小侍の仇討 (2) ・ 今昔物語 ( 25 - 4 )
( (1) より続く )
さて、維茂もこのことを聞いて、大変驚き騒ぎ、「これはわしの恥である。わしに遠慮がある者なら、太郎介を殺すようなことはするまい。露ほどもはばかる心がないから、このようなことが出来るのだ。特に、時期と場所が全く気に入らない。わしの領国で起きたのならまだしも、このように知らぬ国に来て、このような目に遭うとは何とも悔しい限りだ。そもそも、この太郎介は先年人を殺したことがある男だ。その殺された者の子が小侍としてここの殿に仕えているということだ。そのような者が殺したに違いあるまい」などと言って、屋敷に出かけて行った。
守(カミ・父の兼忠を指す)の前に行って、維茂が言った。「私の供として従っていた某を、昨夜誰かが殺しました。このような旅先においてこのような目に遭いましたのは、維茂の大変な恥辱でございます。これは余人のしわざではありますまい。先年、思いかけずも、馬のままで前を横切った者を咎めて射殺したましたが、その年少の男の子が父上のもとに仕えているはずです。きっと、その者のしわざでございましょう。『その者を呼んで問い質そう』と思うのです」と。
守はこれを聞いて、「おそらく、その男のしたことであろう。昨日そなたの供をしてあの男が庭におったが、その時、腰が痛くてその小侍に腰をたたかせていたので、『あの男を知っているか』と訊ねると、知らないと答えたので、『お前の父はあの男に殺されたのだ。そういう者の顔は見知っておくがよい。あの男はお前を何とも思っていまいが、親の仇の顔を知らないのも情けないことだ』と言ってやると、伏し目になり、そっと立って行ったがその後今だに顔を見せない。わしの側を離れず夜も昼も仕えている奴が昨日の夕暮れから姿が見えず、怪しいことだ。さらに疑わしいことは、昨夜、台所において刀を熱心に研いでおった。それも今朝下男どもが怪しんで話しているのを聞いたのだ。
そもそも、そなたが『呼んで問い質そう』と言うのは、本当にその小侍のしわざであれば、そいつを殺すつもりなのか。それを聞いたうえで、その者をお引渡しいたそう。この兼忠は卑しい者ではあるが、賢明であられるそなたの父である。
そこで、もしこの兼忠を殺した者を、そなたのご家来衆がこのように殺した場合、それをこのように咎める者があれば、それを良い事と思われますかな。親の敵を討つのは天道のお許しになることではないのかな。そなたが立派な武者なればこそ、この兼忠を殺した者は、『安穏ではいられない』と思っていたはずだ。それを、親の敵を討った者をこの兼忠に差し出せと申されるのは、わしが死んでも仇討はしてくださらないらしい」と、大声で言い放って座を立ったので、維茂は、「まずいことを言った」と思って、恐縮してそっと立ち去った。
そして、「仕方がないことだ」と思って、本国の陸奥国に帰って行った。あの太郎介の遺骸は、その郎等たちが始末した。
その後、あの太郎介を殺した小侍は、三日ばかり経ってから、黒い喪服を着て姿を現した。守の前に人目を忍んで恐る恐る出て来たので、その姿を見て、守を始め同僚たちは皆涙を流した。
それ以後、この小侍は、人に一目置かれ、しっかり者と思われるようになったが、程なく病にかかり死んでしまったので、守もたいそう不憫に思った。
されば、親の仇を討つことは、勇猛の武者といえども、成し遂げがたいことである。それを、この小侍は、こともあろうにたった一人で、あれほど多くの郎等が油断なく警護していた者を、望み通りに討つことが出来たのは、まことに天のお許しがあったからだろうと、人々は褒め称えた、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
( (1) より続く )
さて、維茂もこのことを聞いて、大変驚き騒ぎ、「これはわしの恥である。わしに遠慮がある者なら、太郎介を殺すようなことはするまい。露ほどもはばかる心がないから、このようなことが出来るのだ。特に、時期と場所が全く気に入らない。わしの領国で起きたのならまだしも、このように知らぬ国に来て、このような目に遭うとは何とも悔しい限りだ。そもそも、この太郎介は先年人を殺したことがある男だ。その殺された者の子が小侍としてここの殿に仕えているということだ。そのような者が殺したに違いあるまい」などと言って、屋敷に出かけて行った。
守(カミ・父の兼忠を指す)の前に行って、維茂が言った。「私の供として従っていた某を、昨夜誰かが殺しました。このような旅先においてこのような目に遭いましたのは、維茂の大変な恥辱でございます。これは余人のしわざではありますまい。先年、思いかけずも、馬のままで前を横切った者を咎めて射殺したましたが、その年少の男の子が父上のもとに仕えているはずです。きっと、その者のしわざでございましょう。『その者を呼んで問い質そう』と思うのです」と。
守はこれを聞いて、「おそらく、その男のしたことであろう。昨日そなたの供をしてあの男が庭におったが、その時、腰が痛くてその小侍に腰をたたかせていたので、『あの男を知っているか』と訊ねると、知らないと答えたので、『お前の父はあの男に殺されたのだ。そういう者の顔は見知っておくがよい。あの男はお前を何とも思っていまいが、親の仇の顔を知らないのも情けないことだ』と言ってやると、伏し目になり、そっと立って行ったがその後今だに顔を見せない。わしの側を離れず夜も昼も仕えている奴が昨日の夕暮れから姿が見えず、怪しいことだ。さらに疑わしいことは、昨夜、台所において刀を熱心に研いでおった。それも今朝下男どもが怪しんで話しているのを聞いたのだ。
そもそも、そなたが『呼んで問い質そう』と言うのは、本当にその小侍のしわざであれば、そいつを殺すつもりなのか。それを聞いたうえで、その者をお引渡しいたそう。この兼忠は卑しい者ではあるが、賢明であられるそなたの父である。
そこで、もしこの兼忠を殺した者を、そなたのご家来衆がこのように殺した場合、それをこのように咎める者があれば、それを良い事と思われますかな。親の敵を討つのは天道のお許しになることではないのかな。そなたが立派な武者なればこそ、この兼忠を殺した者は、『安穏ではいられない』と思っていたはずだ。それを、親の敵を討った者をこの兼忠に差し出せと申されるのは、わしが死んでも仇討はしてくださらないらしい」と、大声で言い放って座を立ったので、維茂は、「まずいことを言った」と思って、恐縮してそっと立ち去った。
そして、「仕方がないことだ」と思って、本国の陸奥国に帰って行った。あの太郎介の遺骸は、その郎等たちが始末した。
その後、あの太郎介を殺した小侍は、三日ばかり経ってから、黒い喪服を着て姿を現した。守の前に人目を忍んで恐る恐る出て来たので、その姿を見て、守を始め同僚たちは皆涙を流した。
それ以後、この小侍は、人に一目置かれ、しっかり者と思われるようになったが、程なく病にかかり死んでしまったので、守もたいそう不憫に思った。
されば、親の仇を討つことは、勇猛の武者といえども、成し遂げがたいことである。それを、この小侍は、こともあろうにたった一人で、あれほど多くの郎等が油断なく警護していた者を、望み通りに討つことが出来たのは、まことに天のお許しがあったからだろうと、人々は褒め称えた、
となむ語り伝へたるとや。
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