競馬の名手 ・ 今昔物語 ( 巻23-26 )

　　　　　　　　　　競馬の名手　・　今昔物語 ( 巻23-26 )

今は昔、
右近の馬場（ウマバ）において競馬（クラベウマ・宮中の年中行事の一つ）が行われた時、第一番の組に尾張の兼時と下野の敦行とが乗った。
兼時は競馬の騎手としてとても優れた名手であった。昔の名手に全く恥じることのない、すばらしい騎手である。但し、荒馬に乗ることに関しては、少しばかり頼りなかった。
敦行は荒馬であっても少しも苦にせず、中でも鞭競馬（ムチクラベウマ・競技の一つ）ではとても優れた名手である。

その日の競馬では、敦行は手綱さばきに優れた馬に乗っていた。兼時は、宮城という有名な暴れ馬に乗っていた。
この宮城という馬は、大変走るのは速いがひどく暴れるので、兼時の乗る馬としては全く不適であったが、何か思うところがあってか、その日の左方の第一番としてこの宮城を選んで乗ったのである。

さて、すでに三度の足慣らしが終わり、互いに触れ合うように乗り、走らせた。この宮城は、いつものように、まるで手玉を取るように跳ね上がるので、兼時はふだんの素晴らしい競馬の技を発揮することが出来ず、ひたすら落馬しないようにするばかりで、どうすることも出来ずに負けてしまった。
競馬には、二人一組で乗る時から、勝ったあとの乗り方まで多くの作法がある。しかし、負けた馬の退場方法には、これといった先例はなく、作法を少しでも知っている人はいなかったが、その日兼時が負けたあとの乗り方を見て、すべての人は、「たとえ完敗しても、そのあとはこのように乗るべきだ」と感心した。

どのような作法だったのだろうか。
すべての人に、「まことに気の毒だ」と思わせるような姿をして乗って行ったのである。ということは、「兼時は、『負け馬に乗る作法をすべての人に見せてやろう』と思い、わざと宮城に乗り、このように負けたのではないだろうか」と人々は疑った。
これから後は、身分ある者も近衛舎人も、負け馬に乗る作法はこうするものだと知ったのである。

実際のところ、このように疑われたのは当然である。兼時は、暴れ馬で跳ね回る馬に乗ることは苦手なのに、わざわざ宮城を選んで乗ったというのが不審である。
従って、その日兼時は自ら進んで負けたのだと言って世間の人は皆褒めたたえた、
となむ語り伝へたるとや。

　　　　　☆　　　☆　　　☆