わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

政策も、政局も=与良正男

2008-12-01 | Weblog

 政策と政局。どちらが大事かと聞かれたら、私も政策と答える。ただし、頭に入れておきたい点がある。政府・与党側が「政局より政策」と口にする時は概して政権が弱まっている時だということだ。

 「政局」を辞書で引くと「政界のなりゆき」(広辞苑)などと出ているが、最近の永田町での使用例は「民主党は政局しか考えていない」といったように権力闘争といった意味合いで使われる場合が多いようだ。

 だが、語弊を恐れずいえば、政治は権力闘争抜きには語れない。与党が「ここは政局を離れて……」などというのは「頼むから追いつめないで」と懇願しているに等しいのだ。

 では、優先するという政策はどうか。例えば早くも迷走気味の定額給付金案は、公明党の主張に自民党が配慮したものだろう。麻生太郎首相や自民党は衆院解散の時期をめぐり、ぎくしゃくした関係を修復し、公明党の選挙支援を期待しているはずだ。これは、まさに政局的判断ではないのか。

 政局と同様、「選挙目当て」という言葉も悪いイメージで語られる。でも、政党が選挙で有権者の支持を得ようとして政策を掲げるのは決しておかしな話ではない。むしろ、「選挙目当て」で出したつもりの政策が、逆に支持を失う例が多いことが問題なのである。国民が本当に何を求めているか、政党が分かっていない証拠だからだ。

 経済情勢は一段と厳しくなっている。無論、野党も「何でも反対」では支持は得られない。きちんと政策論議で政権と対決し、衆院選で有権者の判断を仰ぐことだ。それなら「すべて政局絡み」とはいわれない。(論説室)




毎日新聞 2008年11月6日 東京朝刊

天職を見つけた人=磯崎由美

2008-12-01 | Weblog

 50歳を過ぎて介護の世界に飛び込んだ女性と会った。東京都府中市の栗山恵久子(えくこ)さん(60)。夫と別れ娘4人を育てるためヘルパーの資格を取り、特養ホームのパート職を見つけた。

 若い正規職員は1年も続かず、慢性的な人手不足のツケは立場の弱いパートに来た。早朝から肉体労働ばかりで、多い日は1日50人を入浴介助する。足腰を痛め、5年間実績を積みケアマネジャーになるという目標を見失いそうにもなった。

 ある時、着替えを手伝っていた認知症の入所者に言われた。「そんな顔でやってもらいたくない」。深い所を見透かされているのか。「うわべの言葉だけじゃだめなんだ」。表情、体、沈黙……ハンディがあっても、みんなすべてで語っている。そう気づいて意思疎通がうまくなってくると「これは天職かもしれない」と思えてきた。

 知的障害のある長女のおかげだった。言葉の発達が遅く、パニックを起こす。学校や地域で「親のしつけが悪い」と責められては人の目におびえた。だが娘との長い歳月は、表情や雰囲気で相手の思いを感じ取る力を母に養ってくれていたのだ。

 「介護って、自分の生き方を問いかけられる仕事ですね」と栗山さんは言う。お年寄りに毎日大切なことを教えられる。どれだけ過酷でも、そこにやりがいを見失わぬ人たちに、福祉の現場は支えられている。

 還暦を迎えた今年、栗山さんは専門紙「シルバー新報」の作文コンクールで優秀賞に輝いた。大学院にも合格し、オンライン講座で臨床心理を学んでいる。35歳になった長女は新聞のテレビ欄を書き写しては、日々新しい文字を覚えていく。(生活報道センター)




毎日新聞 2008年11月5日 東京朝刊

タイタニック=玉木研二

2008-12-01 | Weblog

 タイタニック号沈没時に生後2カ月で救われた96歳の英国女性がゆかりの品をオークションにかけたという。これがなお世界的なトピックになるほどに事故が残した足跡は大きい。

 1513人死亡の規模だけではない。1912年4月14日深夜氷山にぶつかり、翌未明沈むまで、豪華客船上で繰り広げられた人間ドラマは、1世紀近くになっても語り伝えられる。

 当時日本は明治末年、通信発達や競争で新聞の速報体制も進んでいた。東京日日新聞は17日付で「大汽船の遭難」と突っ込み、翌日「千五百名溺死(できし)す、未曽有の大事件」と詳報した。

