浄心庵・長尾弘先生「明来闇去」

 ~ 誰れもが幸せになれる御教え ~

明来闇去

2021-06-16 00:47:47 | 明来闇去

 恩師のご著書「思いの中に生きる」より


     長尾弘(ながお・ひろむ)

1931年、大阪府生まれ。
1974年、高橋信次先生とのご縁により正法に目覚める。
織物業を営む毎日の生活の中で、正法の実践を通し、人間の幸・不幸は、
全て自分の心の作用の現れであることを悟る。
その頃から癒しの力も強まり、整体治療の各種資格を取得後「浄心庵」を
開院、癒しの力により多くの難病奇病の人々を救い、釈迦、イエスの慈悲と
愛を実践し、数々の奇跡を見せている。
開院以来、土、日曜日には無償で講話と癒しを続けているが、
氏を慕う人々には、組織化された宗教団体とは趣を異にした慈悲と愛の集いを
見ることができる。

多くの体験を通して語られる神理の言霊―――それは、
師にすがることによって得られるものではなく、
神理を学ぶ私たちが実践を通して初めて体得されるものである。
1987年の東京講演をきっかけに日本全国から講演を依頼され、
1989年にはドイツでの講演を、又その後、諸外国での講演も数多く続けている。
そして今日、氏の願いである「地球全体に法の灯を」の輪が確実に広がっている。
1999年、ブラジル・サンパウロ市より「最高文化功労十字賞」を受賞。
著書に、講演集『愚か者の独り言』Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、『心行の解説』上、下、
『真理を求める愚か者の独り言』(たま出版)がある。


恩師の「思いの中に生きる」は本日のこの投稿で完了です。
長期に渡りご愛読ありがとうございました。
末筆乍ら皆様のご健康とご多幸をお祈りさせて頂いております。

明来闇去

2021-06-15 00:30:44 | 明来闇去

     恩師のご著書「思いの中に生きる」より


        編者あとがき

先の続き・・・

「長尾先生の講話から」の章は、
先生が講演会で話された内容を録音テープから再生したものです。
先生が私たちに何よりも伝えようとされているのは、
真理から導き出された「正しい生き方」であることを、
よく理解することができます。

「現象―――霊との対話」の章は、
その講演会場の聴衆の一人にとつぜん
憑依現象が起こったとき、
長尾先生がいったん講演を中断して、取りついた
霊を鎮められたときの「対話」を収録したものです。

先生の説かれる真理が、
顕幽の境を越えた救済力をもっていることを
わからせていただけます。
「喜びの体験記」の章では、先生の説かれる
「正しい生き方」が、
日々の生活に何ものにも代えがたい最高の喜び、
最高の幸福をもたらすことを、
体験した人自身が綴っています。

「情報欄より」の章は、『道』の編集担当者による
「後記」を中心としたもので、
長尾先生にまつわるエピソードのほか、
先生が当時から治療の合間に休むひまもなく
講演活動で東奔西走されていた
御日程表も収録されています。

なお、
各章のトビラ裏に掲載した詩は、
学びの友の一人である嬰さん(ペンネーム)が
思い浮かぶままに書きためた詩集の中から、
抜粋させていただいたものです。

人の弱みにつけ込んで私利私欲をはかる、
ニセ宗教家やニセ治療家があとを
絶たない昨今にあって、我が身をかえりみず
人々の癒しと救いに全身全霊を
捧げられる長尾弘先生。

このような方とご縁をいただけたのは、
奇跡的な幸運としか言いようがありません。
この幸運を一人でも多くの方と分かち合う上で、
本書が一助となるよう願っております。
                   合掌



明来闇去

2021-06-14 01:14:45 | 明来闇去

    恩師のご著書「思いの中に生きる」より


編者あとがき

長尾弘先生の治療を受けた人たちは、
身体の病や傷を癒されるだけではなく、
本当の生き方を教わることによって、
心の病や傷まで癒されてしまいます。
そういう人たちの数は、
増加の一途をたどっていますが、先生は決して
御自身を中心とした組織をつくろうとはなさいません。

