十日目
がら、がら、がら……と。
霊(たま)に意識を落としていた私は、玄関の戸が開くのを目の当たりにした。
そこにいたのは……
――疫幽儚(えきゆらはかな)!!
どう見ても、疫幽儚だった。
質素な白い服に、長い黒髪。透けるような青白い肌に、細長い手足。
白い靴を脱いで家に上がり、ゆったりとした足どりで歩いてゆく。
ゆらゆらと、どこか危なっかしい動きだった。
死体が見つ . . . 本文を読む
好男(すきお)の場合
今度は儚の父、好男の意識に入り込み、あの時のことを思い出してみた。
私の力では過去を十日までの範囲で遡(さかのぼ)って見ることができるのだ。
いつもの時間になっても、貞子の「夕飯の支度ができましたよ、ご飯にしましょう」の声がなかった。
不思議に思い台所に行くと、料理はちゃんとできていた。あとは盛り付けるだけ、といったところだ。
そういえばさっき、呼び鈴 . . . 本文を読む
最初の記憶
気がつくと、ここにいた。
ここ……どこ?
知らない。
ただ、暗かった。
夜……? ではない。
だんだんと、闇が揺らいでゆく。
最初に見たのは、そう。
死体だった。
眼前。
目の前に、青白く美しい少女が倒れていた。
質素な服装の、黒い髪の女の子。長い黒が、無造作に乱れていた。
「はかな!」
疫幽(えきゆら)貞子が言った。
そう。少女の名前は、
― . . . 本文を読む
貞子の場合
リンリンとベルが鳴った。
貞子が昨日電話で話していた相手だろう。
では、貞子に意識をもっていこう。
よいしょっと。
…………。
「あぁ、健介くんだわ」
そう言って、貞子は長い黒髪を前に垂らしてから玄関に向かった。
ほとんど前が見えない。
が。それが来客を出迎える時の基本スタイルだった。
なぜなら彼女は人と目を合わすことが極端にニガテだったからだ。
廊下で . . . 本文を読む
霊(たま)の場合
霊に意識を移した時、言いようのない雰囲気に呑(の)まれることになる。
それでは、よいしょっと。
…………。
家の中、人間で言うところの静寂の中にあって、しかし色々な音が聞こえてくるし、様々な匂いも立ち込めている。
空気感、とでも言えばいいのだろうか。たくさんの音と匂いはないまぜとなり、一つの世界を構築している。
振り子のついた大きな柱時計の秒針が、金切り声 . . . 本文を読む
--めくるめくはかないひびはこんな--
気がつくと、ここにいた。
どこなのかはわからない、黒の世界。闇の中。
ただ、自分には複数の人間が、見てとれた。
複数人を同時に眺めることも、一人だけに意識を集中することもできた。
小説で言うところの神の視点とかいうやつか。
私にはそれができた。
一人の人に意識を集中させてやると、その人のステータスがわかった。
たとえば疫幽伸子(えきゆ . . . 本文を読む
起きたら死んで、いなかった。
霞む視界。
こもる音。
ここは、いったい……?
やがて世界は目覚めはじめる。ドアの開く音。同僚の姿。糞尿の匂い。救急隊のような格好の人たちが、部屋に入って来た。
「大丈夫ですか?」
その中の一人がそう言った。まだ状況が把握できていない状態で、
「はい、大丈夫です」と応える。
そう、大丈夫。
嫌な匂いが鼻孔をくすぐり、自分が濡れていることに気づく。青 . . . 本文を読む
やる気が出ない。
ふわーっと、どぅわーっと、ぶへーっと、やる気が出ない。
目の前は霞(かす)むのみ。
自分の無気力さにイライラ。
いくら飲んでも効いてこない薬にもイライラ。
ただやわらかいベッドが、ぼくを掬い救ってくれるだけ…… . . . 本文を読む
※この作品にはエグい描写が含まれています。お気をつけて。
眠れない。
真っ暗な部屋で一人ぽつりと布団の中、妄想を膨らませて夜中を過ごす。
夜明ける前に、私は町を徘徊する。彷徨う。
そしてゴミ置き場で電子レンジを拾う。
段ボールの中の猫も拾う。
どうせ死ぬ運命の猫だからと。
私はその猫を実験に使うことにして家に連れ帰った。
本当は人間の赤ちゃんで試してみたい。
しかし捨てられた赤 . . . 本文を読む
※この作品にはエグい描写が含まれています。お気をつけて。
一直線の農道。
左右を広大な田んぼが挟んでいる。青青とした稲が、陳腐な表現だがジュウタンのように茂っている。のどかな田園風景である。
僕はそこを、自転車で走っていた。
晴れているが、風が強い。向かい風ではないので脚に力をこめる必要はあまりないが、バランスを取るのにちょっと苦労した。
と。前からトラクターが来るのが見える。細い道 . . . 本文を読む
一直線の農道。
田んぼと田んぼに挟まれた長い一本道である。
僕はそこを自転車で走っていた。
前からトラクターが来るのが見える。細い道だがすれ違うだけの余裕はあった。
あともうすこし、というところで強い横風が吹いた。
自転車が田んぼに落ちそうになり、咄嗟に反対側へと飛ぶ。
地面に倒れこむと、目の前はトラクターのタイヤだった。
ぐちゃり。
潰れた圧力で目ん玉が飛び出し道に転がる。
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ハーラン・エリスン著の小説「世界の中心で愛を叫んだけもの」→新世紀エヴァンゲリオンTV版最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」→『世界の中心で、愛をさけぶ』
という引用の流れがあるそうである。
まぁ、せかちゅーのタイトルは編集者の意向で改題されたものらしいですが。
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