イラクの話題といえばテロしか報道されず、それもまれになっている昨今だが、本紙大阪地域面の連載「棗椰子(なつめやし)はつなぐ~大阪から見えるイラク」は、枕言葉のないイラクが浮かび上がって面白い。
現地取材の経験が豊富な大阪在住のジャーナリスト、玉本英子さんが描くイラクは--。武装勢力のメンバーは地区の世話役を務めるスポーツ用品店のオヤジで、今は銃を置いてタクシー運転手をしている。ホテルマンのオヤジは、「なんて暗い顔だ。笑えよ」と玉本さんのほっぺをつねる。戦火に恋を引き裂かれた通訳は、人妻となった元彼女が忘れられず、財布に写真を忍ばせている……。
なんだ、イラクのオヤジたちは外国人の女性にちょっかいも出すし、恋もしてる。遠い国のオヤジたちが一気に身近になる。不穏なニュースばかりを耳にする国でも、人々には私たちと変わらぬ生活があるんだ、という当たり前のことに気付かされる。
最近、大学生相手に講義する機会が何度かあった。「新聞記者に最も必要なものは、感性であり想像力だ」と話すのだが、「棗椰子」はそこを刺激してくれる。
景気対策に、昔ながらのバラまきしか打ち出せない首相の発想の貧困さにはがく然とするが、そんな想像力の欠如が、この国にまん延しつつあるのではないか。金融危機や不景気で自分の生活で手いっぱいという状況だが、他者や遠国に思いをはせる余裕をなくした社会はカサカサ、ギスギスしてしまう。怖いのは想像力を失うことだ。イラクのオヤジたちが教えてくれているようだ。(社会部)
毎日新聞 2008年11月29日 大阪朝刊
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