雅工房 作品集

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天狗の術を習おうとした男 ・ 今昔物語 ( 20 - 9 )

2024-09-08 13:08:34 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 天狗の術を習おうとした男 ・ 今昔物語 ( 20 - 9 ) 』


今は昔、
京に外術(ゲジュツ・外道の術といった意味で、幻術、奇術などを指す。)という事を好み、それを仕事
にしている下衆な法師がいた。
履いている足駄(アシダ・下駄のような履き物。)や尻切れ草履などを、さっと犬の子などに変えて這わせたり、懐から狐を出して鳴かせたり、立っている馬や牛の尻より入って口から出てくる、などのことをして見せた。

長年このようなことをしていたが、隣に住んでいた若い男が[ 欠字。「うらやましい」といった意味の文字か? ]ましく思って、この法師の家に行き、この事を習いたいと切々と頼んだが、法師は、「この術はそう簡単に人に教える事ではない」と言って、すぐには教えなかったが、男は熱心に「そこを何とか教えて下さい」と言うので、法師は、「お前が本当にこの術を習おうという志があるのなら、決して人に知られぬようにして、堅固に精進を七日行い、清く新しい桶を一つ用意して、まぜ飯を特に清浄に作ってその桶に入れて、それを自分で担って持つのだ。そして、尊い所に詣でて習うことだ。わしはとても教えることが出来ない。ただ、その場所に連れて行くだけだ」と言った。
男はそれを聞くと、法師の言うのに従って、決して誰にも知られないように、その日から堅固の精進を始め、注連縄(シメナワ)を引き渡して人にも会わず、七日の間家に籠もった。そして、極めて清浄にまぜ飯を作って清浄な桶に入れた。

すると、法師がやって来て、「お前が本当にこの術を習得しようと思う志があるのなら、決して腰に刀を差していてはならない」と真剣に戒めるので、男は、「刀を持たないことなど簡単なことです。もっと難しいことでも、この術を何としても習おうという志があるので、決して嫌とは申しません。いわんや、刀を差さないことなど、難しいことではありません」と答えたが、心の内では、「刀を差さないことは簡単なことだが、この法師が、これほど拘っているのは、何とも怪しい。もし刀を差さずにいて、怪しいことがあれば、困ったことになるぞ」と思ったので、密かに小さな刀を入念に研いでおいた。

精進の七日が明日で終るという日の夕方、法師がやって来て、「決して誰にも知らさないで、あのまぜ飯の桶をお前一人で持って、出立するのだ。くれぐれも刀を持っていてはならぬぞ」と念を押して帰っていった。
明け方になると、二人だけで出掛けた。男は、なお怪しく思っていたので、刀を懐に隠して差し、桶を肩に担ぎ、法師が先に立って歩いて行った。
何処ともしれぬ山の中を、遙々と行くうちに、いつしか巳の時(午前十時頃)になった。

「遙かにも[ 欠字があるようだが不詳。このままでも意味は通じる。]来たものだ」と思っていると、山の中にきれいに造られた僧房があった。
男を門前に残して、法師は中に入った。見ていると、法師は小柴垣(コシバガキ・低い柴垣)がある辺りでひざまづいて、咳払い(来訪を知らせる仕草)をすると、障子戸を引き開けて出てくる人がいた。
見ると、年老いた睫毛の長い、いかにも貴気な僧で、その人がこの法師に、「そなた、どうして長らく顔を見せなかったのか」と言うと、法師は、「暇がございませんでしたので、久しく参ることが出来ませんでした」などと言った後で、「ここに、宮仕えしたいという男が控えております」と言うと、僧は、「この法師は、いつものようにつまらぬ事を言ったのであろう」と言って、「どこにいるのか。ここへ呼べ」と言ったので、法師は、「出て参れ」と言うので、男は入って法師の後ろに立った。持っていた桶は、法師が受け取って縁の上に置いた。

男が柴垣の辺りに控えていると、僧房主の僧は、「この男はもしか刀を差しているのではないか」と言う。
男は、「決して差しておりません」と答えて、この僧をよく見ると、実に薄気味悪く怖ろしい。僧が人を呼ぶと、若い僧が出てきた。老僧は縁に立って、「その男の懐に刀を差していないか捜せ」と命じた。
すると、若い僧は男に近寄り、男の懐を探ろうとした。
男は、「自分の懐には刀がある。きっと捜し出されるだろう。そうなれば、自分に良いことなどあるまい。たちまち殺されてしまうに違いない。同じ死ぬのであれば、あの老僧に襲いかかって死んでやろう」と思って、若い僧がまさに目の前にやって来た時に、密かに懐の中の刀を抜いて持ち、縁に立っている老僧に飛びかかったが、そのとたんに、老僧は消えてしまった。

そして、見渡すと、僧房も消え失せている。不思議に思って辺りを見回すと、何処かは分からないが、大きなお堂の内であった。
その時、あの連れてきた法師が手を打って悔しがり、「お前は、このわしを駄目にしてしまったなあ」と言って、激しく泣き罵った。
男は、何とも弁解のしようもない。そして、さらに辺りを見回してみると、「遙かにやって来てた」と思っていたが、何と、一条西洞院にある大峰という寺(未詳)に来ていたのである。
男は、呆然自失の状態で家に帰った。
法師も泣きながら家に帰ったが、二、三日ばかり後に、突然死んでしまった。天狗を祭っていたのであろうか、詳しい理由は分からない。男の方は、別に死ぬようなことはなかった。
このような術を行う者は、極めて罪深いことをするようだ。

されば、いささかでも「三宝(ここでは「仏」といった意味)に帰依しよう」と思う者は、決して、ずっとこのような術を習おうと思ってはならない。このような術を行う者を天狗と名付けて、人間とは違う者なのだ、
と語り伝へたるとや。

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