BSプレミアム・シアター
マーラー没後100年記念演奏会
『アバド&ベルリン・フィルの“大地の歌”』
放送局:NHK-BSプレミアム
放送日:2011年6月18日(土)
放送時間:午後11時30分~翌午前1時18分頃
<mimifukuから一言>
クラウディオ・アバドがマーラーを振る。
21世紀のクラシック界ではそれだけで関心が高まる。
それが、
“アバドがマーラーの交響曲『大地の歌』を振る”
となればクラシック・ファンは狂喜乱舞する事件となる。
ましてやマーラー没後100年の記念演奏会であり、
注目される独唱がオッター&カウフマンとなれば、
10000$出してでも、
生のステージに接したいと思う方も多いだろう。
演奏会はマーラー没後100年のその日である、
“2011年5月18日”
ベルリン・フィルハーモニーホールの撮り立て映像。
マーラーの交響曲『大地の歌』は、
通常の4楽章形式の管弦楽合奏の交響曲とは異なり、
6曲(6楽章)の管弦楽伴奏をともなった歌曲集であり、
その詩のテキストは中国の著名な古典から引用されている。
*第1楽章:「地上の哀愁を詠える酒席の歌」(李白)
*第2楽章:「秋に独り寂しき者」(銭起)
*第3楽章:「青春について」(李白)
*第4楽章:「美について」(李白)
*第5楽章:「春にありて酔える者」(李白)
*第6楽章:「告別」(孟浩然ー王維)
からなり、
1,3,5楽章(奇数楽章)をテノール
2,4,6楽章(偶数楽章)をアルト(メゾ・ソプラノ)が担当。
*時にバリトンが2,4,6楽章を受け持つ演奏もあり。
1907年に長女のマリア・アンナをジフテリアで失い、
マーラー自身の心臓疾患を医師から宣告され、
死と対峙した晩年の作品であり、
本来は第9番にあたる『大地の歌』を、
ベートーヴェンやブルックナーの最後の交響曲と重ね、
“第9の番号を嫌った”との逸話はあまりに有名だ。
マーラー晩年に作曲された、
『大地の歌』、『交響曲第9番ニ長調』、『交響曲第10番嬰ヘ長調(未完成)』
の3曲は自らの死期を悟り自らの体調を考慮しながら作曲を続けた、
マーラー芸術の到達点と言うべき傑作の泉として認知される。
*今回10番についての記述は遠慮するがクック版を代表に全曲盤(全5楽章)も多く存在。
演奏されるアダージョは第1楽章に当たり第9番の延長線上にある美しい無調風な展開から、
ストーリー性、パロディ旋律、突然の強奏とバラエティな楽曲も統一感に欠け親しみにくい。
私は、
『大地の歌』のCDを5枚とカセット・テープを2本所蔵している。
実はそれほど強く意識していた楽曲ではないものの名盤の誉れ高きものが多く、
ワルター&ウィーン・フィル(1952年)、クレンペラー&ニュー・フィルハーモニア(1966年)、
バーンスタイン&ウィーン・フィル(1966年)、バーンスタイン&イスラエル・フィル(1972年)、
ジュリー二&ベルリン・フィル(1982年)のCDと、
ワルター&ニューヨーク・フィル(1960年)、カラヤン&ベルリン・フィル(1974年)のカセット。
は何れも推奨盤として知られる演奏ばかりだ。
最近になって何度か記述したが、
3.11:東日本大震災以後に私が最も耳にした楽曲が、
『大地の歌』より第6楽章“告別”である。
トータル・タイム約60分の中の半分の時間を要する約30分の楽章は音楽の叙事詩。
私の手持ちディスクでは、
クレンペラー盤、バーンスタイン盤(72)、カラヤン盤がクリスタ・ルートヴィヒの名唱が光るし、
バーンスタイン盤(66)はフィッシャー・ディースカウのバリトンを通し説得力ある歌唱を魅せる。
また何よりも評判が高いのは、
ワルター盤(52)のフェリアーの歌声は異彩を放つ(好みが分かれる)。
*今回は現役最高のメゾと誰もが認めるオッターの歌唱に期待が膨らむ。
以前にも記述した“告別”の最後の部分の詩を、
ワルター&ウィーン・フィル盤のCD歌詞対訳から転載。
♪ 私は愁いを帯びて口を開く。
♪ 友よ、
♪ この世界に私の幸福はなかった!
♪ 私は1人寂しく山に彷徨い入る。
♪ 疲れ果てた孤独な魂に永遠の救いを求め。
♪ 今こそ故郷へ帰っていくのだ。
♪ 私は心静かにその時を待ち受けている。
♪ しかし、
♪ 春になれば!
♪ 愛する大地は、
♪ 再び至るところ花が乱れ咲き、
♪ 樹木は緑に覆われて永遠に、
♪ 世界の遠き果てまでも
♪ 青々と輝き渡る!
♪ 永遠に…、
♪ 永遠に…。
この歌詞の告別の意味は“死”をイメージしたものではなく、
友との“別れ”について歌われている。
NHK-BSの放送では歌詞対訳がテロップで流れるので、
参照していただきたいが告別の歌詞の中には、
友に別れを告げる“私”と去っていく友の“私”が混在するので、
歌詞を繋げる時には注意が必要と思われる。
“告別は2人の男性の別れがテーマになっている”
ことを意識して聴いてほしい。
そして、
♪ 春になれば!
