快晴。例年より暖かい元旦となる。
年賀状を下さったネットの猫のお友達様、申し訳なし、
ズボラで音信不通していますが、生きていますm(_ _"m)
大晦日は久々に紅白歌合戦なぞをチラ見して、「若い子が解らーーん」と文句を言い、
12時をまわりハッピーニューイヤー!
「今年一年は健康に!というよりは、とにかくこれ以上病気をしない事だ!」との低目標を掲げる。
元旦の朝でも今年の干支は退屈して、いつも通りに「出せ出せ」と騒いでいる。
安定のガブリ。
いつも通りの動物のお世話と手抜きの家事で、1年がスタートした。
(仕事はじめ辺りで年始年末鬱病が解消される、ほれもう数日だ。)
旦那は病院から一晩だけ帰宅した義母を、日中にお見舞いに行き、
今後の義母の幸せについての話し合いをするのかと思えば、
結局のところ、
鬱は甘え、食事介助も移動も自力でしなさい、本当は出来るのに演技です、
食事介助してみて、口から食物を掻きだす作業になっていても「7割は食べているんです!!」
胃瘻もダメ、の義兄嫁の方針に何も言えずに帰ってきた。
余命1年なら、少しくらいお金がかかっても最後位は楽させたいという旦那の希望、
貯金を崩しても、残業しても、どこか終の棲家の老人ホームを探してあげたい話も立ち消えた…。
後日談になるが、4日に久し振りに猫の大大大先輩にお電話をし、
例えは非常に悪いが、
「救える動物と、(飼い主に遠慮したりで)救えない動物がいるように、
また義母本人も動物と違い、様々な泥沼から抜け出す機会が沢山あったのに何もしないで文句を言っていた、
これも義母の運命なんだろう。」
と、悟ってしまった、もう義実家の件は考えない事にすると報告した。
とにかく私は当たり前の事だが、1年間無事に健康でいたい。
私は痴呆の父より先に倒れるわけにはいかない。きっと今より悲惨な事になる。
そして慎重に、キチンと考える事はいいが、
自分の手に負えない、どうにもならない事については、延々くよくよ考える思考を断ち切りたい。
父親が亡くなった時が第二の人生スタートだ。体力温存。
皆様の今年の目標が夢いっぱいであり、かなえられますように♡
今年もよろしくお願いします。