goo blog サービス終了のお知らせ 

得能大輔の赤い薔薇の日々🌹 Hybrid Popstar "Daisuke Tokunoh" since2005

音楽やアニメ、芸術考察とゴルフの記事など youtube「得能大輔/プリテンダーレコード」

曲と思い出

2005-11-29 | シリーズもの
とくのうです。 

田舎のラジオ番組並の題名しかつけられなくてすみません(笑)

みなさん、昔聴いてた曲とか久しぶりに聴いた時、
その頃の情景や感情を思い出したりしませんか?

その頃の季節の匂いや好きだった人、住んでいた場所、とか・・

僕は凄くそういうの思い出す人なんです。
今日たまたま、浪人時代に聴いていたカセットテープ
(その中には「インペリテリ」の「Stand In Line」というのが入ってた・・・)
を聴いていたらいろんなことを思い出して。

昔は意味も無いのにわくわくしていたなあとか
時間が無尽蔵にあったよなあとか、
浪人時代から発展して、昔のレコード屋に勤めてる時のことや
くだらないことにやきもちを焼いていたこと(これは別の機会に書きますw)
その時の景色、一緒に居た友達、今客観的にみたらくだらないと思う悩み、
そんなことを思い浮かべたりして。


どんな人にもそういうのがあったりすると思うんですよね。
たとえば

「○○って曲聴いたら、振られた時の事思い出した」とか
「△△を聴くと、いつもテスト勉強を思い出す」みたいな・・・

曲というのは、その時聴いた時の思い出と繋がってると思うんですよねー。

それが音楽が持つ魔法の一つだと思ったりします。

そういう、その曲に対するその人にしかもっていない感情
っていうのが皆さんもあると思うんですけど、どうでしょうか?


そう考えると、自分の曲が、もし誰かの思い出と結びついていたり、
その人だけにしか持っていない感情を持ってもらえることがあるとしたら、
どんなに幸せかなあ・・・なんて思ったりして(笑)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自称宅録作曲家 vol4

2005-11-05 | シリーズもの
とくのうです。 

前置き
※1 
まずは告知。明日宮の沢にある「劇団さっぽろ稽古場とんてんかん」
で13時からライブをやります。(僕の出番は15時ころかなあ)
もし希望の方いましたら、今日中にご連絡ください。
バスの送迎ありますので。

※2 
来週の路上ですけど、とりあえず通常通り金曜日
20時から狸小路でやりたいと思ってます。
予定が変わったらまたここに告知しますね。


さて、本文。
忘れた頃にこの連載を書きます(笑)

例の大学のサークル「ロック研究会」にいて、主にコピーバンド
ばかりやっていた中で、僕はどうしてもオリジナル曲を作りたいという
衝動に駆られました。

人が作曲しているのを見て、「自分ならもっといい曲が作れる」
という幼稚な虚栄心みたいなのがあったと思う。
それと、自分の曲をバンドでやれる人に対するジェラシーとかもありました。
そして何より、曲を書いてはじめて音楽をやってると言えるんじゃないかって。

でも、どうやって曲を作るのかわからない(笑)
とりあえずピアノかギターのフレーズと鼻唄をカセットに入れて、
友達とバンドで合わせてみたりしてました。
それはそれは酷い楽曲で、歌詞も意味の通じない英語で、
とても曲とは言えるものではありませんでした。
でもとても楽しかった。

幾つかバンドをやって、スタジオで曲を作っていくという感じで
やって行ったのですが、やはりバンドは難しい事が多くて、
「一人でやらなきゃならない」って思ったんですね。
(バンドの難しさについては、また機会があったら書きます)


ここから引きこもり宅録生活がはじまります!
それが丁度9年ほど前だと思います。

何度も言うように、どうやって音を作ればいいかわからなかった。
とにかくまずは音を幾つも取れる機械が必要とおもって、
カセットの4トラックのMTRを友達から買ったんです。
(写真:今こんなの使ってる人いないよなあ・・・)