それどころか、おん自らを「愚か者」と称して、
真理に帰依する一求道者と
しての生き方を、身をもってお示し下さるのです。
その純粋さ、その謙虚さゆえに、先生の行かれるところ、
キリストの再臨を思わせるような奇跡が続出し、
先生を敬慕する人たちが日本全国だけでなく、
世界各国にまで広がっているのでしょう。

長尾先生は、昭和五十五年、四十九歳のときに
整体治療の各種資格を取得して
「浄心庵」を開設され、
難病患者の救済を本格的に始められました。
その後、昭和六十三年のはじめに、「浄心庵」に
集う人たちの自発的な発案と作業によって、
『道』と題する月刊の同人誌が発行されるようになりました。
B5判・八ページの手軽なものですが、
「より深く真理を学び、より多くの
人に喜びを伝えよう」との思いが毎号に厚くこめられて、
発行は現在も続けられています。

最近、「浄心庵」に集う同心の人たちの中から、
『道』のバックナンバーを
通して読みたいという声が、
日増しに多く聞かれるようになりました。
それがきっかけとなって編集されたのが本書です。
この巻では、創刊号(昭和63年2月号)から
平成元年2月号までの十三号分に掲載された
すべての記事を、
内容別に四章構成として収録しました。
掲載にあたりましては、すべての記事に、
長尾先生の御校閲をいただいております。



明来闇去

2021-06-13 00:26:55 | 明来闇去

      恩師のご著書「思いの中に生きる」より

           情報欄より

            〔雑記〕


〈一人一人が仏国土・ユートピア建設の努力を〉

平成元年。今年は大きな節目になる年となりました。
平和を願っての「平成」。
世紀末を飾り、二十一世紀を迎えるにふさわしい元号だと思います。
名実共に「平成」の時代にしたいものでございます。
長尾先生から正法を学ばせていただいております私たちとしましては、
仏国土・ユートピアを建設する努力をしなけばなりません。

いくら素晴らしい法のお話を聞かせていただき、
数々の奇跡を見せていただいても、
私たち一人一人が実践する努力なくして仏国土・ユートピアを建設する
ことはできませんから、どんな小さいことでもいい、無理なくできることから、
今までに増して実践させていただくよう心掛けましょう。
長尾先生、
今年もどうぞよろしくご指導いただけますようお願い申し上げます。


明来闇去

2021-06-12 00:12:19 | 明来闇去

         恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

              〔雑記〕


〈国の内外に正法を伝えられる長尾先生〉

長尾先生が正法を伝えられる地域は、
北は東北地方から南は沖縄まで、
今年は一層の広がりを見せました。
先生は一年中、土日曜日には全国をかけめぐられ、
癒され、奇跡を見せられ、

正法を説かれ、多くの苦しむ人々を救われました。
それに伴って、岸和田の「浄心庵」を訪れる方も日増しに増え、
遠方から泊りがけで来られる方が多くなりました。

先生はお一人お一人を大切に迎えられますので、
益々御多忙になられました。
来年はいよいよ海外にも行かれ、
更にお忙しい身になられることが予想されます。
くれぐれも有限のお身体を大切にされて、

一人でも多くの方をお救い下さるように
お願い致したいと存じます。
長尾先生、本当にこの一年間ありがとうございました。
今年二月から「道」を編集させていただき
早くも十一号となりました。

何とか続けさせていただけますのも、
皆様のあたたかいご声援の賜物でございます。
心から感謝申し上げます。
今後共、工夫を重ねながら続けたいと存じますので、
ご協力よろしくお願い申し上げます。



明来闇去

2021-06-11 00:38:10 | 明来闇去

      恩師のご著書「思いの中に生きる」より

            情報欄より

             奇跡


〈長尾先生がお墓や仏壇にお参りされると・・・〉

今月は二十日から二十六日まで「お彼岸」です。
この間、肉体先祖のお墓参りをさせていただく方も多いことと存じます。
お墓参りさえさせていただけばご先祖様が救われますなら
幸いでございますが、なかなかそうはいきません。
しかし、
長尾先生にお墓参りをしていただきますと
確実に救われていただけます。
その証しとして、古いお墓がまるで新しい
お墓のようにきれいになったり、
お墓に金が出てキラキラ光ったりする
現象を見せていただけます。

もちろんお彼岸の時に限りません。
また、長尾先生がお仏壇にお参りされますと、
陰気で黒ずんだ仏壇が明るくなり光輝いてきます。
仏壇に意識をとどめておられたご先祖様が救われた証しです。

