2、修正された寿命式の導出
さて今度はホーキング放射が起きる場所をホライズンから上方に1プランク長だけ上げた場合の寿命式を、前のページの手順にならって導出します。
ホーキング温度Tは
T=1/(8*(pi)*M)ではなくて
T1=M/(2*pi*(2M+1)^2) に変わります。
これは前のページで導出済みの式からの引用です。
Stefan-Boltzmann の法則より温度 T,半径 r の物体が単位時間あたりに放つエネルギー E は
E=((pi)^2*T^4)/(60)*(4*(pi)*r^2)
Schwarzchild ブラックホールの半径 r は
r=2GM/C^2=2M
および,温度 T は
T=1/(8*(pi)*M) ->T1=M/(2*pi*(2M+1)^2)に変更
但しホライズン上空に1プランク長、仮想粒子の発生場所を上げたのでBHの半径がそのまま黒体放射球の半径とはならず、1プランク長だけ大きくなります。
したがってrは
r=2M+1
これを代入して
E=((pi)^2*T^4)/(60)*(4*(pi)*r^2)
=((pi)^2*((M/(2*pi*(2M+1)^2))^4)/(60)*(4*(pi)*(2M+1)^2)
ウルフラムで簡約すると
(pi)^2*(M/(2*pi*(2M+1)^2))^4)/(60)*(4*(pi)*(2M+1)^2)
実行アドレス
答えは
M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6)
グラフで状況を確認します。
y=M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6) の0<M<4,0<y<0.000002 プロット
実行アドレス
放出エネルギーは1プランク質量あたりまでは増加しますがその後は減少します。
そうして0.1プランク質量を切ったあたりからほぼゼロになってしまいます。
一応極大値も求めておきます。
y=M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6) の極大値
実行アドレス
M=1で1/(174960*pi) だそうです。
ちなみに通常の寿命式ではM=0で無限大に発散していましたが、こちらのケースではM=0でゼロになります。
その状況を示すグラフを追記に示します。(追記参照)
それで寿命式の導出に戻ると、ブラックホールが単位時間あたりに放つエネルギーを質量の欠損によるものとして
E=M*C^2 より
dE=dM*C^2
C=1 なので
dE=dM
通説の導出手順に従って単位時間当たり(=1プランク秒あたり)のBHの質量減少率は
-dM/dt=E
=1/(15360*M^2*(pi))ー> M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6)に変更
変数分離をすると
-(240*(pi)*(2*M+1)^6)/M^4dM=dt
左辺をウルフラムで積分すると
-(240*(pi)*(2*M+1)^6)/M^4 の積分
実行アドレス
とても長い式が解なので、式が必要な方はウルフラム出力から引用してください。
まあこれで一応、新しい寿命式が求まりました。
しかし見通しが悪い式です。
こんな式で寿命が計算できるのでしょうか?
そこで前のページで確認しておいた方法が役立ちます。
被積分関数を定積分すればそれが寿命を与える、というものでした。
やってみましょう。
(240*(pi)*(2*M+1)^6)/M^4 の0から3まで積分
実行アドレス
答えは「積分は収束しません」です。
出力されたグラフを見ると分かりますが、BHの質量が1プランク質量を切ったあたりからカーブが上昇に転じています。
そうしてそのカーブは発散している模様で、従って積分は発散している、つまり答えは無限大なのです。
それは言い換えますと「BHの質量が1プランク質量を切った後のBHの寿命は無限」つまり「BHは消滅しない」とこの積分結果は教えているのです。
対比の為に以下に通説での寿命式の積分結果を示しておきます。
(15360*M^2*(pi)) の0から3まで積分
実行アドレス
「積分の視覚的表現」があるので積分対象の関数と積分の状況が良く分かります。
それでグラフで青く色付された部分の面積が「3プランク質量のBHが消滅するまでの寿命」を表します。
そうして答えは434294プランク秒(但し「表示桁数を増やす」をポチります。)
