告知の日からのガン日記(上咽頭がんー丸山ワクチン日記)

08年7月の告知。5年生存率60%の標準治療を断わる。丸山ワクチンを決断。団塊世代、男性。試行錯誤の過程をリアルタイムで

メディカル・オンコロジスト

2009年01月31日 | Weblog
鼻の奥に出来たガンだから耳鼻科で治療する。しかし、耳鼻科ではガンの患者より、花粉症や中耳炎の患者さんのほうが圧倒的に多いだろう。命にかかわるガンという病気に対して、耳鼻咽喉科の医師はどれだけガンに関する、そしてがん治療に関しての最新の情報を知っているのか疑問です。

ガンに対しては、抗がん剤が使われることが一般的。抗がん剤の多くは発癌物質でもある取り扱いが極めて難しい薬。抗がん剤でガンを治療するのであれば、熟知している医師にお願いしたいものだ。メディカル・オンコロジストという人がいる。腫瘍内科医と約される。アメリカでは抗がん剤治療はこの抗がん剤のスペシャリストがあたるようだ。

近藤誠医師によると、この人たちに治療を受けるのも、患者にとって逆に悲惨な状況にもなりかねないというという。メディカル・オンコロジストは抗がん剤へのこだわりは半端ではない。患者はよく説明を受け、自分で選択、決定したように思っても、知らず知らずのうちに抗がん剤治療のほうに誘導されているだけ、ということになりがちだと、他の医師たちをそれとなく洗脳しようとするし、患者にはもちろん治療を勧めるという。

丸山ワクチンを選択するにあたって

2009年01月30日 | Weblog
このブログはガンと判明した時から書いている。7ヶ月後の今日、働くことができ、元気に暮らしていることを予想していたわけではない。 ガンの初期段階から丸山ワクチンを使うガン患者は少ない。それは、医師が使ってくれる状況にないからだが、幸いにして、私は治験を受けることが出来ていた。

この死を覚悟しての体験が、案外に終わっていたかも知れない。そうすれば、このブログは、丸山ワクチンの評価を下げることにもなっていただろう。 これからも、正確なところを記してみたい。そして、それを大勢の人に知っていただきたいと思っている。

もし、あなたがガンにかかったら、まず間違いなく、抗がん剤治療をされるでしょう。なぜなら、日本では、老若男女を問わず、どの部位にできたガンでも、早期だろうと末期だろうと、なんらかの抗がん剤治療がおこなわれるのが普通だからです。しかし、このようなことは、日本だけ の現象なのです。 実は抗がん剤治療は、受けて得するか、逆に損して命を縮めるか、どっちたかしかない危険な賭けです。(中略) 信頼している医師に勧められたら、判断の基準も分らないので、受けたほうがいいかな、と思ってしまうでしょう。専門家や家庭医学書、マスコミの流す情報も、ほとんどすべてが抗がん剤の可能性に期待を抱かせるものばかりです。しかし、あなたの直感は、たいていの場合、正しいのです。
たとえば「抗がん剤が効きますよ」と聞いたら、皆さんは「それで治る」と受け取るのが自然でしょう。しかし多くの場合、単にしこりが縮小するだけで、医師は「治る」とはまったく思ってもいないのです。医師が「延命」と言った場合は、まず治らない、5年やそれ以上の長期生存は望めない、と理解するほうが間違いが少ないのです。(新・抗がん剤の副作用がわかる本のはしがきより)

抗がん剤での治療は最後にとっておくという、選択肢はあってよいと思っていた。丸山ワクチンの効果が認められないと自分でも感じた段階で違う治療法を選択するつもりもあった。その日のために、せっせと図書館に通って、知識を蓄えている。

告知から7ヶ月後の診察日

2009年01月29日 | Weblog
昨日、近くにある総合病院の耳鼻科に診察に行ってきた。5年死亡率が40%という標準治療の提示を断った。死ぬつもりですか、という医師からの問いかけが耳に残っている。実際、心の中を見透かされた気がした。丸山ワクチン単独で治療してもらいたいとの希望は、医師としての倫理に違反しているという?理由で、あっさり治験に応じてもらえなかったところです。今回の診察結果は・・・