この機械は、4つの音を別々に録音して、同時に鳴らすことが出来ます。
したがって、ドラムとギターとベースと歌が自分ひとりでも録音できるのです!
これは自分にとって画期的で、水を得た魚のように
曲を作り始めました。
(とはいっても、ドラムはカシオトーンのリズムパターンに
手打ちでフレーズを加えるような原始的なものでしたが。)

そうして出来た曲はかなり不恰好な物でしたが、
それを何人もの友達に聴かせるのが楽しみでした。

殆どの感想は「○○のパクリ?」とか「歌謡曲みたい」とか
「聴いてて恥ずかしい」とか酷いものでした(笑)
でも、腹が立つどころか、それがとても嬉しかった!
人に自分の曲を聴いてもらって、その人なりの言葉をもらえる事が。

結局僕の作曲のモチベーションって、人に聴いてもらいたいって
所にあるんじゃないかなあと思ってます。

そして、徐々にやり方も変わっていきます。
次回は自分の代表曲「3:25」を作った時のことに触れます。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「自称宅録作曲家」vol.3 

2005-10-17 | シリーズもの
とくのうです。 とりあえず、シリーズの続き。

緊急連載とか言いつつ、2週間くらい
この記事について書くのを放置してました(笑)

そう、大学に行った所からですね。地元を離れて東京に行ったんです。
あの当時は何も追い込まれていなかったので、
今みたいに、それ程切羽詰っていなかったのですが、
でもなんか、とにかくバンドがやりたくって。
それで、その大学に幾つかある音楽サークルの中から、
最も泥臭くて、女性が少なくて、ストイックな感じのところに入ったんです。
その名も「ロック研究会」

ここは全くサークルっぽくなかった(笑)
普通のサークルってもっと軽いノリで、チャラチャラしてる反面、
派閥があったり、規律があったり、閉鎖的だったりする。
ジャンルも決まっていたり、似たものばかりがあつまったり。
でもそこは全然違った。ただ音楽が好きな人が集まっていて、
自由で、ジャンルは殆ど関係なくて。
時代を20年くらい遡ったみたいな人が沢山いて、
文化や時代背景をよく知っている人ばかりいました。
自分なりに「そのアーティストが何故好きなのか」っていう理由を
しっかり持っている人ばかりで(実はこういう人は結構いない)。

僕は当時子供だったから、「洋楽以外の音楽はくだらない」なんて
よくある考え方をしていました。
でも、そこの研究会の方から日本語ロックの素晴らしさや、
音楽の楽しみ方というのを凄く教わったんです。

また、近くに下北沢という街があって、
そこに行くと、当時はやっぱりロックで溢れていて、
やはり20年くらい時代を間違えたような人が沢山夜中あるいてたり、
田舎者だった自分にとって、とても刺激的だったんですね。
(最近の深夜の狸小路の路上なんかは、ちょっとだけ近い雰囲気だけど
その100倍位ロックなんだよね。ロックって死語かも知れんけど)

その研究会の定期的なライブや学祭などあったり、
そんな中で100くらいのコピーバンドをやったりして。
最初は楽器が何も弾けなくて「お前なにも楽器できないじゃん」って
年下の先輩に言われて、目茶目茶悔しくて、
いろいろな楽器を練習したり。当時は無限に時間があったから、
本当によく練習したなあ(笑)
パフォーマンスなんかも凄く研究した、目立ちたくて(笑)

そんな中で、後輩達が次々とオリジナル曲を作っているのをみて、
「自分も何かできるだろう」って思ったりして、
曲を作り始めたんですね。

次回からようやく作曲の話ができます!
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自称宅録作曲家 2

2005-09-29 | シリーズもの
題名が偉そうで、失敗したなあって思ってます(笑)
ただの宅録愛好家なだけだとわかっているのですが・・・


この話をするには、自分の歌いたい気持ちの始まりまで
遡らなければならないかもしれません。
あまりHPとか無いので、プロフィールもないのでここで
書いてみたいかなあと思います。

