りなりあ

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指先の記憶 第二章-11-

2008-11-29 01:12:57 | 指先の記憶 第二章

「好美ちゃん。お茶どうぞ。冷めるわよ。」
カレンさんに促されて、少し冷めたお茶を私は口に含んだ。
喉に流れて、胃を満たしていく液体を感じて、そして空腹を感じた。
でも、私は食欲よりも心に溜まっている感情を吐き出したくて、湯呑を置くと再びカレンさんを見つめた。
「それでね、杏依ちゃん、何て言ったと思う?京都の和菓子を買ってきて、って言うの。勝手だよね?杏依ちゃん、とってもお金持ちの人と結婚したんだよ?新幹線代とか気にしなくても良いし、美味しいもの、たくさん手に入れられるんだよ?それなのに、私に買ってきてって言うの。」
杏依ちゃんが選んでくれた桜餅がお皿に載せられて私の前に置かれた。
それを置いたのが須賀君だと分かっていても、私はカレンさんから視線を逸らさない。
「私はね、遊びに来たんじゃないのよ?観光じゃないのよ?カレンさんが京都に引っ越したから、カレンさんがいるから、ここに来たのに。」
そんな事を言いながらも、新幹線の中で読んでいた観光ガイドの本の内容が頭を駆け巡る。
「…カレンさん。美味しい和菓子のお店、連れて行ってくれる?」
カレンさんが、お茶を一口、飲む。
「そうねぇ、その人はどんなモノが好みなのかしら?」
「好み、かぁ。杏依ちゃんの好み、分からないかも。」
カレンさんの隣で桜餅を一口で食べようとしている須賀君を見た。
「須賀君は杏依ちゃんの好み、分かる?」
「あー…。不明。あの人の事を深く知りたいとか理解したいとか、考えるだけでも嫌になる。無理無理。ある意味、生態不明な未確認生物。」
「…そこまで言わなくても。」
ちょっと、その言い方は杏依ちゃんが可哀相。
「変わった人みたいね。」 
カレンさんの言葉に、私は首を傾げた。
変わっているという表現は少し違うような、でも当たっているような。
今まで、杏依ちゃんみたいなタイプの人は私の周りにはいなかったし、これから先も現れないと思う。
それに、杏依ちゃんみたいな人が2人もいると、とても大変な気がする。
「こっちからの手土産も桜餅で良いんじゃないの?」
カレンさんが、あっさりとした口調で言い、そしてまたお茶を飲む。
「えぇ?嫌だよ。同じものを買うなんて。もっと驚くようなもの。あの杏依ちゃんが美味しいね、凄いねって言うようなものをお土産にしたいの。」
そんな私の訴えを、カレンさんは優雅な頬笑みで受け止める。
「美味しいね、凄いね、と言うと思うわよ。驚かないかもしれないけれど。たぶん彼女は好美ちゃんが桜餅を買って帰ると予想しているだろうから。まずは食べてみたら?好美ちゃんが買ってきてくれた桜餅。いただきましょうか?」
カレンさんの言葉を聞いて、須賀君が2個目の桜餅に手を伸ばした。

◇◇◇

カレンさんの住む家は、普通のマンションだった。
それは別に不思議でもないけれど、でも少し意外に思った。
一緒に住んでいる“同居人”は連休の間は留守にするらしく、私と須賀君はカレンさんの家に宿泊させてもらう事になった。
“同居人”に会ってみたいと思っていた私は、少し残念に思った。
“同居人”が女性なのか男性なのか。
それが気になるけれど、それをカレンさんに問うのは何となく遠慮してしまう。
でも部屋の雰囲気を見て、なんとなく同居人は女性のような気がして、それならその人は何歳なのだろうと気になって、そして…カレンさんの年齢を知らない事に気付いた。
質問すればカレンさんは答えてくれるかもしれないし、誤魔化されるかもしれない。
須賀君は知っているだろうし、彼が答えを持っているかもしれない。
でも、私はカレンさんに何も質問できなかった。
カレンさんの新しい生活を、カレンさんの今の幸せを直視する自信がなくて、懐かしい日常に数日間だけでも戻れるだけで、私は幸せだった。
でも、そんな私の小さな望みは、初日の夕食で消されてしまった。
高校生の私には不似合いな、料亭の懐石料理が並べられて、食事中の楽しい会話よりもカレンさんは食事方法を私に教え続けた。
それは、まるで、絵里さんみたいだった。
そして、須賀君は普段とは全く違う、とても優雅な丁寧な仕草で食事を続けていた。