継子と継母(3) ・ 今昔物語 ( 巻 26-5 )
( (2)より続く )
叔父(大夫介の弟)の家は、五町(500mほど)ばかり離れていたが、人に出会わないで、遥か四、五十町も連れ出して野原に入った。うまくいったと思いながら、道もない野原をさらに進むと、若君が「何か変だよ。いつもの道と違うよ。どこへ行くの」と尋ねたが、「これも同じ道でございますよ」と二、三十町ほど連れ込んで、「しばらく待っていてくださいな。ここに山芋があるのです。掘ってお見せしましょう」と答えた。
若君は何とはなく心細さを感じて、「どうして山芋なんかを掘るの。早く行こうよ」という顔が何とも美しく可愛いのを見るにつけ、さすがに男も、「さて、どうしたものか。いくら奥様が大事だといっても、この若君も無縁というわけではない。大夫介殿はどれほど嘆かれることだろう」と空恐ろしくなったが、その心を振り払って土を掘り進めると、若君は「懸命に山芋を掘っているのだ」と思い、「どこにあるの、山芋、山芋」とはしゃいでいるので、男は「自分がこの若君の味方であれば、哀しさに堪えられないだろう」と思って涙が出たが、「気の弱いことよ」と自らを励まし、目を閉じるようにして若君を馬から引き落とした。
若君が驚き、おびえて泣くのを、男は顔をそむけて着物を剥ぎ取り、穴に押し入れると、若君は「何をするのだ。私を殺そうとしていたのだな」と叫ぶのを、問答無用とばかりに土をどんどん投げ込み踏み固めたが、さすがに動転していて、よく踏み固めずにあわてて帰って行った。
これらの計画については何くわぬ顔をしていた継母だが、若君が継母の首にぶら下がって、「叔父上の家へ行くよ」と嬉しそうに言った顔が目に浮かび、「私は、何に狂ってこのような事を思いついたのだろう。あの子には実の母がいないから、私が可愛がってやれば孝行してくれたであろうに。私には娘のほかに男の子はいない。もしこのことが知れたなら、きっと私の将来も閉ざされ、この子のためにと思ってやった事だがかえって娘にとって困ったことになるのではないだろうか。考えてみれば、あの男もずいぶん幼稚に見えるではないか。少しでも手違いがあれば、あっさり白状してしまうかもしれない」と思うと、すぐに取り消してしまいたいと思ったが、すでに殺して帰ってきたので、今更どうすることも出来ず、ふさぎ込み、寝室に籠って泣いていた。
一方、その叔父は、急に甥に会いたくなった。従者どもが皆出払っていたが、それを呼びにやるのももどかしいほど早く会いたくなったので、ただ一人残っていた馬の口取り役の舎人男に、「馬に鞍を置け」と命じて、胡録(ヤナグイ)を背負うと馬に飛び乗って走り出していった。
ところが、その途中で、道端から兎が飛び出してきたのを見ると、あれほど急いで早く会いたいと思っていたことを忘れてしまって、矢をつがえて追いつめて射止めることにしか頭が働かず、野原の中に乗り入れた。
草深い中に入り込んだので、何度か矢を射たが、いつもは矢の名手と言われており、この程度の的を外すはずがないのに、とうとう兎を逃してしまった。
「珍しい失敗をしてしまった」と思い、せめて射損じた矢だけでも拾おうと思って、馬首を廻らし廻らし捜しているうちに、犬か何かがうめくような声が聞こえた。
「あの声は、どちらから聞こえているのだ。もしか病人でもいるのか」と思って、見回すがそれらしいものは見当たらない。怪しく思って耳を澄ますと、地上からではなく、物に籠ったような声で、土の底から聞こえてくるようであった。
そのうち、舎人男は射損じた矢をすべて見つけ出した。しかし、この声が何かを確かめようと思い、舎人男に、「あのうめいているのは何の声だ」と尋ねると、舎人男もひどく怪しがり、「何の声でしょうか。はて、何でしょうか」と言い、走り回って捜しているうちに、たった今土を埋めた穴らしい所を見つけた。
「ここに怪しい所があります。怪しい声は確かにここから聞こえてきます」と舎人男が言うので、主人(叔父)が近寄って聞くと、本当にそこから聞こえてくる。
「誰かが死人などを埋めたのが、生き返ってうめいているのだろう」と思い、「何はともあれ、人の声のようだ。さあ、此処を掘り出してみよう」と言うと、舎人男は「怖ろしいことを」と尻込みする。
主人は「そのようなことを言うな。もし人であれば、人の命を助けるのは大変な功徳なのだぞ」と言って、馬から下りて、自ら土を掻きはじめた。たった今、大慌てで埋めたばかりなので、とても柔らかく、主人は弓の本を持って掻き出すので、舎人男は手でもって土を掻き除けていったが、うめき声が次第に近くなってきた。
「やっぱりそうだ」と思い、さらに急いで掘っていくと、十分埋めていなかったから、穴の底には隙間があるらしく、声はその底からだと分かったので、さらに掘ると、大きな菜や草や枝で塞いであったので、それらを注意深く引き上げるにつれてうめき声は大きくなり、そこには、幼い子を裸に剥いて押し込んであったのである。
( 以下 (4)に続く )
☆ ☆ ☆
( (2)より続く )