僕は自分のルーツが何処にあるのかちょっと振り返ってみると
子供の頃にやっていた歌謡番組「ザ・ベストテン」にいくと思うのです。
そこで毎週唄われていたヒット曲を楽しみにして見ていました。
また、頼まれもしないのに人前で歌うことが好きで(笑)
幼稚園の卒業式で細川たかしの「心のこり」(私馬鹿よね~って歌いだし)という曲を
勝手に唄ってて、先生に怒られたり(笑)

中学生になってバンドというものに興味を持ち始めました。
当時のバンドはちょっと子供が背伸びしてやっているものというか、
スタジオに行ったら、恐そうな兄ちゃんがいたり、
何か粋がるための道具だったのかもしれない。
なんかそれがカッコよく感じたのかもしれません。
自分はただのイケてない、糞真面目な中学生だったんですが。
本当は僕は歌いたかったんですが、キーボードをやらされて。
色んな注文ばかりつけられて、割に合わないなっておもったり。

高校に入ると世の中はバンドブーム。猫も杓子もコピーバンドの嵐でした。
でも僕のバンドは卒業ライブに出れなくって。
そんなに真面目にやっていたわけではないのですが、
どうしても不完全燃焼な気持ちが残ってしまいました。

このあたりが、自分に「歌いたい」って欲求を強く根付かせたんでしょうね。
歌いたいのに歌う環境がなくって。
カラオケとかでは満足できなくて。

落ち込んだり、何かに衝撃を受けたりする度に 
音楽を聴きながら、鏡に向かって歌ってみたり、
振りをつけてみたりしていました。

そんな中、大学の音楽サークルに入ったんですね。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【緊急連載】自称宅録作曲家 1

2005-09-28 | シリーズもの
とくのうです。 おはようございます。

ここ暫くずーっと曲を作ってなかったのですが、
最近になってまた作り始めてます。
ふと思ったので、自分と宅録について書きたいなって思いました。

僕はよく、人に自分のことを説明する時「自称宅録ミュージシャン」
と言っているのですが、宅録とは自宅録音の略と思われます。

この宅録が結構必死な作業で大変。
どんな人でも曲をギターやピアノ弾き語りまで持っていくことは
それ程難しくないと思うのです。
そして、多くの人はその弾き語りの曲をそのまま発表するか、
あるいはバンドでアレンジして演奏するか。

しかしながら、人と同じ形が嫌いで、バンドをやる仲間もなく、
その上とても自意識過剰な僕は(なんか最低な人間っぽい・・・笑)
どうしてもしっかりとした形を自分ひとりでしたいと思い
宅録をはじめたんですね。これがなかなかしんどい。

時間がないのでまた帰ってきてから書きますね~

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の愛するラジカセについて その1

2005-09-24 | シリーズもの
とくのうです。 暫く更新できなくてすみませんでした!

実は久々に作曲してて、ちょっと没頭しすぎました。
今日は(9/24)一応路上をやる予定です。
狸小路2か3丁目で20:00~始めようかと思ってます。

さてそれは置いておいて、今日は僕のラジカセを紹介します。
僕は路上でもライブハウスでもラジカセを使用してます。
まあこれには、いろいろ理由があるのですが。(長くなるからまたの機会に)

それで、今うちには4つのラジカセがあって、
使用用途で分けて使ってます。
4台全部説明すると長くなるから、今日は一つだけ。

この写真の赤いラジカセ。
これはとても古いんですよ。
僕が中学生の頃父親に買ってもらった物です。
だから、もう20年は経ちますね。
(ちなみにその日丁度、メキシコW杯アジア予選で日本対北朝鮮が
あったために、国立で日本が勝った記憶がとても鮮明に残ってるのです)

