わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

キメラ動物と再生医療=青野由利(論説室)

2013-01-03 | Weblog

 

 

 

 

 

 ギリシャ神話の怪物が生命倫理の課題として急浮上してきた。頭が獅子でしっぽが蛇、複数の動物が入り交じった「キメラ」だ。


 たとえば、豚の受精卵にヒトiPS細胞を入れてヒトの臓器を持つ「キメラ豚」を育て、移植に使ってもいいか。ヒトの臓器作りはまだ禁止されているが、ラットの膵臓(すいぞう)をもつマウスはすでに誕生している。ヒトの細胞を豚の受精卵に入れるところまでなら実験も認められた。研究の進み方は想像以上だ。


 研究者は先を急ぐが、一般の受け止め方はどうだろう。東大准教授の武藤香織さんらが今月公表した意識調査では、動物の体内で人の臓器を作ったり、それを移植したりすることには抵抗感が強かった。「自分や子どもの細胞を持つ動物を殺すのは抵抗がある」という声もあった。一方で、生きている人から取り出した臓器をもらうことには抵抗が少ない。人々の思いは複雑で、どこかちぐはぐだ。


 こんな議論を尻目に、現実にはお手軽な「再生医療」が横行している。安全性も効果も日本で未確認の幹細胞投与が福岡で多数の韓国人に行われていた話は驚きだ。以前から懸念はあったが、「医師の裁量」の下に野放しになっていた。日本は再生医療の規制が厳しく、うっかりすると海外に先を越される。よく聞く話だが、実際には「規制」と「無法地帯」が同居するちぐはぐな世界だったことになる。


 新政権は再生医療の推進や規制緩和に意欲を見せている。しかし、アクセルばかり踏んでいると思わぬ落とし穴にはまる。ブレーキもしっかり踏みつつ再生医療の将来像を考える。キメラ動物と移植の行く末を探る糸口も、そこから見えてくるかもしれない。 

 

 

 



毎日新聞 2012年12月28日 00時33分