 さらに21日付は「巨船タ号名残の大悲惨」と、生存者らの話から状況を伝える。救命ボートをめぐる大混乱。割り込もうとして射殺された男。賛美歌を奏でる楽隊。病弱な妻とのボート同乗を求めた大富豪に「すべての婦人が移さるるにあらざれば男子は一人も乗り移ることを得ず」と拒んだ船員。今も語られるエピソードが紹介された。

 宮沢賢治も強く心動いたらしい。後年「銀河鉄道の夜」で、死者が天上に向かう列車に、氷山にぶつかって沈んだ船に乗っていた姉弟と青年家庭教師を登場させた。甲板で他の幼い子らを押しのける気になれなかった青年は言う。「わたしたちの代わりに、ボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのおとうさんやおっかさんや自分のおうちやらへ行くのです」

 無償、自己犠牲の心といっても笑われる今か。でもタイタニックが語り続けられるのは、そんな人間の、ほっとさせるような「善」を私たちが心のどこかで求めているからではないか。(論説室)




毎日新聞 2008年11月4日 東京朝刊


予言=福島良典

2008-12-01 | Weblog

 学生時代にアルバイトで手相占いをしていた同級生が打ち明けた。「まず、『あなたは水と縁がある』と言う。誰も水なしには生きられないからだ」。本職には「プロの技」があるのだろうが、当時は「そんなものか」と得心した覚えがある。

 古代、神託や占いは政治と切り離せない存在だった。国際潮流を読む識者はいわば現代を占う水先案内人。知の蓄積に基づく予言に瞠目(どうもく)させられる。

 「アメリカンドリームは(破壊志向の)死の本能に取りつかれている。過剰消費し、欲望を満たし、地球のたまものを浪費している」「世界が闇に沈み、多くの人が方向を見失っている」

 米経済学者のジェレミー・リフキン氏が4年前、欧米社会比較論「ヨーロピアンドリーム」で米国の大量消費社会と市場主義の限界を指摘した一節だ。

 乳児死亡率の上昇を論拠にソ連崩壊(91年)を15年前に予言したのは仏人口学者のエマニュエル・トッド氏。イラク戦争前に米国の衰退を論じた彼は今、民主主義の危機を警告する。

 「政治家が自由貿易体制に疑義を呈さないことが格差拡大、金融危機につながっている」

 間もなく次期米大統領が決まる。世論調査でリードする民主党のバラク・オバマ候補(47)が「初の黒人大統領」になれば、人種・階層間の融和を担う新しいアメリカンドリームの体現者になるかもしれない。

 さて、どんな世界を作るのか。金融危機を教訓に競争原理社会を暮らし・環境配慮型に変えるだろう。単独行動主義から国際協調路線へ外交のかじを切るはずだ……。欧州は米国の変身に期待を寄せる。だが、くれぐれも、予言に楽観は禁物だ。(ブリュッセル支局)




毎日新聞 2008年11月3日 東京朝刊


新リーダーの質を問う=広岩近広

2008-12-01 | Weblog

 いよいよ米国の新大統領が決まる。遠からず次代を担う日米新リーダーの顔がそろう。いずれも多難な船出は必至で、21世紀型の手腕が求められる。

 これまでの米国は戦争と国益を結びつけてきたといえよう。そして日本政府は国際貢献と国益をしきりと口にして、米国に追随してきた。軍事力を背にして、あるいはその傘に入って、国益を求める手法は、もはや通用しない、ピリオドを打つべきである。

 広島平和文化センターのスティーブン・リーパー理事長にインタビューした折、こう語った。「現在の世界のリーダーたちはアメリカを筆頭に戦争文化に浸っている人たちがほとんどです。それでも地球温暖化問題など、お互いの協力がないと解決できない人類の課題が迫ってきているので、リーダーの質が変わってくると信じています」

 日米の新リーダーは、国益を包括した「地球益」を重視すべきで、そこに質が求められる。日米両国で平和運動に携わってきた米国籍のリーパーさんは「戦争文化から平和文化への構築」を説いた。「勝ち負けの競争原理ではなく、みんなが幸せになれるように協力原理を働かせることです」

 平和文化の第一歩は、やはり核軍縮でありたい。さしずめNPT(核拡散防止条約)体制の危機を招いた米印原子力協定を猛省し、インドに加盟を強く要請していくべきだ。そのうえで北朝鮮、パキスタン、イスラエルにも加盟を迫り、核軍縮の協力原理を働かせるのである。日本は、国連総会で毎年のように提出される「核兵器使用禁止決議」にいつまでも棄権してはなるまい。(編集局)




毎日新聞 2008年11月2日 東京朝刊