このラジカセで、今は死語となったFMラジオのエアチェクもしました。
現在のように、何でもかんでもCD化されてなかったから、
貴重な音源も沢山ラジオから溢れてました。
番組表を見て、何の曲がかかるのかチェックして、録音したり。
何でもCDになってる今の若い人は、本当に恵まれてると思います。

あ、何か年寄りの昔話が長くなりました(笑)

実はこのラジカセは作曲に使っています。
このラジカセに出逢わなかったら僕は曲は作れなかったと思います。
このラジカセはマイク内臓で、録音ボタンを押すとそのまま音が録音されます。
僕のやり方ははっきり言って、作曲とは呼べないと思うんですが、
ギターやピアノ、時にはアカペラの鼻唄のみを録音して、
作曲のネタにしています。
フレーズが思いついたとき、いつでもすぐに録音できるように
このラジカセがあるのです。

この鼻唄フレーズの入ったテープはもう、数え切れない本数あり、
今年だけでも120分テープ2,3本あると思います。
結局10曲分以上フレーズを入れても、実際に採用するのは
1曲くらいなんですけど、そのときにこのラジカセが力を発揮します。

その鼻唄のフレーズを膨らませて、曲の形にしていくやり方が
僕の作曲のペースでした。
(最近は鍵盤にむかったり、譜面やコード譜をかいたり、
作曲らしき物になってきた)

こういうマイク内臓のラジカセは、今殆ど見なくなってしまいました。
僕の鼻唄の録音の役割も、今はMDに移りつつありますが、
でも、この手軽さは本当に貴重です。
僕の大切な宝物です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

★私の愛するアイテム★ vol.1

2005-01-22 | シリーズもの
こんにちは! 今日も大雪ですね。

ただBLOGに独り言を書いてもつまらないと思いまして、
いろいろコーナーというか、書き込みのジャンルを作りたいと思いました。
そこで、まず自分の持ってる愛用品と
それにまつわるエピソードや考えを少しずつ紹介する
「私の愛するアイテム」というのを設けました。

まず、第一弾は路上を始めるきっかけとなった、
僕の愛用ギターの紹介です。
このギターはGIBSONの「WORKINGMAN 45」(写真)というアコギです。

僕は元々「路上で演奏するなんで、恥ずかしくてありえない!」
と思っていたのですが、実際、ライブもやるわけでなく、
自分の曲を人に聴かせる機会もないまま、何年間も
ただ家の中で作曲していました。要するに引きこもりです(笑)

そんな事では埒があかないと思い、一人でも多くの人に
自分の曲を聴いてもらえる方法はないのかなあ、と思い
その結果「路上でやるしかない」と考えていました。
本当に、何かきっかけが欲しいと思って、自分を追い詰めていました。

そんな折にある道外の友人が「ギブソンのギターやすく売ってるから・・・」
って薦めてくれて、入手しました。
このギターは比較的高価なギブソンのギターの中で最も安いのですが、
でも、弾いてるうちに物凄く愛着がわいてきました。
(それでも、「狸小路の中で一番良いギター持ってる人だね」
って何人かに言われた事があります)

僕の楽曲はフォークでもなく、全く路上に合わない物ですが
でも、このギターと一体化することによって、なんだか訳のわからない
わくわくした気持ちになることが出来ます。
もう、めちゃめちゃ弾きまくって、すでに傷だらけになってます。

でも、その傷が増えるたびにこのギターとの絆が深くなってる感じがします!

現在は真冬の氷点下の中の路上になってしまったので、
このギターが可哀相なので冬眠させて、第2号のエピフォンのギターに譲ってますが
ライブなどでギターを弾く機会があれば、またこのギブソンを持って行きたいです。

それにしても、もっと裕福だったらもっともっと楽器が欲しいです・・・

PS しつこいですが、1月27日のイベントよろしくね(笑)
  (at BRIGE PM7:15~ 500) 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする