音楽の喜び フルートとともに

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病院狂騒曲

2013-04-30 21:01:31 | Weblog

芝桜は、京田辺市役所のロータリーに咲いていました。

今日は、朝から、父の病院に。
29日の夕方近所のモールで買い物をしていると、母から電話。父の導尿管がつまり、おまけに前立腺の腫れがひどく菅を通せない。膀胱に直接針で穴を開けてそこに管を通す処置をしたいので、印鑑持ってきて。
「えっ!内科の先生だけちがうん?」
「そうやけど、仕方ないねんて。」

病院に行ってみると、もう処置は終わっていました。
「看護師さんから、夜も付き添ってくださいって言われたわ。」
「抜いたら、今度はもうすぐ命が危ないから。って」
「私泊まろうか?」「いや、いい。」
「まずい。1日から4日まで、夫と、沖縄に旅行に行く予定やから、手伝えないよ。」
長男は免許を取るために愛媛に16日まで合宿。妹は夜勤続きで無理。


「明日、関西医大に受診に行って、そこで受け入れてもらえたら、転院するって。」
「泌尿器科がないから。」
「どうやって手術したの?」
「内科の先生が、泌尿器科の先生に電話で聞いて。」
「はあ…。」
「それで、あすは泌尿器科のある関西医大に11時半に予約入れてくれたから。」

朝、早めに行ってみると、両親はもう準備出来ているというので、紹介状をもらって、私の車で、出発。
10分以上いったところで、母の携帯に電話が、出てみると田辺中央病院からで、書類を間違って渡したので、取りに帰ってください。
早めにいった効果は消え、連休の谷間の月末で、どこもかしこも渋滞。
たって歩くのもままならない父を乗せて、1時間半。予約時間ギリギリで関西医大につきました。

予約といっても外来の間に受診が、1時間後。
エコーをとって、膀胱鏡というもので、前立腺に管を入れ直し、膀胱に入れた管を抜いてくれました。

結局、膀胱にあいた傷がふさがるまで田辺中央病院に入院して、その後は、しばらくは入院は必要ないとのことですが、導尿のケアーはずっと必要。また、3ヶ月後に手術するかどうか?診断して、もし、必要なら、京都府立医大へ送られることになるので、それなら、導尿のケアー、認知症、手術までできる関西医大に退院したら、かかりつけ医を変わっていただくことにしました。

全部受診終わったら、3時半。
そこから田辺中央病院に引き返し、また入院。
母と話していたらいろいろ出てきました。
まず、先日診断してもらった精神科の先生が提案してくれた薬が、全く出ていなかったこと。
それから、付き添いの母が寝ていたのが、一人がけの待合室用のソファ一つだったこと。

内科の先生に、関西医大での話をお伝えして、認知症の進行を遅らせる薬は処方してくれることになりました。それから、付き添いは難しいことを、看護師さんに伝えると、やっぱりそれは困る。それでは、つきそいさんを頼めないか?と聞くと、つきそいさんは長年見ていないそう。

妹が「父は、慣れてきたし導尿は、緊急なことはないので、大丈夫ではないですか?」というと、「26日に管を抜かれて血だらけになってはりました。」
「そんな話、聞いてない。初めてきいたわ。」と私。
なんで今まで黙っていたのだろう?

看ると言った手前、失敗があってはいけなかったのだろうか?
そのせいで炎症が進み、血腫ができて、あげくに開けなくてはいい穴を膀胱に開けられたっていうこと?

いやいや、そんな風に考えちゃいけない。看護師ははじめから夜間、休日は人数は少ないし、泌尿器科は精神科は非常勤。設備がない中の、緊急処置だったんだから。

退院まではここにお世話になるしかないんだから。

看護師さんにベッドをお願いしても、ない。包括支援室の担当さんに来てもらいましょうと言われて、相談できることになりました。

つきそいさんも探してくれました。高いけど、仕方ない。しかも明日しか無理。

ベッドを何とかしてくれないか?と聞いたら「話してきます。」
で、しばらくして入ってきたのは、待合室に置いてある3人掛けのソファー。

ああ、気になる。これで、大丈夫か、
帰って、次男にも予備校の休みの3日、4日に実家をのぞいて、手伝いに行ってくれるように頼み。
あすから、沖縄・・・。


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