わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

選んだ責任=与良正男

2008-09-26 | Weblog

 麻生新政権の誕生に水を差すようだが、時計の針を少し戻して考えてみたいことがある。安倍晋三氏と福田康夫氏。2人はなぜ、政権を投げ出したか--である。

 ともに根性がなかったといえばそれまでだ。ただし、日本は議院内閣制で、与党と内閣は連帯責任を負う仕組みになっている。で、思い起こしてみよう。2人ともほとんど誰にも相談せずに辞任表明したのだ。実はここに大きな問題がありはしないか。

 安倍氏も福田氏も総裁選では自民党議員の大半がなだれを打って支持に回り、圧勝した。ところが、その後、誰が真剣に政権を支え、相談に乗り、守ろうとしたのか。

 首相が一人で勝手に悩み、勝手に辞めてしまっても、その首相を選んだ人たちからは「責任を感じる」といった言葉は聞かれない。もう過去の話とばかりに、「さあ、次は誰が首相なら自分の選挙に有利か」と走り始めるのだ。

 かつて首相を支える役割は派閥が担っていたのだろう。それに代わるシステムが今の自民党にはない。首相の座がいかに軽いものだったか。それを世界中に知らしめてしまった罪の重さをもっと深刻に受け止めるべきである。

 今回、麻生太郎・新首相を選んだのも、理念や政策を吟味したわけではなく、何となく人気がありそうだからという議員がほとんどだろう。私にはこれこそが「自民党の劣化」だと思える。

 確かに間もなく行われるはずの衆院選で負ければ短命に終わる政権かもしれない。だが、「首相に選ぶ責任」「選んだ責任」が、あまりに軽視されている気がする。(論説室)




毎日新聞 2008年9月25日 東京朝刊


ご注意!「豚に口紅」

2008-09-20 | Weblog

 米大統領候補のオバマ氏は9日、遊説中のバージニア州で「豚に口紅を塗っても豚は豚だ」とマケイン陣営をこき下ろした。「いくら変化を唱えても、ブッシュ路線の継承じゃないか?」「本の表紙を替えただけで、中身は何ら変わらない」と上品に言えば良いものだが……。下品な言い回しはインパクトが強い。

 マケイン陣営も黙っていない。副大統領候補のペイリン・アラスカ州知事に対する中傷だ!と謝罪を求めた。でも、マケインだって、ヒラリーの医療保険改革案を「90年代に失敗した古い案と変わらない。豚に口紅だ!」と批判している。性差別発言というより「下品なことわざ」の一種だろう。

 自民党の総裁選もなかなかの厚化粧だ。5人も立候補した。初めての女性候補もいる、都知事のジュニアもいる、歌人・与謝野鉄幹・晶子の孫も、吉田茂の孫もいる。「防衛オタク」と言われるエキスパート?も加わった。

 そして、彼らの「口紅」はCHANGE。でも、本当に変わるんだろうか?

 バラマキ派は自民党のお家芸。上げ潮派は小渕内閣の「成長なければ再建なし」の流れ。「上げ潮」という目新しいネーミングが用意されただけ。財政再建派は「財政再建なければ成長なし」。財務省の主張と変わらない。構造改革派は「改革なくして成長なし」の小泉流。中途半端で地方は疲弊した……。おおむね「失敗の口紅」である。

 1年足らずで次々に退陣する日本の首相。シンガポールのストレーツ・タイムズは「自民党の議員たちは、必要とあれば党首を代えることにためらいがなく、首相が頻繁に代わることで国際的評価が悪くなるとは思わない」と皮肉っぽく書いた。世界のメディアの目には「恥を知らない政党のボロ隠し総裁選」に映る。ボロを隠すために口紅をこれでもか、これでもか、と塗りたくる。厚化粧の陰で、参院のドンは相変わらず官僚人事にすご腕をふるい、某宗教団体のドンは政局のキャスチングボートを握りご満悦? 陰の実力者は健在である。

 イギリスのフィナンシャル・タイムズは「支持基盤が弱体化した現在、党首が代わったところで、自民党から新しいマニフェストは生まれない」と断定的に書いている。

 世界は冷静に見ている。国民も「ボロ隠し」に気づいているのに、テレビだけが延々と総裁選垂れ流し放送。テレビは「豚の口紅」の共犯者になってしまった。(専門編集委員)





毎日新聞 2008年9月16日 東京夕刊

ゲノム情報爆発=青野由利(論説室)

2008-09-20 | Weblog

 血液一滴で、あなたの出身地をあててみせましょう。そんな占いのような話が現実になるかもしれない。

 先月、欧米の研究チームが相次いで公表した成果は驚きだった。欧州の数千人を遺伝子の個人差に応じてクラス分けすると、地理上の出身地と見事に結びついた。どの国のどのあたりの出身なのか、だまっていても遺伝子が語るということらしい。

 ヒトゲノム計画が終了して5年。一時期、ゲノム科学は停滞気味に見えたが、こうした研究を見るにつけ風向きが変わったと感じる。研究を後押ししているのは遺伝子解析装置の進化だ。

 10年以上かかったヒトゲノム計画に比べると、解読速度は100倍以上になった。DNAの二重らせん構造の発見者であるワトソン博士の全ゲノムが解読・公開されたのも技術が進んだからこそだ。

 日本でも特定の人の全ゲノム解読計画が進み始めた。産業技術総合研究所と沖縄県は1人分の全ゲノムの解読を近く開始したいという。病気の原因遺伝子の解明をめざし、個人ゲノムの解読を構想している研究チームもある。