このように、
先生にはお墓やお仏壇にまつわる数々の
不思議な現象をみせていただいています。
先生とご縁をいただければ即救われます。
ご縁をいただけた私たちだけでなく、
私たちのご先祖様にとっても何と有難いことでしょう。


明来闇去

2021-06-10 01:08:12 | 明来闇去

   恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

               奇跡


〈高橋信次先生の御母堂様をお見舞いになられた長尾先生〉

長尾先生は、五月二十八日(土)、
長野県佐久市にいらっしゃる高橋信次先生の
御母堂様を見舞われました。
九十歳というご高齢の御母堂様は、
足が悪く寝たっきりの状態になられておられ、
「せめて、トイレに行ければ楽なのに」と
思っておられたそうですが、
治療されるとすぐその場で歩けるように
なっていただいたそうです。

長尾先生の愛の治療によって、
今ではご自分で台所に出て来られほどまでに
回復されたそうです。
信次先生のお姉様であられる梅沢はま子様から
心からのお喜びのお手紙を
いただいておられます。

高橋信次先生という偉大な方を産み育てられた御母堂様には、
早く亡くなられた先生の分まで末永く
お元気でお過ごしいただきたいと存じます。
御母堂様のご健勝を心からお祈り申し上げます。
そして、長尾先生の素晴らしい愛の実践に心から
感謝させていただきます。
ありがとうございます。




明来闇去

2021-06-09 00:26:54 | 明来闇去

     恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              情報欄より

               奇跡


〈病院に身放された症状が三分間で治った!〉

去年、中学三年の女子が、体育祭の練習中、
運動場で突然過呼吸になった。
その後遺症として手に激しい痙攣が残った。
寝ている時は止まっているのに、
起きると左手の肘から先が左右に大きく
振幅運動をした。

二週間程して、口もきけなくなった。
高校受験の年で、本人もご家族もどれほど辛い思いを
されたことでしょう。
病院をいくつも廻っても直らず、
一か月程して藁をもつかむ思いで長尾先生を
訪ねた。

長尾先生が両肩に手を置いて祈られ、
次いで身体を横にさせて心を落ち着かせますと、
話せるようになり手の振幅運動も止まりました。
その間三分ほどのことでした。

母子共に喜びのあまり泣き伏していました。
どこの病院でも直らなかったものが、
たった三分程で治ってしまいました。
長尾先生にご縁をいただき、
数々の奇跡を目の当たりに見せていただける
私たちは何と幸せなことでしょう。


明来闇去

2021-06-08 01:59:36 | 明来闇去

 恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             情報欄より

               奇跡


〈神様の御業を見せさせていただける有難さ〉

長尾先生から、治療についての最終的な目標は
「身体に触れずに直すこと」
と以前からお聞きしておりましたが、
先生の最近の治療を拝見しておりますと、
目標をほぼ達成されたようです。

皆様も既にご存じの通り、
胃下垂などは瞬時に直してしまわれますし、
また股関節も「正しい位置に帰りなさい」とか、
「足はピタッと倒れなさい」
と言われるだけで直ってしまいます。

見ていますと面白いほど簡単で、
それだけに余計不思議な思いがしますが、
現実です。
先生を通して神様の御業を見せていただける有難さ。
その神様の大いなる慈愛の中に生かしていただいているのですから、
これほど幸せなことはございません。



明来闇去

2021-06-07 00:03:41 | 明来闇去

        恩師のご著書「思いの中に生きる」より

               情報欄より

                奇跡


〈御講演テープの不思議〉

最近各地で科学では解明できない現象が起こっています。
長尾先生のご講演のテープを何回も聞いているうちに、そのテープの言葉が
突然外国の言葉に変わったり、音楽の部分が別のきれいな音楽に変わったり、
不思議なことが次々に起きています。

全く神の御業としか言いようのない現象です。
神の存在を証明して下さると同時に「正法を拠りどころとして生きなさい」
「己の心に目覚めなさい」そして「幸せになりなさい」とお諭し下さって
いるように思います。


