かつて中国東北部に、関東軍が支配した満州国という傀儡(かいらい)国家があった。中国の提訴を受けた国際連盟は調査団を派遣したうえで満州国の独立を否定、関東軍の撤退を圧倒的多数で決議する。
しかし日本政府は、満州は日本の生命線だと譲らなかった。世論も後を押し、1933(昭和8)年3月、日本は国際連盟を脱退する。
結果はどうであったか。太平洋戦争にまで突っ走り、想像を超える国民の犠牲者を出すに至った。満州国は13年5カ月ほどで消滅したものの、中国残留孤児の悲劇は今も続いている。
あえて振り返るのは北朝鮮のことが頭の片隅にあるからだ。核兵器は軍事国家の生命線だと妄信したのであろうか。孤立を深める北朝鮮と戦前の日本が、私の脳裏で重なる。北朝鮮は国民総動員体制を図ろうと「150日戦闘」のスローガンを掲げているという。かつて日本は「国民精神総動員運動」であった。
軍部の力が強くなれば、逆に国民は不幸に見舞われる。そのことは関東軍を有した日本が示している。北朝鮮の民衆が案じられてならない。
日本が国連を脱退した9年後の7月、インド独立の父・ガンジーは「すべての日本人に」と題する公開状を発表し、日本軍に侵略を停止するように求めた。<帝国主義的な野望にまで堕してしまわれた>とし、こう告げる。<かくして、知らず知らずのうちに、あなたがたは世界連邦と兄弟愛--それらなくしては、人類に希望はありえないのですが--を妨げることになるでしょう>(マハトマ・ガンディー「わたしの非暴力」森本達雄訳、みすず書房)
北朝鮮の指導者に、ガンジーの言葉を聞かせたい。(編集局)
毎日新聞 2009年7月12日 東京朝刊