイプのうどんで、肉とネギが入ったこってりタイプの汁が大きな特徴だ。麺はこしがあり、乱切りで太さがマチマチというのが多摩北西部に点在する武蔵野うどん店の一般的なものだが、彩花庵はさすがに駅そば店なので麺はほぼ揃っている。
その日私は改札外から店に入った。ここは改札内外に入口があり、店内は半分ずつに仕切られている。こういう店のカタチをなんというのだろう。セパレートタイプとでも言うのだろうか。私は個人的に番台型と言っている。
私はこの日も武蔵野うどん。以前は意地を張ってそばを食していたのだが、周りがすべてうどんだったので試しに食してみたところ、ファンになってしまったのだ。
食券を渡して席に着く。武蔵野うどんは券売機にボタンが別途あり、食券にも記載されている。だから一声発しなくて済む。これもまた武蔵野うどんの魅力のひとつだ。
呼ばれて取りに行き、席に戻る。つけ汁に七味を入れたのち、私は麺を持ち上げた。
そして、つけ汁に。ここで武蔵野うどんの特徴が出る。具が多すぎて麺が沈まないのだ。あたかもチチカカ湖に浮かぶ葦の浮島のように、乗せた物を容易に水没させない。
私は麺を押して無理に沈め、汁に充分からませてから具と一緒にすくい上げた。なにしろ具がたっぷりなので、最初の一口目から具も一緒に食していっても大丈夫なのだ。
太くてこしがあるので、一本ずつ食していく。豚肉、ネギ、きのこの具はバランスが絶妙で、さして意識しないで食べ進んでも均等に残る。
となりに座った男はそばを食している。彼、人生をちょっと損しているなと私は思う。
麺をすべて食べ終えてもつけ汁の中に具が残っている。それを片付けたあと、つけ汁をきれいに飲み干した。
非常に満ち足りた気分になった私は、盆を返却して三鷹駅へと出て行ったのだった。
(うどんとそば・終わり)