3、通説の寿命式と修正された寿命式で1~3プランク質量での積分結果の比較(3プランク質量から1プランク質量にまで減少するのに必要な時間の比較)
通説の場合
(15360*M^2*(pi)) の1から3まで積分
実行アドレス
答えは 418209プランク秒
修正された寿命式の場合
(240*(pi)*(2*M+1)^6)/M^4 の1から3まで積分
実行アドレス
答えは 1526135プランク秒
ざっと3.65≒3.7倍ほど修正された寿命式の方が寿命が延びています。
そうして問題は1プランク質量を切った後です。
通説では16085プランク秒でBHの質量はゼロになりますが、修正された寿命式ではそこからBHの寿命は無限になります。
ちなみに、ここで注意すべきは「以上の結果は通説の寿命式がホライズン上でホーキング温度を計算しているのに対して、単にホーキング温度の計算場所を1プランク長だけホライズンから上に持ち上げただけで、あとは何も変更していない」という所にあります。
にもかかわらずBHの寿命はホーキング温度の計算場所を1プランク長持ち上げただけで無限になるのです。
4、通説の寿命式についての考察
ここまでの議論によって通説の寿命式は以下の前提に立っている事が判明しました。
・素粒子の大きさはゼロである。(対生成した仮想粒子に大きさはない。)従ってホライズン面上を仮想粒子の発生ポイントとして指定できる。
・発生した仮想粒子は大きさがゼロである為に、どれほどBHが小さくなってもそのBHに仮想粒子は100%の確率で飛び込むことができる。(つまり、消滅寸前のBHがどれほど小さくてもそれはBHとして存在し、そこに仮想粒子が飛び込む事でホーキング放射が発生する。)
・BHはホーキング放射を出しても運動しない。(BHはホーキング放射を出す事による運動量をもたない。したがって運動エネルギーを考慮しない非相対論的エネルギー保存則だけを考慮すればよい。)
以上の前提に立つ事によって通説では「BHはホーキング放射を出す事で最後は爆発して消え去る」という結論に至っています。
しかしながら実際には上の3つの前提はプランクスケール以降のBHと仮想粒子についての物理的な状況を正しくとらえたものとはいえません。
そうであれば「通説の寿命式はプランクスケール以降のBHとホーキング放射の状況を無視した近似式である」と言えます。(注1)
注1:実は通説の寿命式はもう一つ無視できない暗黙の前提を持っています。
それは「BHが最後の瞬間にホーキング放射を出す事でマイナスエネルギーにジャンプする事なく質量をゼロに出来る」と「妥当な理由を示すことなく想定している事」です。
それで、その事については次のページで詳細に検討する事と致しましょう。
追記:通説と修正された寿命式でのエネルギー放出カーブの比較
y=M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6),y=1/(15360*M^2*(pi)) の0<M<6,0<y<0.000006 プロット
実行アドレス
赤が通説の寿命式、青が修正された寿命式のカーブです。
赤は原点に向かって発散していきますが青は1プランク質量でピークとなります。
そうして目視では3.5プランク質量あたりで修正式は通説のほぼ2分の1にまでエネルギー放出が抑えられています。
修正された寿命式で計算した場合にBHの寿命が無限になるのは、ホーキング放射として認識される前の状態、それは仮想粒子の状態なのですが、その時のエネルギーが仮想粒子の対生成が起きる位置をホライズン上空に1プランク長上げた事によって生じるホーキング温度の低下によって仮想粒子の持つエネルギーそのものが低下した事に起因しています。
つまり「修正された寿命式の本質は通説の寿命式に対して発生する仮想粒子のエネルギーを制限している所にある」と言えます。
次は20プランク質量あたりでの2つの寿命式の比較です。
y=M^4/(240*(pi)*(2*M+1)^6),y=1/(15360*M^2*(pi)) の19<M<21,0<y<0.00000006 プロット
実行アドレス
20プランク質量では通説式に対して修正式はほぼ85%程度のエネルギー放出になっています。
たかだか1プランク長、ホーキング温度の計算地点をホライズン上空に持ち上げただけですが、その影響は20プランク質量、ホライズン直径では80プランク長になるのですが、そこでさえ無視できない影響をホーキング放射に及ぼしています。
ちなみにこの結果は「その5-2・ブラックホールの寿命計算」で示した温度による比較計算のグラフによる再確認にもなっています。