岩手県遠野市。霊峰・早池峰の山中にある廃校に、座敷童子(ざしきわらし)が出るらしい。誰もいなくなった師走の教室で、佐々木仲子さん(64)に教わった。
山の学校が閉校になったのは昨年春。お別れ式には3人の在校生に昔の卒業生が加わり大盛況だったが、翌日から、人の気配がピタリと消えた。
彼女が運転する軽トラックが、廃校の前に差し掛かったのはその夏の夕刻だった。「子どもらいなくなってさびしぐなった」。ため息をつくと、首筋に視線を感じた。振り返ると、教室の窓から女の子が見ている。
「誰もいねえはずだのに」。思わず、ブレーキを踏んだ。
すると、玄関から飛び出して校庭を一直線に走って来る。年のころは小学校低学年、おかっぱ頭に赤い着物。「座敷童子だ!」。身構えると、立ち止まってめんこい顔で笑っている。
「寂しかったのか。こっちさおいで」。声をかけると姿が消えて、風が車に飛び込んだ。その夜、家で寝ていると、突然、布団の周りで子供たちが駆けっこするような物音が続いた。
「廃校の活用事業で時々、街の子供たちが遊びに来ることになりました。仲子さんには今後、山の幸の手料理を振る舞ってほしいんですが」。駆けっこの翌日に役所から誘われた。
以来、街の子供たちの来校が決まる度に、前触れとして夜中に童子がはしゃぐそうだ。
明治時代の人々の心模様を記録した「遠野物語」。発刊から98年に至る今も、遠野の里にはいまだに心に精霊たちを宿す人々がいる。
ちなみにこの座敷童子。邪念や欲の強い人の心には、見えないそうだ。
毎日新聞 2008年12月14日 0時21分