曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

『駅は物語る』 4話

2011年04月14日 | 鉄道連載小説
 
北池袋 その4
 
改札側は住宅街だ。モルタルアパートに庭のない古い家屋。都心の住宅地らしくびっしりと隙間なく建っている。だから郊外のそれとは見た目がちがうが、家々というものは生活のにおいを漂わせる。反対側が無機的だったので、余計にそう思う。
 
池袋が都内でも有数の繁華街になって、サンシャインが建って……。でも、それよりずっと前からの家並みなのだろう。今じゃすっかり繁栄から取り残されたようになってしまったけど、北池袋駅は昔からあって、駅の周りには人の生活があったのだ。
 
 
一本、軽自動車も通れないような路地を入ると、祠があってその向こうに駅が見えた。駅には各駅停車が停まっていて、立ち止まって見ているとドアが閉まり、池袋に向かっていった。
その小道には数軒飲み屋があった。今はまだどこも閉まっているが、夕方になればこの辺りは、焼き鳥の煙と芳しい匂いに包まれていることだろう。
 
まっすぐ進んでいくと、改札の横に出た。小さい駅なので簡単に一周できてしまった。千路はラックからいくつかのフリーペーパーを取ってカバンに入れて、ICカードをタッチして地下道に入った。
 
せっかくの休日なので、もういくつか駅を訪ねる予定だった。ホームに上がった千路はポケット時刻表を出し、次に向かう駅を物色した。
 
(おわり)
 

『駅は物語る』 3話

2011年04月11日 | 鉄道連載小説
 
「北池袋 その3」
 
 
JRの車両基地が隣接する、都会の寂れた駅……。
 
千路はすっかりこの駅が気に入ってしまった。どうして今まで訪れたことがなかったのだろう。まだ半周しかしていないのに、早くも再訪を誓っていた。
 
踏切がまたよかった。JR埼京線と隣り合っていて、渡りきるまでにちょっと距離がある。朝夕など、開かずの踏切になっていることだろう。
 
北池袋駅の端っこが、道路から手が届くところにある。そこには大きく「北池袋」とカンバンが取り付けられてあるが、錆びついているのでパッと見にはなんと書かれているのか分からない。
渡ったところで踏切が鳴り出したので、千路は回れ右をして遮断機の手前に立った。その奇妙な行動に、自転車のおばさんが露骨に千路を見る。しかし千路にしてみれば、いくら他人から気味悪く見られようとも、訪れた駅に電車が到着する一幕を見ないわけにはいかない。
 
池袋から来た各駅停車は踏切をゆっくりゆっくり通り過ぎ、なんとかギリギリ、その貧弱なホームに収まった。
京急などは電車の編成よりも短いホームがあるし、東上線でも、かつて大山駅が電車をはみ出させていた。たしかにギリギリではあるが、この寂れ具合で10両編成を収めるだけでも立派だと、千路は感心した。
 
(つづく)
 
 


『駅は物語る』 2話

2011年04月10日 | 鉄道連載小説
 
「北池袋 その2」
 
 
豊島区、そして池袋のすぐ隣というシチュエーションに対しての、北池袋駅のそのみすぼらしさ。千路はおおいに感動し、しばらくぼんやりとホームに佇んだ。
 
その間に、上り急行と下り準急が通過してゆく。中央特快のような勢いはなく、車内の人と目が合わせられるくらいのスピードだ。ホームの幅が狭いので、スピードを落とさないと危ないのだろう。
 
千路は改札に向かう。改札は川越方面にちょこんと付いているだけなので、ホームの池袋方面に降り立った千路はとことこと歩いて行く。スリムなホームはやたらと長く見える。
階段をくぐって、小さな改札を出る。ロータリーはなく、すぐ道に面している。中央に車線のない、路地と言ってもいいような道。
多少、商店街がある。コンビニとそば屋、弁当屋が一軒ずつ。さすがに飲み屋はいくつかあるが、どれも古めかしい家屋にカンバンを付けただけのようなもの。華やかなカンバンのチェーン店はない。ここの駅前には、都内のどの駅にもある牛丼屋さえないのだ。
 
千路は踏切を渡った。こちらには改札がなく、マンションや工場などに挟まれて商店の一つもない。駅を訪ねるときはぐるっと一周することを決め事にしているので歩き始めたが、こちら側には線路に沿った道がなく、面白味が感じられない。
都心特有の、行き止まりの小道がところどころにある。線路に近付こうと入って行くのだが、すぐに撤退を余儀なくされる。
なんだかまるで石ころのように、駅は存在していても無視されているようだ。この辺りの住人は北池袋駅を使わず、池袋まで歩いていってしまっているのではないかと千路は思った。
 
ようやく、車が通れるくらいの道が線路に向かっている。千路が進んでいくと、左側にJRの車両基地が現れた。千路は足を止めて、しばらく見やった。
 
(つづく)
 
 

『駅は物語る』 1話

2011年04月07日 | 鉄道連載小説
 
「北池袋 その1」
 
 
JRの電車内に貼ってある首都圏の路線図、いったいあれにはいくつ駅が載っているのだろう。星の数と言っては大げさだが、でもそう言いたくなるくらいの数だ。じっくり数えていったって、途中で混乱して正確に数え切れないだろう。しかも、路線図には私鉄も地下鉄も書かれていない。もしすべてを記載したら、路線図は駅名でびっしり埋まってしまうことだろう。そうなればどの駅が何線なのかまったく分からなくなって、案内の体をなさないにちがいない。正直、JRだけだってパッと分かりにくい部分がある。
 
駅は、案内図に記載されているときは、どこも一律同じだ。白抜きのマルに黒字の駅名。世界に名だたる東京駅も、東京都なのに険しい山の上にある無人駅、白丸駅も同じ記載。まったくもって公平な扱い。そこがすばらしいと千路はいつも思う。都会に落ちている寂れた駅を訪ねることを趣味としている千路にとって、路線図の記載は実にうれしいものだった。
 
 
今日彼が訪ねたのは、北池袋駅だった。東武東上線を池袋から乗って、一つ目の駅だ。
 
日曜日、千路は、JRで池袋まで向かうと人混みの中を東上線乗り場まで歩いた。そして各駅停車に乗ると、2分ほど揺られて北池袋駅に降り立った。
狭く暗いホームに降りた千路は、心の中で「オーッ」と歓喜の声をあげた。
 
(つづく)