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雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

生活の糧を授かった僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 34 )

2023-08-15 08:03:15 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 生活の糧を授かった僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 34 ) 』


今は昔、
天涯孤独の若い僧がいたが、いつも清水寺に参詣していた。
法華経を覚えていて誦経していたが、その声はたいそう貴いものであった。このように、常に清水寺に参っていたので、「私にも少しばかりの生活の糧をお与え下さい」と熱心にお願いしていた。

さて、いつものように、清水寺に参って、観音の御前に座って経を読んでいたが、たいへんきれいな女がそばに座っていた。然るべき人の娘などには見えないが、供の女童などを当然のように連れている。
この女が、僧に向かって言った。「こうして見ておりますと、常に参詣なさっていて貴いことだと思っておりましたが、どちらにお住まいでございますか」と。
僧は、「これといった住まいもなく、さまよい歩いている僧でございます」と答えた。
女は、「京にいらっしゃるのですか」と尋ねた。
僧は、「京には知っている人とておりません。この東の辺りにおります」と答えた。

女は、「もう、日も暮れましたので、今夜はお帰りにならないのでしょう。また、食事をする所もないようでしたら、今夜は我が家にいらっしゃいませんか。すぐ近くでございます」と言った。
僧は、「日が暮れましたが、どこといって行くべき宿もございません。大変ありがたいことです」と言って、女について行った。 
清水の下の方に、まことにこぎれいに造られた小さな家であった。中に入り客間と思われる所に座っていると、ほどなくして、食事をとても美しく調えて持ってきた。まことに奥ゆかしい限りである。
僧は、「このような知り合いの家が出来たとは、ありがたいことだ」と思って、その夜はそこに泊まり、経を読んでいた。

このようにして、度々訪ねていったが、この女を見ていても、夫がいるようには見えなかった。この僧は、未だに女に触れたこともない僧であったが、夜も泊まっている間に、これほど親切にもてなしてくれるので、「これは、観音様がお与え下さったのだ」と思って、「この女を妻にしよう」と心に決めて、夜ひそかに這い寄っていくと、女は「貴いお方だと思っておりましたのに、このようなことをなさるとは」などと言いながらも、拒むこともなかったので、遂に交わりを結んだのである。

その後、数日経ったある日のこと、見ると、立派な魚料理を調えて、外から持ってきた。
「これは又、どうしたのですか」と僧が尋ねると、「人が下さったものです」と女は答えた。
よくよく聞いてみると、何と、この家は乞食の頭目の娘の家だったのである。手下の乞食が、頭目の娘に饗応するために贈り物として持ってきたのであった。
婿となっていた僧も、世間の人が付き合いをするはずもないので、僧も乞食となって、何不自由の無い生活を送るようになった。

観音の霊験は不思議なものである、とは言いながら、どうしてこの僧を乞食にさせられたのであろう。
それも、熱心に「生活の糧をお与え下さい」とお願い申し上げたのを、これ以外に生活の糧をお与えになる方法がなかったのであろうか。あるいは、前世からの報いのなすところなのであろうか。この理由は誰にも分らなかった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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