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時間の残酷

2009-11-16 | 私のギリシャ物語


著書『ギリシャ愛と詩の島』を読んで下さった方々に後日譚をひとつ。

ギリシャ人が語る12の物語からなるこの本。
その最初の3話に登場するのがディモス・ナッソスで
1919年生まれの彼は今年91歳。 
ギリシャの友人の中でも最高齢だ。

レスボス島のモリボスにいくと必ず彼を訪ねるけれど、会いにいく前の日は
決まって怖い。「ディモスは亡くなったよ」と告げられるのが怖いのだ。

若いときは美丈夫だった彼も80を過ぎて心臓のバイパス手術をし、
足腰も弱ってきて 一日のうち数時間しか彼の王座に座ることはない。
彼の王座とは 娘夫婦に譲ったレストランの前におかれたテーブルのことだ。

モリボスの港を見下ろし、緑濃いトルコの山影を望む、その場所で 
彼の思い出語りは私をコンスタンティノポリスのスパイスバザールへ、
燃え上がる1922年のスミルナへ、
ナチと戦うパルチザンの山奥の隠れ家へと連れて行ってくれた。

彼の話を聞きながら、自分の父の思い出話をなぜもっと
聞いてあげなかったのだろうと心が痛む。

どこの国でも この年代の人々は物語の宝庫であり、聴く耳さえあれば
おしげもなく とっておきのストーリーを語ってくれる。

ディモスにはもうそれほど 長い未来はないだろうと私も思っていた。
でも 彼は実によく生きた。スミルナから両親の腕に抱かれて脱出し、
様々な職業をこなし、モリボスに駐屯したナチの裏をかき 
戦後初のレストランを村に開いた。

私が出会った時 彼は83歳だった。
長年連れ添った妻マリアは白髪になったが壮健で
レストランを継いだ娘を助けてキッチンで料理をしていた。

ふたりの息子はそれぞれメインストリートに店を持ち孫も大勢いる。
彼ら家族に見守られて 穏やかな最後を満足とともに迎えるだろう
と誰もが考えていた。


今年の7月、「元気そうね、よかったわ」と
久しぶりにあったディモスにカメラを向けると
彼は耳もとに花を挟み
「あぁ このとおり私は元気だよ。」と微笑んだ。

キッチンに妻の姿がないので、
「マリアはどこなの?」と私が訊くと
「マリアは出かけていてな・・・私はここで待っているんだよ」
「もう3年になる・・・」

2年前の冬 彼の妻はクリスマスのクッキーを焼いていた。
マリアのクレアビディスは最高だと、村の誰もが知っている。
夕方、家の中を甘い香りが満たし、雪のような粉砂糖をまとった
クッキーがたくさん出来上がった。 
「エレニさんのところへお裾分けにいってくるわ」と
マリアはいった。

「5分で戻るからと出ていって、二度と戻ってこなかった。
この先の石段で転んで頭を打って、あっけなく死んでしまった。」
ディモスはもう微笑んではいない。
「心臓が悪い私がこうして90歳を超え 
一度も医者にかかったことがなかったマリアが
さよならも言わないで逝ってしまうなんて・・・」

私はなんといっていいかわからなかった。
先に亡くなるのはディモスと私も思いこんでいた。

「娘は良くしてくれる、だがね、妻を亡くして私はひとりになってしまった。
マリアと最初にあったのは彼女が3歳の時だった。近所で育った幼なじみの
私たちは結婚して70年間一緒だったんだ。マリアなしで、私はもう私ではない。
とるにたらない誰かになってしまった。それでも生きていかねばならない、
元気だけれどね。これほどつらいことはないよ」


時として 
時間はとても残酷な運命を用意している。
 






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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (アポロ三毛)
2009-11-19 20:34:19
最近、lesvosoliveさんの本を偶然読み直していたところだったので、んー複雑なシンクロです。
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昨日のこと (lesvosolive)
2009-11-20 08:42:18
やはりこの本を読んでくれてた
アート・グループの仲間からも

「最新記事を読んで
泣けて泣けてしょうがなかった・・」
というメールを貰ってました。

みんなをかなしくさせてしまったかなぁ・・

でもこの本を書いてよかった。

こうして
彼の寂しさを思ってあげる
人たちができたんだもの



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Unknown (バカ猫)
2009-11-23 21:00:58
このブログ、もしかして川政祥子さんのでしょうか??
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ばか猫さん (lesvosolive)
2009-11-24 13:01:16
こんにちは

それは過去ブログ 特に2007年10月頃を
お読みになるとわかるかもしれません。

こんな答え方でごめんなさい。

これからもどうぞよろしく

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Unknown (あき)
2009-11-24 14:42:49
 今回アテネで会えなかった人
市場の中で靴屋のヨルゴスさん八百屋のおじさんに聞いたらカプーツ 亡くなった?
おじさんより随分若いと思ってはいたが、まさか
皆より早く来て通用口のシャッターを開ける姿を滞在中はよく見ていただけに閉められたままの戸を見るとサミシイ
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あきさん (lesvosolive)
2009-11-24 15:41:51
ヨルゴスさんに会えなかったの残念です。

時間は人を待ってくれない

戻ってくれない

決して歩みを止めない

だからこそ
一瞬一瞬が宝物なんですよ
きっと

想い出して、
いっぱいさみしがってあげてください




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