「大きくはなっていないね」
「悪性腫瘍だけど、増殖のスピードが極めて遅いようだ」
感情は読み取れない。

近藤誠医師は著書「新・抗がん剤の副作用のわかる本」のなかで・・・抗がん剤を避ける道、それは医師に心の交流を求めることです。心のふれあいとまでいかなくても、会話を求めましょう。できるだけ会話をして、人格の持ち主がここにいるのだということを、医師にアピールしなければなりません・・・とあります。今まで100例ほどの咽頭部のガン患者さんがこの病院に訪れたという、標準治療を断ったのは、医師にとって私が初めてのようだ。


「小さくはなっていない。でも」
「真ん中がへこんでいて容積は減っているように見える」
帰り際に言われた言葉。明日に希望をつなぐ言葉。でも励ましの言葉はない。


日本生まれの抗がん剤・塩酸イリノテカン

2009年01月28日 | Weblog
平成6年1月に製造承認された。もともとは1960年代後半にアメリカ国立がん研究所において開発され、臨床試験がおこなわれ、強い骨髄機能抑制と出血性膀胱炎などの毒性発現などで開発を途中で断念した薬だという。

日本でも高い効果を示すデータと高頻度の副作用、高い死亡率が認められた。臨床試験では30%近い奏効率を示した。奏効率とは腫瘍が一ヶ月以上にわたって縮小や消失したりする割合を示す。治る割合とは関連しない。そして高い副作用も認められた。治験においても白血球減少につながる骨髄抑制、下痢によって死に至る例が多く見られた。1245例中55例(4.4%) 約23人に1人の割合で副作用死というが高いのか低いのか。臨床試験の中心となった田口鉄男・大阪大学名誉教授は「ほかの抗がん剤でもその程度はあり、世界的にも容認されている頻度だ」と言い切ったという。 

治療法がなく、危険を承知で切れ味の鋭い新薬に望みを託す人は多いかもしれない。認可した厚生省の見解は「開発当初は薬の作用がよく分っていないから、重い副作用の頻度が高かったが、臨床試験の経験を踏まえて副作用を抑えることが可能だと審議会は判断した。実際、市販後の副作用死は1500人中9人(0.6%)とかなり減少した」だった。

臨床試験をおこなうにあたり、患者さんの同意をどのような形でとったのだろうか。臨床試験を受け入れる患者の気持ちをあれこれ想像してしまった。せめて、ガンの患者としては、副作用死は、ぽっくりいくものであってほしいと思う。

アンパンマンは不死身だ

2009年01月27日 | Weblog
漫画、アンパンマンの生みの親 やなせたかしさんの夫人は 癌で亡くなられた。最初に癌が分ったのは、1988年12 月のことでした。即入院、そして手術。 手術のあと医師の説明を受けた。「お気の毒ですが、奥様の生命は長くて後3ヶ月です。癌が全身に転移しています。これは既に第4期の終わりで、第1期ならば完治したと思いますが、もう手の施しようがありません」

やなせたかしさんは千駄木の日本医科大学にでかけた。丸山ワクチンにかけてみることにしたのだ。「そんなもの効きませんよ」という医師に頼み込んで打ち始めたという。ところが驚くべきことが起きました。カミさんの血色が良くなり、どんどん太って体重が50キロを超えてしまったのです。余命3ヶ月はあっと間に通過して元気一杯。奇跡というのはあるもんだ、と喜んだ。 担当医師は「いやぁ、抗がん剤がよく効きました~」と言ったという。

その後、1993年11月13日、妻ののぶさん、容態急変して大貧血、緊急入院、直ちに輸血開始。11月15日ワラにもすがりつきたくなり頼み込んで、もう一度丸山ワクチンを開始。顔色がよくなり、少し元気になった。11月18日、医師から絶望と最後通告される。11月22日、朝から意識不明になる。前夜はとても明るく元気になり、その時ちょうどテレビにやなせたかしさんが出演しており、テレビを見て大喜びしていたらしい。心拍停止は午後の4時。享年75。本人の意思を尊重し、身内だけで密葬し、3ヶ月間は誰にも秘密にしたという。

余命3ヶ月と宣告され、丸山ワクチンのおかげでほぼ治癒したのにもかかわらず、医師の言葉に惑わされて丸山ワクチンを中断した。抗がん剤の副作用もあったという。それでも、手術から5年間、生命を保ち続けた。丸山ワクチンについては里中満智子さんに進められたという。 2004年6月の 「この道」という東京新聞夕刊の記事から抜粋した。

パパは死に方もうまかった

2009年01月25日 | Weblog
この言葉は、「医者が癌にかかったとき」という本のなかに紹介されているフレーズ。死んだ後はぜひこう言われてみたい。 パパは死に方だけはうまかった、はいまいち。下手な死に方だった、というのだけは避けたいものだ。

著者の竹中文良医師は、昭和6年和歌山県に生まれ、日本医科大学を卒業した外科医だ。大腸がんに侵された。その後、ガン患者のサポートをおこなうNPO法人、 「ジャパン・ウェルネス」を立ち上げた。私もガンが判明してすぐに加入したことは以前のブログに記したところです。その本の中の文面から紹介する。

甲状腺に小さな癌を見つけた場合、発見から2~3週間じっと診ていると予後の見当がつく。その間に急速に大きくなった腫瘍は、どんなに大きく切除しても、何をやっても予後は非常に悪い。一方、同じ甲状腺癌でも2~3週間の間に大きくならない癌は、きちんと切除すれば完全に治る。どうやら、われわれ外科医が治したと思っているのは、治る癌を治しているのであって、治らない癌はどうやってもダメかもしれない。

医師は患者から何かをまなび成長する。名医を育てる患者でありたいとも思う。

医者からの危ない言葉

2009年01月24日 | Weblog
近藤誠医師の著書「新・抗がん剤の副作用がわかる本」を読んで・・・

「ガンと一緒に戦いましょう」
戦うということは、苦しむということを意味する。がん患者だけがです。
「最善を尽くしたい」
だが最善が明るい結果を示してくれるというわけはない。
「何かやったほうがいい」
あとで後悔することになる。といわれるとお願いしますという気持ちになる。
「念のためにやっておこう」
しこりは縮小した。患者は弱った。しこりは消えた。しかし患者は死んだ。
「しこりが小さくなる人がいる」
しこりが小さくならない人もいる。副作用だけは全員がうけることになる。
「点滴しましょう」
点滴するのは多分抗がん剤です。痛み止めのモルヒネと一緒に点滴される。
「再発予防のために飲もう」
再発予防という考え方自体かナンセンス。不安におびえるのは同じこと。
「今までのことが水の泡になる」
すでに治っていれば、これからもガンは発生しない。水の泡は何のこと。
「急に抗がん剤を止めると危ない」
善は急げ。急に止めた事で、どんな影響があるのでしょうか。
「飲まないのだったら、もう病院に来なくていい」
医師にとって、救うことではなく治療することが職業です。
「新しい薬があります」
これは、まず実験台だと思わなければいけません。治験薬の場合もある。

5年生存率が60%・・・40%の割合で5年は生きれないという標準治療を示した耳鼻科の医師は、はたして、これまで私と同じようなガンの患者を最後まで見てきたことがあるのだろうかという疑問がずっとあった。それを聞くのは失礼だと思っていた。医師を信頼しなければ治療を受けるということが出来ない。ガンが転移をしたときには、違う科での診察になる。再発したときでも「がんセンター」での治療を勧められるかもしれない。近藤誠医師はこうとも言っている。間違っても、再発した後に医師を変えて、のこのこと「がんセンター」などに行ってはなりません。それまでの交流もないので、被験者にされることはまず確実です。治験医たちの本音中の本音は、おそらく「どうせ死んじゃうんだから」ではないでしょうか。

うつは突然やってくる

2009年01月23日 | Weblog
これから先に、ガン保険には加入できない。毎年更新していた所得保障保険も今年から取りやめた。除外する項目にがんを付け加えなくてならないからだ。昨年ガンの宣告を受けて入院して治療を受けておれば、寝ているだけで毎月50万円の保険金が入っていた。 もっともガンの治療費にそれぐらいの金額がかかるようなので、どちらが得だったかはわからない。

