わが国は、まぎれもなく軍事費大国である。防衛庁は昨年、防衛省に格上げされた。自民党の憲法草案では自衛隊は自衛軍にすると明記されている。そうした実態から憲法を変えて軍隊を持てる国にすべきだ、との声が出るのである。
ここで私が強調したいのは、軍隊と自衛隊は根本的に異なるということだ。軍隊について今春、作家の半藤一利さんからこう聞いた。「統帥権が独立していないと国防の徹底は図れませんから、軍隊は三権の外にあるべきだと考えたがるものです。行政、司法、立法から独立するので、軍隊の権限は原則として自由です」。戦前の日本軍がそうだった。
しかし自衛隊はちがう。自衛隊は行政組織のなかにあるので、政府の制約を受ける。政治の指示に従わねばならない文民統制(シビリアンコントロール)下におかれる。半藤さんはこう強調された。「自衛隊を軍隊にするのは反対です。なぜなら、どの国もクーデターは軍隊が起こしているからで、自衛隊を武装クーデターを可能にする軍隊組織にしてはなりません」
日本が先の戦争に突き進んだ原因は軍隊の暴走だった。その反省にたっての文民統制下の自衛隊である。ところが文民統制の危うさが露呈された。
いうまでもなく田母神俊雄・前航空幕僚長の懸賞論文問題だ。これは言論の自由とは別問題で、政府見解と異なる発言をしたいのなら、立場を返上してから行うべきところを文民統制に挑戦するかのようにやってのけた。しかも、かの懸賞論文の応募総数の約40%が自衛官だった。私は「論文クーデター」の疑念がぬぐいきれない。(編集局)
毎日新聞 2008年11月30日 東京朝刊