明来闇去

2021-06-06 00:17:56 | 明来闇去
 
  恩師のご著書「思いの中に生きる」より

            情報欄より

             神意


       あの光の方は神意を頂かれ
       神の意識を具現されし方
       全ての幸せを願われる愛の力
       お会いするだけで魂が歓喜する

       イエスは言われた
       「私を見た者は父なる神を見た者である」と
       光の方の行いは神の意を現わせし姿
       この地上で二人とお目にかかれはしない
       今生生きられしその姿を
       大切に見せて頂かねば

       今 光のうねりは輝きを増す
       光の方の姿を通して
       地上のあやまちに気付き
       神のご意志を心に受け止めなければ

       この世の大自然も
       神のご意志の現れた姿
       人も皆自然に生かされる神の子
       あの光の方は
       人として神を具現された方
       人として神の願われし姿
       “光の方を見た者は父なる神を見るであろう”

                  1995・2・18 嬰


明来闇去

2021-06-05 01:02:06 | 明来闇去

  恩師のご著書「思いの中に生きる」より

              喜びの体験記

        次々と寄せられる喜びの体験談  T.N.



合掌 ご慈愛に感謝致します。
先便で歌集をお送り致しましたが、
その後で文字サイズを大きくしましたところ、
この方がきれいで読み易いようですから、いずれ印刷される先生にとって
役に立つかどうか判りません、一応お送り致します。

Y氏からは何度も電話がありまして、とても喜んでおりました。
二月に浄心庵へ行くことを楽しみにしているようです。
帰ってから種々のことがあったようです。
I氏は何度も泣いておりました。
電話でも泣いておりました。
人がいなかったら、大声で泣いたと思います。

その時までの彼は地獄の苦しみであったようですから、
喜びも大きかったことと思われます。
高知から行った者も電話で話し合っておりますが、
この感激がさめないうちに
もう一度ということで、明日三十一日に食事をしながら、
この間の浄心庵でのことをおさらいすることにしております。
私たちの喜びは到底、言葉で表すことは出来ません。

ただこれからは先生のお教えを日々の生活の中でどう生かして行くか、
ご慈愛に応えることの出来る自分作りあるのみと存じております。
一層のお導きをお願い致します。
ありがとうございました。
一層のご自愛をお祈り致します。
                合掌

(追記)
これは蛇足でありますが、この間の夕方、
私はワープロを一生懸命にやっておりましたところ、
家内がご飯が出来たよと言いました。
月に一回ぐらいのビフテキが焼けたところでありました。
「腹へった―」と言って食卓につきました。
ところがその時、電話のベルが鳴りました。
待っていたY氏からの電話です。
彼の喜びが伝わります。
私も喜ぶ、十分、二十分、彼は夢中です。
私も夢中でした。
そして電話が終わった時、ビフテキは冷えてしまっておりました。
家内はまた温めてくれました。
この頃は少し嬉しいことも起こり出したという、
満足感にひたりながら再び
食卓につきました。
そしてナイフとフォークを持ちました。
その時二度目のベルが鳴りました。
今度は、I氏です。
彼は泣かんばかりの声でありました。
とても興奮しております。

長い間、夜寝るのが怖かったほどに、彼の苦しみは大きかったと思います。
それだけに嬉しさを堪えていることが苦しい位に
喜んでいることがよく判ります。
彼は嬉しい、そして私も嬉しい。
こちらも泣きたいほどに嬉しい。
感激の極まりのように思いました。
よかったー、よかったーと心の中で繰り返しました。
彼の話はそれだけに時間がかかりました。
嬉しさと興奮いっぱいで、電話は終わりました。
さてそれからもう一度食卓につきました。

もう嬉しさいっぱいでビフテキなんかどうでもよい気分でありました。
もう一度温めようかと家内が言いましたが、もうそんなことはどうでもよい、
とにかく嬉しい、嬉しさでいっぱい。

それにこの小さいビフテキをいもう一度温めると、一体どうなるか、
小さいビフテキがまた小さくなる。
そのうえ硬くなることは火を見るよりも明らかである。
そんなことは小さいこと、小さいこと。
その晩の夕食のおいしかったこと。

これはちょっぴり先生に似てきたかなとご機嫌でありました。
つまらないことを申し上げましたが、これがこの頃のある日の出来事であります。
幸せなある日の出来事を、ついでに申し上げたくなりまして失礼いたしました。
何卒お許し下さいませ。
何でも申し上げたくなる、また言ってもよいように親しく感じられる先生だと
思っているからでございます。
お許し下さいませ。



