りなりあ

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指先の記憶 第三章-11-

2010-05-16 23:12:29 | 指先の記憶 第三章

“調べる”ということは、とても大変な作業。
安易に頼んで安易に中止をお願いするのは、間違っている。
一度目は許してくれても、二度も許してもらえるはずがない。
そして、夏休み前と今では、私の気持ち自体が違っている。
でも、事実を知るのは怖い。
知らないまま今の生活を続ける方が幸せな気がする。
『“おじいちゃん”の事は分かるの。小さい時から遊びに行っていたし、一緒に住んでいると食事も一緒に食べるでしょ?でも、“おじい様”の事は分からないわ。』
和菓子を選んで欲しいと言った時の杏依ちゃんの不安そうな顔を思い出す。
結婚前は“父方の祖父”の家に住んでいたから、杏依ちゃんが分からないという“おじい様”は母方の祖父である“桐島太一郎”だ。
賢一君と明良君の“おじい様”。
そして、哲也さんが“頑固爺さん”と表現した人。
「和穂。」
左手首を右手で覆う。
カレンさんがプレゼントしてくれた腕時計。
『康太が自分の意思で自分の為に決めるのなら、私は何も言わない。好美ちゃんに康太の傍にいて欲しいの。正しい道を選べるように。』
私の指の震えが止まる。
「前回はごめんね。勝手な事を言って。今度は途中で投げ出したりしないから。あ!早く行かなきゃ。弘先輩にお弁当、全部食べられちゃう。」
和穂に笑顔を向けることが出来た自分を不思議に思いながら、私は口の中に小さな欠片で残っていたミントの飴を、のどの奥に飲み込んだ。

◇◇◇

「眠るな。」
哲也さんの声を聞いて、私は頬を叩く。
「はぁーい…。」
答えながら、また睡魔に襲われて瞳を閉じたくなる。
「好美の体力では無理だろ?今の生活は。」
「そんなことないです。大丈夫です。」
車が坂道を上る。
裏門へ続く道は、凄く久しぶりだった。
街灯だけでは周囲の景色が見えず、私は諦めて視線を哲也さんに移す。
「哲也さんは大丈夫ですか?」
「何が?」
「私を送ってくれて、休みの日も家に来てくれて。」
「康太には嫌がられているが、そうでもしないと好美に会えないだろう?」
車が停まる。
「…しかし…俺よりも康太のほうが飽きもせずに。」
門灯に照らされているのは、須賀君だろう。
「裏門を使えるようにすれば俺も康太も好美だってラクだと思ったのに、監視員みたいだな。康太は。」
須賀君が開けてくれた門を車が通過する。
そして車が停まると、外からドアが開けられた。
「姫野。早く降りろ。」
いきなり苛々としている須賀君の声。
私が抱えている鞄を、須賀君は手早く取り上げる。
車を降りる前に振り向いて、哲也さんを見て、少し名残惜しい気持ちがした。
「姫野。」
須賀君の声は、私が車に留まることを許してくれない。
「好美。早く戻って寝たほうがいい。寝不足だろう?」
「…おやすみなさい。」
車を降りて哲也さんの車を見送る。
門を閉めて石畳の上を歩く須賀君の後姿を見ながら、私は心も体も、とても疲れた気がしていた。
今日は、まだ月曜日なのに。

◇◇◇

「言えばいいだろ。婚約者がいると。」
「婚約者なんていません。哲也さん、須賀君と同じこと言うんですね。須賀君は弘先輩と付き合っていることにしろって言うし。私、嘘はつきたくないです。」
「“婚約者”が嫌なら、小野寺弘と付き合っていることにしても、俺は別に構わない。高校生が、どう解釈しようがどんな噂を流そうが俺には関係ない。嘘をつきたくないのなら、実際に小野寺弘と付き合っても良いぞ?すぐに別れるのは目に見えてる。」
「…その自信、どこからくるんですか?」
昨日と同じように、車が坂道を上る。
「毎日毎日、落ち着かないだろう?呼び出されてばかりで何人目だ?」
「人数なんて把握してません。それに、みんな…面白がっているだけだし。」
弘先輩とお弁当を食べる時間だけは、周囲の視線を気にすることもなく、穏やかな時間だった。
それなのに、今日は部室の前で待っていた五人の男子生徒に順番に“告白”をされた。
あれは完全に嫌がらせ、だと思う。