♪ 愛する大地は、
♪ 再び至るところ花が乱れ咲き、
♪ 樹木は緑に覆われて永遠に、
♪ 世界の遠き果てまでも
♪ 青々と輝き渡る!
を意識して音楽を鑑賞すれば、
私が何故この曲を好んで聴いたかの、
理由を理解していただけるかと思う。
また、
第1楽章:「地上の哀しみを詠える酒席の歌」
冒頭の管楽器の強奏からテノールの独唱に入る部分の逞しさは、
ヴェルディの歌劇『オテロ』冒頭と並ぶクラシック音楽屈指のカッコよさ。
誰もがマーラーの円熟と卓越した作曲技法を知ることになるだろう。
そして、
“クラウディオ・アバドが『交響曲:大地の歌』を振る”
の意味はマーラー指揮者としても絶大なる信頼を勝ち得た巨匠が、
おそらく音源として初めて世間に発表される楽曲であること。
既にマーラー全集を録り終え近年でもベルリンやルツェルンとの名演を重ね、
現代の神話となろうとしている大指揮者が満を持して取り組む“大地の歌”。
それはクラシック演奏の歴史の中でも伝説となるだろう期待。
是非ご覧ください。
<番組感想>
極めて優れた演奏会であったことに異論はない。
ただし、
期待が大きすぎることは往往にして聴き手を不幸に導くことがある。
演奏芸術を比較対象ばかりに着目点を置くと、
“大地の歌のイメージ”は人により大きく異なる。
カウフマンにとって不幸なことは過去の名歌手たちとの比較。
現在のカウフマンが持てるすべての力を出し切っただろう歌唱も、
古き大ワーグナー歌手と比較されることは酷であることを承知の上で、
比較してしまう鑑賞者がいることを否定できない。
ベルリン・フィルハーモニーホールでの観衆の表情を見ていると、
決して総ての聴衆が満足しているわけではないことを感じた。
ファン・オッターはベテランらしく百戦錬磨の情感を表現しマーラーに迫った。
歌いだし暫くは時折アタックに荒いかな?と感じる部分も無きにしも非ずだが、
最終楽章“告別”は私にとって大変に満足のいく歌唱だったし、
現役歌手の中でこれ以上歌える者が何人もいないことは明らかだ。
それはカウフマンにしても同じ事で現役歌手の中で誰が、
ヴンダーリヒ(クレンペラー盤)や全盛期のルネ・コロ(カラヤン・バーンスタイン・ショルティ盤)
の時代の歌手たちと対等に張り合うことができるのか?の答えを持つ者はいないだろう。
*映像時代のニュースター達は歌唱以外にも様々を要求されることで集中力に乏しい。
ベルリン・フィルのメンバーも特別な演奏会からか極度の緊張の罠に陥り、
丁寧に丁寧に音を仕上げることに集中し“ノリの悪さは否定できない”ように感じたし、
名匠:アバドも高性能の機能を持つベルリン・フィルを規則正しく安全運転させたことは、
100周年と言うメモリアルの重みが巨匠:アバドにしてさえ背負うモノの大きさを感じた。
*それは『第10番:アダージョ』でも同じようなことが言える。
しかし、
これほどの“大地の歌”を聴かせることのできる演奏家集団は世界中を探しても少なく、
ベルリン・フィルの音色の美しさをここまで鑑賞者に堪能させる指揮者はいないだろう。
緊張感の中にも本気モードのベルリン・フィルの最良の音を聴かせていただいた感激。
さらに、
フォン・オッターの演奏会にかける気迫は素晴らしいの言葉以外に見つけることはできない。
演奏会(コンサート)は一期一会の出会いの場。
アバドの優しさはカーテン・コールに必ず3人で登場したこと。
この記念演奏会で絶賛されるのは自分であることを熟知した上での行動は、
“自分が!”に拘る多くの国家指導者達に爪の垢でも飲ませたい思いだ。
演奏会を観る姿勢には様々な角度がある。
聴衆の極度の期待と期待に応えるべく極度の緊張感を持った演奏家。
“一音足りとも聴き逃すか!”との緊張感を持って挑む聴衆と、
絶対にミスが許されない立場に追い込まれた演奏家たち。
“マーラー没後100年”の重みは会場の空気を一変させた。
会場に来ていた聴衆総ての(高すぎる)期待に答えることは不可能でも、
限りない重圧を乗り切り最良の音を奏でたベルリン・フィルのメンバーたち。
特にコンサートマスターの樫本大進さんの肩にかかる重圧。
現役最高の指揮者であろうアバドからの信頼も得たようだ。
私は番組を通して、
演奏会から多くを学んだ。
<ブログ内:関連記事>
*NHK-BS 『アバド&ルツェルン2010』:マーラー/交響曲第9番ニ長調。
→ http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20110217
~以下NHKホームページより記事転載。
『交響曲第10番』からアダージョ
『交響曲 “大地の歌”』(全6楽章)
メゾ・ソプラノ:アンネ・ソフィー・フォン・オッター(2.4.6楽章)
テノール:ヨナス・カウフマン(1.3.5楽章)
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
~ベルリン・フィルハーモニーホールで収録(2011.05.18)~
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