明来闇去

2021-06-04 01:01:35 | 明来闇去

       恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊


先の続き・・・

母も先生に御縁をいただき、二回位お会い致しておりますが、
その母が今年四月八日に突然亡くなりました。
「親孝行したい時には親はなし」とよく言われますが、
全くその通りでございます。
恥ずかしい話しですが、何一つ私は親孝行をした
覚えがございませんので、

亡くなったと連絡があった時は「しまった」と思いましたが、
もう遅かったのです。
里へ帰った時はすでに母親は硬直しておりました。
手足はもちろんですが、顔の色も冴えません。
私はおろおろするばかりでした。

家の中では、遺体の前後左右、親戚縁者が右往左往するのみで、
私はなかなか落ち着くことができませんでしたが、
母親の耳もとへ救霊のテープを聞かせてあげましたろころ、
生き返ったように顔色が良くなってまいりますし、
手に数珠が掛けられないほど硬直していたのに、
不思議に手が柔らかくなり、

数珠が掛けられるようになりましたし、
足の方も動くように思いました。
先生の魔法の名刺で母親の体全体を撫でてあげたのですが、
体が暖かくなったようにも感じましたし、
顔もやさしくほほえんで喜んでいるようにも思いました。
その後、法事で帰るたびに仏壇が光輝いて明るく感じるのです。

母親が亡くなって八カ月後、
父親が十一月五日に後を追うように亡くなりました。
年齢もいっておりましたので、以前から余り体の方は良くなく、
二か月ほどの入院生活だったのですが、
私が看病に行くと嬉しそうに懐かしがっておりました。
必ずと言ってよいほどテープを持参致しまして父親に聞いてもらいました。
魔法の名刺も先生に頂戴致しまして枕の下に敷き、
父親は先生の「救霊」のテープを目を細めてよく聞いてくれました。

亡くなるほんの少し前、余りにも苦しそうでございましたので、
先生の魔法の名刺を胸に置いて
「先生、早く楽にして下さい、してやって下さい」と、
先生にお願い致しましたところ、
五分もたたない間に容体が変わりまして、
二十分位で息をひきとったのでございます。
院長先生も看護婦さんもびっくりするぐらい安らかに
早く楽に亡くなったのです。
先生ありがとう。

母親のような硬直もあまりなく、顔色もよく、
良い死に顔でございました。
「救霊」テープを納棺の時まで父親に聞かせておいたのです。
湯かんをしていただいた方々から、骨も折らないで済んだし、
楽に納棺できたことを喜んでもらえましたが、
私が親にしてやれた最後の親孝行ではなかったかと思います。
お葬式ですが、村のシキタリ通り、
先頭は先火と称して後を振り向いては
いけないのです。

先火を先頭に白着物に袴、腰紐がわりに荒縄で腰を縛り、
足は素足でワラジ、
というこの姿で墓地まで行列を組んで行くのです。
帰りはワラジを墓地に捨てて帰ってくるのです。
それで葬式は終わるのですが、
母親が埋められている横に父親が埋められたというのは
偶然かも知れませんが、
「こんなことは初めてや」と村の人々は
みんなびっくりしておりました。

私も両親の二回にわたる体験を目の前に見て、
今更感動している次第です。
本当に貴重な体験でございました。
ご先祖様、父母もあの世で喜んでいると思います。
御礼申し上げます。
手を合わせて合掌するのみでございます。
先生ありがとうございました。
御礼が一年越しになり申し訳ございませんでした。
               合掌

明来闇去

2021-06-03 00:49:14 | 明来闇去
 
    恩師のご著書「思いの中に生きる」より

             喜びの体験記

        土葬の苦しみから解放された霊


昨年の十一月一日には、お忙しいところをお願い致しまして、
先生に私の生まれ故郷の村へ来ていただきました。
まずはじめに、先生に仏壇にお参りをしていただきましたところ、
陰気で黒ずんだ仏壇が明るく見えてまいりました。

