おやじのつぶやき

不動産会社を経営する今年53歳のおやじが日本国を憂い仕事・趣味・健康などをテーマに日々つぶやきます・・・・

台日に絆 八田與一の功績 台北駐日経済文化代表・処馮寄台代表

2011-12-03 | 憂国

良いことも悪いことも「歴史の真実」を知ることは大変重要なことです。
良いことは決して語らず、悪いことはでっち上げても語るような国は信頼などできませんね。

産経新聞20111203

 私が初めて八田與一の名を聞いたのは、4年あまり前だ。私は当時、台湾の総統候補だった馬英九氏の国際事務顧問を務めていたが、馬氏は日本からの来客に、いつも八田與一の台湾での功績を語っていた。

 八田與一が築いた烏山頭ダムは当時、アジアで最大、世界でも第3位の規模を誇った。八田はフィリピンに向かう途中の船上で米軍の攻撃により亡くなった。外代樹(とよき)夫人は戦後子供たちを日本へ帰すと、夫が心血を注いだ烏山頭ダムに身を投げ、後に八田夫妻はダムのそばに合葬された。この美しく切ない物語は、最近になってようやく多くの台湾人に知られるところとなった。

 戒厳令時代のタブーにより、かつて台湾の教科書では八田與一の功績について記されていなかった。そのため、私を含む多くの台湾人はそれを知らずにいた。

 駐日代表として日本へ派遣される前、私は馬総統の指示で烏山頭ダムを見学し、この水利事業に感服した。その時、地元の農家の方々は私に「毎年5月8日の八田先生の命日に有志による追悼活動が行われている」と話してくれた。その言葉からは、八田與一への感謝と懐かしむ気持ちがひしひしと伝わってきた。

 今年の5月8日、馬総統の4年前の公約通り、台湾の財政支出で建設した「八田與一記念公園」が開園した。この記念公園には八田與一の銅像と記念館があり、復元された宿舎には出身地の石川県民から寄せられた当時の家具も展示。公園はすでに台湾南部の観光名所となっている。

 馬総統は、開園式のあいさつで、「烏山頭ダムのおかげで嘉南平原は台湾の穀倉地帯となった。日本統治時代に台湾の米の多くは日本へ運ばれたが、台湾の中華民国復帰後、その恩恵は台湾にもたらされている。八田技師は『衆生平等』の強い信念を貫き、台湾人、日本人とも対等に向き合っていた。われわれも台湾に極めて大きな貢献を果たしたこの日本の友人を台湾人と同じように扱うべきなのである」と述べ、日本統治時代の愛憎半ばする歴史について、史実を尊び、事実のみを重んじつつ、八田與一の生前の貢献を評価した。

 いま八田與一は、台湾で著名かつ尊敬される日本人であり、台日間をつなぐ重要な「絆」である。来年の5月8日は八田與一の70回目の命日だ。日本の方々が台湾を訪問される際は、「八田與一記念公園」をぜひ訪ねていただきたい。

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創風社出版
小学館版学習まんが 八田與一
許 光輝
小学館
植民地台湾を語るということ―八田與一の「物語」を読み解く (ブックレット〈アジアを学ぼう〉 1) (ブックレット アジアを学ぼう)
胎中 千鶴
風響社

 


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