さらに、もうすぐ60歳の誕生日を迎える。 還暦というお祝いの節目になる。そして、その日をもって生命保険も切れる。当然保険料の支払いもなくなる。 これから先は、自分の健康は自分で守るという意識がさらに必要になってくる。 不健康な部分はさらに改めなければならない。食べ過ぎること。 酒を飲みすぎること。 パソコンの前に座り続けること。

先日には国民年金の確認書が届いた。65歳から支給される年金、60歳からでも受け取ることが出来るとも書かれてあった。さてさてこれも思案のしどころだ。 とりあえず、毎年の支払いが減ってよかったが・・・ちょっと鬱になってきた。

乳ガンと戦う女医

2009年01月22日 | Weblog
乳がんからはじまって体のあちこちに転移したガンを抗がん剤で治療を受けながら、耳鼻科医として今も働いているという小倉恒子医師のブログは以前に紹介したことがある。そのブログをさかのぼって拝見したところ、丸山ワクチンをはじめとする免疫療法について書かれたところがあるので転記させていただく。末尾には、丸山ワクチンはお勧めの治療法だとある。丸山ワクチンはまったく副作用がないので、ずっと続けることが出来る。ピシバ二―ルについては一定の効果が認められた症例がある。しかし、記述によるとピシバ二―ルの場合でも、ガンに対する保険適応では、化学療法と併用しなければならなかったようだ。これでは効果も半減するだろうと思う。


私が医師になった頃,約30年前には、耳鼻科で、ちょっとブームになったのが、頭頚部腫瘍(下咽頭癌,上咽頭癌、進行した喉頭癌など)に、ピシバニールの皮下注をすることだった。化学療法との併用で、保険適応があった。私の、受持ちの患者さんにも、使用したが、発熱と注射部位の痛み、と腫れがひどく、時に皮膚が崩れて、ある患者さんには、抗がん剤の方がまだまし、といわれてしまった。ピシバニールは,抗悪性腫瘍溶連菌製剤で、その後新聞に、ショックで死亡例などと,発表されたこともあるが、いまでも使われている。

私が,手術をうけた頃、乳がんは、免疫能はさがらないとされていた。しかし,私は、抗がん剤で、ひどく骨髄抑制がきたらしく、クレスチンという免疫を高める内服薬を処方してもらっていた。これは高かった。後に効果が怪しいということで,影をひそめてしまった。

私は、予後不良といわれていたので、それなら、なるべく無病期間(再発までの時間)を最大限遠くしたいと、ピシバニールにかけることにした。薄いものから打っていって、最高に濃いものを、週2回,10年間打ち続けた。発熱や、局所の腫れが、ひどかったこともあったが、相当予後が悪い癌で、再発は免れないとしたら、再発を遅らせてくれたのは、ピシバニールのお蔭かな?ともおもっているが、確証はない。

そして、再発後、放射線治療、抗がん剤治療が終わった時点で、考えたのが,免疫細胞療法(活性化自己リンパ球療法)だった。私は、この治療を3クールしたが、結局,白血球は、3000代以上上がらなかった。腫瘍マーカーも下がらなかった。さい再発もむかえてしまった。後学のために、料金は、1クール(6回)で138万円、1回の処置が5万円、だからトータル168万円、3クールだから、504万円だ。

リーズナブルな免疫強化剤を、お勧めしたい。今、私が、試しているのは、かの,丸山博士がてがけた、丸山ワクチンです。昨年、11月から、タキソテール・ウィークリーを始めた時、下痢がひどかった。その1ヶ月後から始めたが、問診の先生が、抗がん剤のように直接癌に働くことはないけれど、副作用の緩和、骨髄抑制も少なくなると、おっしゃった。そのとおり、その後おなかの調子もよくなり、白血球も下がることなく、また貧血が改善されもした。お蔭で、打ち続けることができたのだ。丸山ワクチンは,結核菌熱水抽出物で、丸山先生は、結核患者に癌が少ないということに、着目し研究をすすめて,作ったのだ。確かに、免疫が下がる悪性リンパ腫の患者さんに、ツベルクリン反応をすると、でないのだ。なぜか、私は、いまきにいっている。値段は1ヶ月、9000円くらいです。しかしあくまでも,補助的なおくすりと考えてください。