しばらく雑談の後、村の墓地を見に行ってもらうことになりました。
村では、田舎の名ごりと申しましょうか、未だに土葬で、
お墓全体が共同墓地でございます。

ですから、先祖代々、村のシキタリによって順次埋葬されるのです。
かれこれ二百年の歴史があるそうですが、恥ずかしい限りです。
当然ながら霊気がすごく、
何かしら不気味で、余り特別なことがない限り行きません。

もちろん土葬でありますから、柩は座棺ということになる訳で、
亡くなりますと大変でございます。
遺体は硬直致しますので、お棺に収めるのが大変なことで、
親戚縁者がお通夜の読経の中で別室に於いて、
その間に納棺するのでございます。

棺桶の蓋をする時は、釘を打つちつけるのですが、
石ころで金槌の替わりをするのです。
そうして荒縄で縛るのです。
これらが村のシキタリなのです。

遺体は硬直致しておりますので、
なかなか棺の中へ収めるのが難しゅうございます。
骨をポキンポキンと折って収めるのですが、可哀そうでなりません。
墓地で先生にお参りいただきましたところ、
膝を抱えて窮屈そうな人の霊がいっぱい出てきたそうです。

二百年の歴史ある墓地でありますから、
霊の頭を踏みつけているわけですもの、当然だろうと思います。
その時にお墓でお参りいただいたテープが「救霊」のテープなのです。
確実に救われていただけたのは、一重に先生のお陰で、
少なくとも村が明るい良い村になって栄えますように。



明来闇去

2021-06-02 08:24:50 | 明来闇去
 
    恩師のご著書「思いの中に生きる」より

               喜びの体験記

          まだ見ぬ先生が夢にあらわれた  N.K.


長尾先生お元気ですか。
過日は大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
早速ですが、今日はうれしいことがあったので、
又つたないペンを取りました。
と申しますのは、娘のことなのですが、
先生がお見えになった時、
自分も先生の御縁に触れお話が聞きたいと申していたのですが、
お産のため日があかず、
お話も聞けずに稼ぎ先に帰って行ったのです。

それから、しばらくして電話がかかり、
腰の痛みがひどくて夜寝るのも苦痛を感じ困っていると
の話しだったので、
長尾先生のテープをかけてしっかり聞きなさいと
言っておいたのです。

そしたら、二、三日して又電話がかかり、
「お母さん、夕べ長尾先生とお食事していた夢を見たの。
そして先生がお帰りになるのでお見送りさせて頂こうと思って立ったら、
黄金の光につつまれて長尾先生がしっかりと私を抱いて
下さっているところで夢がさめたの・・・

そして、朝食の仕度をしようと思って起きてみると、
楽に起きれるし、今までの腰の痛みがないの、
不思議ね・・・まだ長尾先生にお逢いしたことこともなく、
ただお写真を見ただけなのに・・・こんなことってあるの・・・」
不思議、不思議の連発なのです。

そこで、私もまだ出来てないのですけど、
「そんなことってあるのよ。神様が見せて光の中につつみ、
長尾先生はすばらしい光の天使であることをあなたに
お教え下さったのだから、
先生のテープをしっかり聞いて、先生の御教えを守り、
行うことに精進して、
親子共に幸せにやすらいだ心で日々が送れるようがんばろうね」と
話したのです。

そしたら又、この間、「お母さん、
先生にお会いしたいから毎日少しずつ
貯金をはじめたの。いつか連れて行ってね。腰が痛くないのよ、
有難いね」
と申しますものですから、私も自分のことのようにうれしくて・・・。

「お友達の中に日々悩んでおられる方があるから
テープを聞かせてあげたい」と言っていました。
かすかなれども、こうして心に法灯が灯ったことが
うれしゅうございます。

長尾先生のお陰と心より感謝いたします。
次の御講演会には又行かせて下さい。
今から楽しみにしています。
乱文乱筆で申し訳ありません。
お許しの程をお願いします。
      合掌

(追伸)
姉も先生に治療していただいてとても元気になり、
腰の痛みもすっかりとれて、
今では何をするにも苦痛を感じることなく
仕事が出来てうれしいと申しております。

毎日先生のテープを聞いて、やすらいだ日々を
過ごさせていただいております。
こうしてみんなが少しずつではありますが、
法にめざめて来たことがうれしくてなりません。
ありがとうございます。