わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

まず獣身を=落合博

2008-11-12 | Weblog

 幕末の開設初期から慶応義塾には、寺子屋や私塾にはなかった運動場があり、ブランコが揺れていた。創設者で、早くから身体運動に注目していた福沢諭吉の「まず獣身を成して後に人心を養う」という心身論に基づく。獣と同様に人間の子どもも身体の発育が第一で、学問はその次でいい、が彼の常々主張するところだったという。

 詳しく知りたい人は、「運動会と日本近代」(青弓社)で、国際日本文化研究センター教授の白幡洋三郎氏が執筆した第2章「福沢諭吉の運動会」を読んでほしい。

 全国学力テストの市町村別データを公表するとか、しないとか、不毛の議論が続く。大阪府では情報公開請求に対し、橋下徹知事が部分開示の判断を下した。データを眺めていて興味を持ったのは学力と生活習慣との関連だ。両者の間には相関関係があることは以前から指摘されている。夜早く寝る子ども、朝食をしっかりとる子どもは成績がいい。あくまでも統計学的傾向だが、大阪府のデータでもほぼ裏付けられていた。

 文部科学省は今年初めて、すべての小学5年生と中学2年生を対象にした全国体力テストを実施した。43年ぶりに昨年復活させた全国学力テストの体力版で、生活習慣や食習慣の調査も含まれた結果は年末に公表される。

 学力と体力は密接な関係にある。二つのテスト結果を、次代を担う子どもの教育にどう還元するか。21世紀に求められる学力とは、体力とは何か。社会の大変革期を生きた福沢諭吉ならどう答えるだろう。「まず獣身を」は今もって力を失っていないと思う。(運動部)





毎日新聞 2008年10月25日 東京朝刊

大恐慌だって?!=福本容子

2008-11-12 | Weblog

 79年前のきょう、ニューヨークの株価が、取引開始直後に暴落した。世界大恐慌の始まりともいわれる「暗黒の木曜日」だ。

 東京日日新聞(現毎日新聞)の1面記事によると、あまりにも激しい下げ方だったので、証券取引所の仲買人12、13人が気絶し病院に運ばれたという。

 アービング・カーンさんは株のトレーダーとして働き始めたばかりだった。102歳の今も株関係の仕事をしている大恐慌の生き証人だ。そのカーンさんがBBCのインタビューで「あのころに比べ、今はマシもいいとこだ」と断言していた。

 「でも、みんな不安がってませんか」。インタビュアーが聞くと、「違う。派手な見出しで悪い悪いと記事を書いて目立ちたい記者がおるだけだ」ときっぱり。「今は恵まれすぎ。全く甘えきってしまったもんだ」

 確かに「1929年以来の大恐慌」といった記事や論評が目立ってきたけれど、大恐慌を経験した記者も評論家も多分いない。「世紀に1度の危機」と立派に宣言した連邦準備制度理事会前議長のグリーンスパンさんだって、79年前は3歳の坊やだ。

 絶望論に負けそうになりながら米経済紙ウォールストリート・ジャーナルの電子版を眺めていたら、ほっとする発見をした。株式市場大荒れの中、読まれていた記事のランキング1位が金融危機でも米大統領選関連でもなく、かかと15センチ超のハイヒールが人気、という話だったのだ。長老カーンの言う通り。

 厳しい景気は続きそうだけれど、平常心を失い恐怖の奴隷になるのが一番危ない。軽々しく「大恐慌」などと言うなかれ。株がもっと下がるし、ハイヒールまで売れなくなるじゃない。(経済部)





毎日新聞 2008年10月24日 東京朝刊

野党になる勇気=与良正男

2008-11-12 | Weblog

 「欧米に比べて、なぜ日本ではなかなか政権交代が起きないのだろう」というのが長年、私が考え続けてきたテーマだ。無論、ここでいう政権交代とは同じ党内で首相が代わるのではなく、政権与党そのものが代わるという意味である。

 理由の一つは、かつての旧社会党をはじめ野党に政権を取る気がなかったからだろう。無責任に政府を批判だけしている方が楽だったのだ。一方、自民党の政権への執着心はすさまじかった。細川・羽田政権下で野党暮らしを経験したが、1年足らずで選挙も経ずに旧社会党と連立して与党に返り咲いた例を挙げるまでもない。政権こそが党をまとめる接着剤だったのだ。

 さて、本気で政権を狙う野党が出てきて、人々の間でも「政権交代」が現実味を持って語られる時代にようやくなった。

 政界は今、「山本リンダ(どうにもとまらない)状況」とかで与野党通じて既に選挙に向けて走り始めている様相だが、麻生太郎首相は、いつ、衆院解散・総選挙に踏み切るか、悩み続けていると私は見ている。

 何しろ、政権を民主党に取られてしまうかもしれない選挙なのだ。悩むなという方が無理である。首相が外交日程を次々と入れているのは、解散先送りへの布石かもしれない。

 でも、私はあえてこう言ってみたいのだ。自民党も野党になる勇気と覚悟が必要な時代になったのだと。これまでの万年与党、万年野党の状況がおかしかったのであって、やっと普通の政治になりつつあるのだと。

 「私は逃げない」と言った首相だ。そのくらいの覚悟を決めた方が、かえって国民の信頼が戻る気もするがどうだろう。(論説室)




毎日新聞 2008年10月23日 東京朝刊