若者による野宿者襲撃をなくすための授業で、なぜ野宿から抜け出せないかを生徒に考えてもらうためのエピソードに「カフカの階段」がある。
<2人の男がいて、1人は低い階段を5段ゆっくり昇っていくのに、別の男は1段だけ、しかし少なくとも彼自身にとっては先の5段を合わせたのと同じ高さを、一気によじあがろうとしているようなものです>
「父への手紙」で、カフカが結婚の失敗を父親に釈明するくだりだが、野宿の問題にもあてはまる。仕事を失い、家を失い、蓄えを失い、路上へ。下りていく1段ずつは低いが、職も家もある状態に戻るための1段は、とても急で上れない。
授業を広げようと、学校関係者や支援者がネットワークをつくった。東京都教員、清野(せいの)賢司さん(47)もメンバーの一人だ。東村山市で02年に中高生の野宿者暴行死事件が起き、授業に当事者を呼び話してもらおうと、池袋のボランティア団体「TENOHASI」に飛び込んだ。生徒と炊き出しを手伝ううちに、事務局長になっていた。
冷え込み深まる11月末の夜、私は清野さんと弁当を配った。百貨店のシャッター前に100人近くが列をなす。まだ服装が真新しい人、ヘッドホンを付けた若者もいる。40代の男性は病気で3カ月休み、この秋清掃会社をクビになったという。「ずっと仕事を探してますが、悪い時に失業してしまって……」
街の隅に身を寄せる人たちに声をかけながら、清野さんがため息をついた。「例年と全く違う。まだ多くなるのでしょうか」。路上から元へ戻る階段を緩やかにしなければ、この冬を越せぬ人たちが確実に増える。(生活報道センター)
毎日新聞 2008年12月3日 東京朝刊