ねことわたしのやわらかな日々

17年一緒に暮らした愛猫を亡くしましたが、日々のささやかな幸せを、
手のひらで温めて暮らしています。

遠い日の親の思い

2009年01月24日 19時25分00秒 | 家族
今日は朝から抜けるような青空がのぞき、
窓越しの陽射しは暖かだったものの、
時折雪がちらつく寒い一日でした。

朝、テレビの生番組を観ていたら
トミーズ雅さんが、番放映中に
2番目の高校生の娘さんが
この番組をぎりぎりまで観てから
カナダへの留学に出発するというので
その娘さんへのメッセージを語っていました。

「英語がペラペラにならなくてもいい、
勉強出来なくてもいいから、
とにかくそのままのお前で、帰っておいで。」
涙で何度も言葉をつまらせ、
最後は両手で顔をおおって、泣きながら。

22で一人アメリカに渡った時、
わたしも、親にこんな思いをさせたのかしら。



気になって、母に聞いてみたら
やはりわたしが乗った飛行機が
空に消えていくのをいつまでも見送りながら
ずっと涙が止まらなかったのだとか。

今のように携帯もなく、
メールもなかった時代。
わたしからの初めての絵葉書が届くまで、
毎日郵便箱をなんども見ては泣き、
届いた絵葉書を読んでは、また泣いたのだとか。

わたしも飛行機に乗ったのが生まれて初めてで
しかもまったくのひとりぼっちで、
この先何があっても1年間帰れない心細さで
東京で乗り換えるまではずっと泣いていたけど
渡米してからは、自分のことに精一杯で
親がそんな思いでいることに思いを馳せることもなく。

我が身の親不孝を心の中で詫びながら
親というものの、ありがたさを
今更ながらに、思うのでした。

その恩にどう報いたらいいかも分からないまま
父は先日、地元の病院に転院。
昨年5月に倒れてから、3箇所目。
姉の尽力のおかげで今のところ
行き場のない難民にならずに済んでいるものの
そこもやがては出て行かなくてはならないのでしょう。

母も腰を痛め、かろうじて一人暮らしをしている状態なのに
わたしに出来ることは、あまりにわずか。
遠い日の親の思いと、今の親の思い。
胸が痛むことばかりだけど、
何より元気に、そして幸せと感謝をちゃんと感じながら
丁寧に日々を暮らす中で、
わたしに出来ることを考えていければ。

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