何度聞いても覚えられないほど地味な題名だと思っていました。
観に行こうと思ったのは、
数日前、たまたま夫が開いていたPCから聞こえてきたプロモーションビデオの
「軍港」「大和」「武蔵」というキーワードに
ふと、
生前の母の昔話を思い出したからです。
この映画を観れば、
「大和をみんなで見送ったんよ」
と言っていた母が少女時代を過ごした呉市の様子がわかるかも知れない…
そう思いながら、本日の午後になって
ようやく、イオンシネマ高崎に出かけました。
終戦間際の度重なる“しつこい空襲”と母が言っていたのは本当だったのですね。
そういえば、母の手首の内側には、
防空壕で怪我したときの鉄の破片が入ったままでした。
映画では、戦時中の普通の人たちの日常が描かれています。
もし母が生きていて、この映画を観たら
きっと懐かしがっただろうな、と思いながら…
よく母が話していた
「山の方へ登っていくと家があって、そこで白い御飯のおむすびをご馳走になった事があったんよ、終戦後に行ったけど、もうどこにもなかった」
…と言うのは、こういう家だったのかな?
「寮から海軍工廠までの道沿いに遊郭があってね、みんなで一列になってその前を『兵隊さんよありがとう』を歌いながら歩いたんよ、そうすると海軍さんたちが窓から手を振ってね」
…そんな話もしていたな、
遊郭の話も、本当だったんだ…。
母から聞いていた通りの当時の呉の町の様子が、映画の中に描かれていていました。
悲しい場面もありますが、
アニメですので、生々しさがなく淡々と描かれていて、
最後まで冷静に、穏やかな気持ちで観ることができました。
全編が広島弁ですので、
少し不可解な言葉もあったという夫は、
「あの“おねえさん”のものの言い方は、オマエの妹にソックリだった…」
とも言っていました。(^^;;
ノンさんの声も主人公のキャラクターにぴったりでした。
ちなみに、「こまいのう」とは「小さいね」という意味です。
広島弁は得意ですので、何でも訊いてください。
しみずゆみ⛄️
観に行こうと思ったのは、
数日前、たまたま夫が開いていたPCから聞こえてきたプロモーションビデオの
「軍港」「大和」「武蔵」というキーワードに
ふと、
生前の母の昔話を思い出したからです。
この映画を観れば、
「大和をみんなで見送ったんよ」
と言っていた母が少女時代を過ごした呉市の様子がわかるかも知れない…
そう思いながら、本日の午後になって
ようやく、イオンシネマ高崎に出かけました。
終戦間際の度重なる“しつこい空襲”と母が言っていたのは本当だったのですね。
そういえば、母の手首の内側には、
防空壕で怪我したときの鉄の破片が入ったままでした。
映画では、戦時中の普通の人たちの日常が描かれています。
もし母が生きていて、この映画を観たら
きっと懐かしがっただろうな、と思いながら…
よく母が話していた
「山の方へ登っていくと家があって、そこで白い御飯のおむすびをご馳走になった事があったんよ、終戦後に行ったけど、もうどこにもなかった」
…と言うのは、こういう家だったのかな?
「寮から海軍工廠までの道沿いに遊郭があってね、みんなで一列になってその前を『兵隊さんよありがとう』を歌いながら歩いたんよ、そうすると海軍さんたちが窓から手を振ってね」
…そんな話もしていたな、
遊郭の話も、本当だったんだ…。
母から聞いていた通りの当時の呉の町の様子が、映画の中に描かれていていました。
悲しい場面もありますが、
アニメですので、生々しさがなく淡々と描かれていて、
最後まで冷静に、穏やかな気持ちで観ることができました。
全編が広島弁ですので、
少し不可解な言葉もあったという夫は、
「あの“おねえさん”のものの言い方は、オマエの妹にソックリだった…」
とも言っていました。(^^;;
ノンさんの声も主人公のキャラクターにぴったりでした。
ちなみに、「こまいのう」とは「小さいね」という意味です。
広島弁は得意ですので、何でも訊いてください。
しみずゆみ⛄️
孫に観せたい映画ですね
私の場合は、単に実母の居た場所の事を知りたいと思いながら観ただけですので、映画の評価とは別の視点になるのでしょう。
ただ、観終わって感じたのは、多くの人が思ったように、この映画は戦争云々を問い質す映画ではなく、『人間讃歌』であるという事です。
どんな場所でも生きていく事ができる、どんな状況でも生きて行かなくてはいけない…そんな強さを主人公を取り巻く登場人物から感じました。
それは、原爆投下の翌日に呉から広島に入り被曝して島根に帰郷し、戦後の混乱期を生き抜いてきた実母の強さにも共通していると思いました。
置かれた場所で生きて行くしかない…そんなメッセージを受け取った気がしています。