人物一代記を1年足らずでまとめて「大河ドラマ」はおこがましい。活字の世界には、滔々(とうとう)たる大河がいく筋もある。
中里介山の「大菩薩峠」は1913年から28年にわたって書き続けられ、未完に終わった。92年から始まった塩野七生さんの「ローマ人の物語」は06年、15巻で完結した。
歴史家・鳥居民(とりいたみ)さんのライフワーク「昭和二十年」(草思社)第12巻が今月1日に出た。歴史を変えた1年の政治、社会の動きを、元日から日を追って徹底検証する壮大な計画で、85年の第1巻から23年かけて、ようやく6月までたどりついた。
日米開戦の直前、連合艦隊司令長官、山本五十六は、昭和天皇の弟で海軍軍人だった高松宮を「密使」として、戦争不可を説得させようとした。だが、正規の筋道から外れた工作に天皇が不快を示し、説得は口論の末物別れに終わる。
最高政治補佐役であった内大臣、木戸幸一はなぜ、高松宮を再度呼んで話を聞くよう仲裁しなかったのか。その代わりに、海軍首脳に自信のほど確認すればいい、というおためごかしの助言をしたのはなぜか。「平和主義者」とされた木戸が実は、日米戦争に反対ではなかったせいではないか。鳥居さんが最新刊で示した開戦経緯の解釈だ。
戦争回避に踏み込んだお言葉があれば、は詮(せん)ない歴史の「IF」だが、関係者の日記や著述から、開戦までの不可解な経緯を人と人のつながりを軸に解き明かし、説得力がある。
終戦に向けた軍部や宮中の葛藤(かっとう)がどう読み解かれるか、期待は後を引く。だが、筆の運びは悠揚迫らず、大河の果てはとても見えてこない。(論説室)
毎日新聞 2008年12月6日 大阪朝刊