叔父(大夫介の弟)の家は、五町(500mほど)ばかり離れていたが、人に出会わないで、遥か四、五十町も連れ出して野原に入った。うまくいったと思いながら、道もない野原をさらに進むと、若君が「何か変だよ。いつもの道と違うよ。どこへ行くの」と尋ねたが、「これも同じ道でございますよ」と二、三十町ほど連れ込んで、「しばらく待っていてくださいな。ここに山芋があるのです。掘ってお見せしましょう」と答えた。
若君は何とはなく心細さを感じて、「どうして山芋なんかを掘るの。早く行こうよ」という顔が何とも美しく可愛いのを見るにつけ、さすがに男も、「さて、どうしたものか。いくら奥様が大事だといっても、この若君も無縁というわけではない。大夫介殿はどれほど嘆かれることだろう」と空恐ろしくなったが、その心を振り払って土を掘り進めると、若君は「懸命に山芋を掘っているのだ」と思い、「どこにあるの、山芋、山芋」とはしゃいでいるので、男は「自分がこの若君の味方であれば、哀しさに堪えられないだろう」と思って涙が出たが、「気の弱いことよ」と自らを励まし、目を閉じるようにして若君を馬から引き落とした。
若君が驚き、おびえて泣くのを、男は顔をそむけて着物を剥ぎ取り、穴に押し入れると、若君は「何をするのだ。私を殺そうとしていたのだな」と叫ぶのを、問答無用とばかりに土をどんどん投げ込み踏み固めたが、さすがに動転していて、よく踏み固めずにあわてて帰って行った。
これらの計画については何くわぬ顔をしていた継母だが、若君が継母の首にぶら下がって、「叔父上の家へ行くよ」と嬉しそうに言った顔が目に浮かび、「私は、何に狂ってこのような事を思いついたのだろう。あの子には実の母がいないから、私が可愛がってやれば孝行してくれたであろうに。私には娘のほかに男の子はいない。もしこのことが知れたなら、きっと私の将来も閉ざされ、この子のためにと思ってやった事だがかえって娘にとって困ったことになるのではないだろうか。考えてみれば、あの男もずいぶん幼稚に見えるではないか。少しでも手違いがあれば、あっさり白状してしまうかもしれない」と思うと、すぐに取り消してしまいたいと思ったが、すでに殺して帰ってきたので、今更どうすることも出来ず、ふさぎ込み、寝室に籠って泣いていた。
一方、その叔父は、急に甥に会いたくなった。従者どもが皆出払っていたが、それを呼びにやるのももどかしいほど早く会いたくなったので、ただ一人残っていた馬の口取り役の舎人男に、「馬に鞍を置け」と命じて、胡録(ヤナグイ)を背負うと馬に飛び乗って走り出していった。
ところが、その途中で、道端から兎が飛び出してきたのを見ると、あれほど急いで早く会いたいと思っていたことを忘れてしまって、矢をつがえて追いつめて射止めることにしか頭が働かず、野原の中に乗り入れた。
草深い中に入り込んだので、何度か矢を射たが、いつもは矢の名手と言われており、この程度の的を外すはずがないのに、とうとう兎を逃してしまった。
「珍しい失敗をしてしまった」と思い、せめて射損じた矢だけでも拾おうと思って、馬首を廻らし廻らし捜しているうちに、犬か何かがうめくような声が聞こえた。
「あの声は、どちらから聞こえているのだ。もしか病人でもいるのか」と思って、見回すがそれらしいものは見当たらない。怪しく思って耳を澄ますと、地上からではなく、物に籠ったような声で、土の底から聞こえてくるようであった。
そのうち、舎人男は射損じた矢をすべて見つけ出した。しかし、この声が何かを確かめようと思い、舎人男に、「あのうめいているのは何の声だ」と尋ねると、舎人男もひどく怪しがり、「何の声でしょうか。はて、何でしょうか」と言い、走り回って捜しているうちに、たった今土を埋めた穴らしい所を見つけた。
「ここに怪しい所があります。怪しい声は確かにここから聞こえてきます」と舎人男が言うので、主人(叔父)が近寄って聞くと、本当にそこから聞こえてくる。
「誰かが死人などを埋めたのが、生き返ってうめいているのだろう」と思い、「何はともあれ、人の声のようだ。さあ、此処を掘り出してみよう」と言うと、舎人男は「怖ろしいことを」と尻込みする。
主人は「そのようなことを言うな。もし人であれば、人の命を助けるのは大変な功徳なのだぞ」と言って、馬から下りて、自ら土を掻きはじめた。たった今、大慌てで埋めたばかりなので、とても柔らかく、主人は弓の本を持って掻き出すので、舎人男は手でもって土を掻き除けていったが、うめき声が次第に近くなってきた。
「やっぱりそうだ」と思い、さらに急いで掘っていくと、十分埋めていなかったから、穴の底には隙間があるらしく、声はその底からだと分かったので、さらに掘ると、大きな菜や草や枝で塞いであったので、それらを注意深く引き上げるにつれてうめき声は大きくなり、そこには、幼い子を裸に剥いて押し込んであったのである。
( 以下 (4)に続く )
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