この道の果てまで・・・

ただ純粋に ただ一途に歩む時
突如として それまでとは まったく違う
次元の異なる大地が あなたの目の前に姿を現す。

本物の自分との向き合い方 その2

2006-05-11 22:21:28 | Weblog

自分に正直になって
背伸びをし続けている 自分自身ではなく
出来損ないの駄目な自分を愛して
その自分と生きてみる・・・・と言ったけれど 
それでは本当の所 まだ半分なんです。

本当に
私が伝えたい所は 
そんなところではありません。

そのままでは
本当の あなたは 駄目な方の
自分だよと言っているみたいでしょう?。

確かに
そう言っていますけれど

それは
背伸びをし 
自分に知らず知らずの内に
無理強いを強いてしまっている自分よりは 
駄目な自分の方が 本物だよと言っているんです。

あなたが
正直になって 自分の中(内面)の
駄目な自分に対して 心を開くと・・・・。

心を開くと言うのは
駄目な自分に対して 抵抗をしない
あるいは嫌がったりしないで 向き合うと言う事

そして
「 あ~本当に俺って、あたしって こんなちっぽけな自分でしか
無かったな~ これ以外の俺なんて、あたしなんて
全部嘘っぱちで 無理して作り上げていただけな
んだな~ 」な~んて事に気が付いてくると
全身の力が抜けて とても楽な気持ちに成れるんです。

そして
ここからが 
とても大事な事なのですが

そうして
駄目な自分を 
頭の先っぽでは無く
心を開いて 受け入れると 

とても
楽な気持ちに
成れるばかりでなく

そこには
もっと 深くて重要な
事実が隠されているのです・・・・・・・・。

それは
あなたが 今の今見つめてる
あるいは 向き合っている 受け入れている

“ 駄目な自分自身とは
 一体 何時の物なのか? ”と言う
質問をしてみたいのです・・・。

私達が
生きているこの世の中は
常に時間が流れています。

今迄に
起きた全ての事は
過去と言う時間の中に
飲み込まれてしまっていて 
二度と帰ってくる事は有りません。

そして
私達の考える未来と言う時間は
私達の考えや想像の中に有るものであって

まだ 
現実の時間として
過ごす事など出来得ない
まだ 来ていない時間です。

実際に
私達に味わい
感じられる時間は 
今現在と言う時間だけなのです。

そして
大事な事は 
どんなに嬉しいことであれ
或いは どんなに悲しいことであれ

私達に
現実として感じられるのは
たったの一度きりだと言う事実です。


何であれ 
どんなことであれ 
たったの一瞬だと言う事実です。

なのに
私達の中では 
そういう具合には成っていません。

事実として
感じられるのは
誰であれ たったの一瞬なのにも拘わらず

その後で
私達は 私達の中で 
まるで ビデオで録画したものを
私たち自身に見せ続ける様な事をしていて 

あたかも
その事実が
ず~っと続いていて 

自分自身の中に
今も その事実が有るかの様に
思い込ませています・・・変でしょうこれって?


小さい頃に
何かを失敗してしまって
叱られたり 或いは 皆の前で恥ずかしい
思いをしてしまったりと

そんな中で
傷付いてしまった
あなたの心さえも ひっくるめて

それらの
事実は ぜ~えんぶ
終わってしまって 今は無いのに
有るように感じられていたら・・・・

それは 
あなたが あなたに見せ続けている
ビデオで 有って事実じゃあないよ。

それは
あなたを 背伸びした あなたで
走らせ続ける為の仕掛けの様な物なのです。

あなたを
走らせ 
息切れさせて 

あなたの
人生において 
あなたの 手によって 
あなた自身を 失望させる為の仕掛けです。

一時的には
良い時も
有るかも知れないけれど

最終的には 
何ひとつ手にする事も出来ずに
あなたは 深い孤独の中で身動き一つ取れなく
なってしまうかもしれません。

駄目な
自分が自分の
内面に有るように感じられる時

そこから 
逃げ出し 背伸びをする
自分で生きるのではなく 
その当の駄目な自分が 一体 何時の物なのかに気づけると

それは つい今しがたの物であって
今は既に無くなってしまっているという事実に気づけ
逃げ出す必要など無いどころか
そこには
何一つない 
自分と呼べる物さえ 無くなってしまっている
なぁ~んにもない
「無さ」が広がっています。
この空間こそが、その無さ自体が
本物のあなたです。 

その空間は
身体を隔てた 
身体の外側の巨大な空間とひとつに繋がっています。
溶け合っています。

そして 
その時あなたは宇宙です・・・。







でも
それは 自分の心の中に
浮かんでいる物自体が 「自分」となって仕舞うと云った

心の特異性と仕掛けがあるので
一度 解った気になっても その解った事が
何時の物かを 
見破ると言った事を
していかなければ成りません。

常に見破り続けることに
よって常に新しい新鮮な鮮度をもった
より深まった空間を感じ続けられる事が出来ます。






★明日へ続きますので ぜひ明日も来て下さい★







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