 そこで気になるのは、膨大な遺伝子情報とどう付き合っていくかだ。すみずみまで解読した個人ゲノムのプライバシーは果たして従来の匿名化で守れるのか。血縁者に影響が及ばないか。改めて考えてみる必要がある。

 遺伝子から出身地を占うことはアジアでも日本国内でも原理的には可能だろう。ルーツ探しは楽しそうだが、犯罪捜査などに無制限に使えるとなるとどうか。新ゲノム時代に無関心ではいられない。






毎日新聞 2008年9月20日 0時01分

ちょっと物言い=福本容子(経済部)

2008-09-20 | Weblog

 新聞記者が記事を捏造(ねつぞう)し、それが発覚したら、普通は記者生命を失うと思われる。

 彼の場合は違った。英タイムズ紙の新人時代に専門家の発言をでっち上げてクビになるが、デーリー・テレグラフ紙に拾われ、欧州特派員、政治コラムニストに起用される。その後、保守党から国会議員に当選した彼は、今春、ロンドン市長になった。

 北京五輪閉会式で大会旗を手渡され満足顔だったボリス・ジョンソンさん(44)だ。オックスフォード大出のインテリだが、失言放言やスキャンダルが絶えない。それでも、機知に富んだ文章、際どいユーモアのある痛快さが人気を集め、ジャーナリスト、コラムニストとして大成した。

 若きジョンソンさんに才能を見いだし、もう一度チャンスをあげよう、とテレグラフ紙に雇った当時の編集長の賭けは吉と出たようだ。

 大麻問題でロシア出身の3力士が解雇され、この話を思い出した。20歳の元若ノ鵬は「日本のみなさん、すいませんでした。まじめにやります。許してください」と復帰を求めたが、解雇されたら二度と戻れないのが日本相撲協会のルールだという。

 大麻はもちろんよくないし厳しさで対処するのも一つのやり方だろう。けれど、もう一度チャンスをあげて育てた力士が、いつか横綱なんかに昇進して、テレビの解説者が「一時は大麻でどうなるかと心配されましたが、実に見事な横綱です」とか言うのを聞くのもきっといいはずだ。

 角界に限らず、若者の過ちを温かく包み込む力の薄れが、世の中を生きづらくしている気がしてならない。




毎日新聞 2008年9月19日 0時03分


説明責任=坂東賢治

2008-09-19 | Weblog

 米メディアは説明責任にうるさい。共和党初の女性副大統領候補になったペイリン・アラスカ州知事が初めてインタビューに応じたのは芸能誌的存在の「ピープル」誌。政治コメンテーターの間には「もっとメディアに会うべきだ」と不満の声があふれた。

 11日にABCテレビが主要メディア初のインタビューを放映した。先制攻撃を正当化した「ブッシュ・ドクトリン」を知らずに言葉に詰まるなど経験不足も露呈した。演説はふりつけができても、インタビューには本質がのぞく。

 それでも避けては通れない。パートナーの大統領候補、マケイン上院議員は「(ペイリン氏は)これから多くの人とインタビューする」と話している。投票まで約50日。インタビューは討論会と並んで真剣勝負の場になる。

 ウォーターゲート事件のスクープで知られるワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード編集局次長が新著「内なる戦争」を出した。イラクへの増派を決めるまでのブッシュ政権の混乱ぶりが描かれる。

 政権の内幕を暴くシリーズの第4弾。ブッシュ大統領も3時間近いインタビューに応じた。ホワイトハウスは政権の混乱を否定する長い反論を発表したが、本に引用された事実を否定してはいない。

 見解の相違はあってもメディアを忌避はしない。説明責任やメディアの役割について共通認識があるからだろう。

 01年9月の同時テロから7年。「監視国家化」など米国の変質も指摘される。しかし、メディアと政治が健全な緊張関係を保つ限り、歯止めがかかると考えるのは楽観的すぎるだろうか。(北米総局)




毎日新聞 2008年9月15日 東京朝刊


祭りのあと=磯崎由美

2008-09-19 | Weblog

 「見て見て、全員いる」「麻生さーん!」。自民党総裁選の全国遊説初日となった11日午後4時。東京・渋谷ハチ公前は5000人を超える聴衆であふれかえった。

 今回の総裁選で自民党は遊説日程を告げる異例の新聞広告を出した。党広報局は「お祭り騒ぎと批判されているので、真摯(しんし)に政策論議していると知ってほしかった」と説明する。だが支持者らは各候補の名前を書いたプラカードやのぼりをあちこちに掲げ、まるでアイドルのコンサート会場。女子中学生まで麻生太郎幹事長にカメラ付き携帯電話を向ける。

 あの時と重なる。

 小泉純一郎ブームが起きた01年の総裁選。時の人見たさに集まる有権者の熱は過去の選挙取材で感じたことがないものだった。それから7年。改革の名の下で格差が広がっても、世論調査のたびに「首相にふさわしい人」として小泉氏の名が挙がり続ける。

 そこまで支持される理由はたった一人で「自民党をぶっ壊す」と言い放った豪快さにあったのだろう。それに比べ、今回は5人で1組。唯一の女性候補が「霞が関をぶっ壊す」と言ったところで、豪快さどころか二番せんじの印象ばかり強まるのだが……。

 次の総選挙が初めての投票という男子大学生(21)がいた。「みんな麻生さんのキャラに引かれているだけなのかな。分かりやすく訴えているようだけど、なぜ伝わってくるものがないんだろう」

 祭りの間、人は現実を忘れる。演説が終わった。人波に交じり去っていく大学生の脇を通り、周辺で寝泊まりするホームレスが戻ってきた。(生活報道センター)




毎日新聞 2008年9月17日 東京朝刊