雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

愚かな学生 ・ 今昔物語 ( 28 - 41 )

2020-01-03 08:49:57 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          愚かな学生 ・ 今昔物語 ( 28 - 41 )


今は昔、
[ 欠字あり。天皇名が入るが意識的な欠字。]天皇の御代に、近衛の御門(陽明門の別称。大内裏外郭東面にある。)に人を倒す蝦蟇(ガマ・ひきがえる。)がいた。
どういうわけか、近衛の御門の内に大きな蝦蟇が一匹、夕暮れになりかけた頃になると現れて、それが平たい石のようにしているので、参内したり退出したりする上下の人がこれを踏みつけ、転倒しない者はいなかった。
人が倒れると、すぐに這って隠れて、姿を消してしまう。後々には、誰もがこの事を知っていたが、どういうわけだか、同じ人がこれを踏んで、何度となく転倒した。

そうした時、一人の大学寮の学生(ガクショゥ)がいた。世間で評判の愚か者で、何かにつけてふざけることが好きで、人の悪口を言ったりする者であった。
その者が、この蝦蟇が人を倒すという話を聞いて、「一度ぐらいは誤って倒れるだろうが、そうしたことを知ったからには、たとえ押し倒す人があっても倒れることなどあるまい」などと言って、暗くなりかけた頃に大学寮を出て、「宮中に仕えているなじみの女房を訪ねてみよう」と言って出かけると、近衛の御門の内にその蝦蟇が平たくなって居た。
これを見て学生は、「いざいざ、そのようにして人を騙そうとも、この俺は騙されないぞ」と言って、平らになっている蝦蟇を飛び越えたが、無造作に頭に押し込んだだけの冠だったので、そのはずみで冠が落ちたことに気付かず、その冠が沓に当たったのを、「こ奴め、人を倒そうとするのか、こ奴め、こ奴め」と言って、踏[ 欠字あり。「潰す」といった意味の文字か?]に、冠の巾子(コジ・冠の頂上後部に突き出ている部分。)が強くて簡単に潰れなかったので、「この蝦蟇野郎め、何と強い奴だ」と言って、ありったけの力を奮って、やたらと踏みつけていると、内裏の方から、松明(タイマツ)をともした先払いを立てて上達部(カンダチメ・上級の貴族)が出て来られたので、この学生は御門の階段のわきに平伏した。

先払いの者どもが松明を振りかざしてみると、[ 欠字あるも、文字不詳 ]に上着を着た男が髻(モトドリ)がほどけ、ざんばら髪になって平伏しているので、「こいつは、なんだ、なんだ」と言って騒ぐので、学生は大声で、「おのずから噂に聞いておられますでしょう。紀伝道(漢詩文を履修する。)の学生藤原の何某、かねては近衛の御門にて人を倒す蝦蟇の追捕使」と名乗ると、「いったい、何を言っているのだ」と笑い罵って、「こ奴を引き出せ。顔を見てやろう」と言って、雑色(ゾウシキ・雑役に従事した無位の使用人。)共が近寄ってむりやり引っ張っているうちに、上着も破れてしまったので、学生は困惑して、頭に手をやってみると冠もなくなっているので(冠をつけていないのは大変無作法とされていた。)、「この雑色共が取ったに違いない」と思って、「その冠をなぜ取ったのだ。返せ、返せ」と言って、走って追っかけて行くうちに、近衛大路でうつ伏せに倒れてしまった。その時に顔をぶつけて血が出てきた。

そこで、袖を顔に押し立てていくうちに道に迷い、どこを歩いているのか分からなくなったが、かろうじて行く手に灯が見えたのでその小さな人家に立ち寄って戸を叩いたが、この夜中に開けるはずもない。
夜更けの事であり、思いあぐねて、溝のわきにうつ伏せになって夜を明かした。
夜が明けた後、近くの家々の人が起き出して見てみると、ざんばら髪をして上着は着ているが顔から血を流している男が、大路の溝のわきに横たわっているので、「これはいったい何だ」と言って、騒ぎ出したので、その時になって学生は起き上がり、道を尋ねながら帰って行った。

昔は、このような馬鹿者がいたものである。そうとはいえ、学生であったのだから、大学寮で学んでいたのだ。しかしながら、かくも頼りないことでは、一人前に漢籍を読み習い得たかどうかは、とても怪しいことである。
されば、人というものは、技能の良し悪しによるものではなく、心の働きが大切なのである。
この話は、世間に知れるはずもないのだが、その当の学生が語ったのを聞き伝えて、
此く語り伝へたると也。

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