最近ワールドカップで早起きしているので、日中とても眠いです。
ギリシャVs日本の試合でギリシャ国歌を初めて聞いた方も多いのでは?演奏を聴くと、短くてごくあっさりしているように思えますが、いやいや実は世界で一番長い国歌なんです。
4行のスタンザ(連)が158もあるので、行数で言うと632行。これを全部唄っていると、サッカーのゲームだと前半がつぶれてしまう?かもしれません。そこまでならなくても、起立して唄っている人たちが次々に昏倒する!、とか起こりそう。あまりに長いので、最初は3連まで唄っていたのが、現在では2連までとなっているようです。全部唄える人は誰もいないことでしょう。
長い独立戦争の後、ギリシャがロンドン議定書で独立を宣言した2年後の1832年にΔΙΟΝΥΣΙΟΣ ΣΟΛΩΜΟΣ/ディオニシオス・ソロモスによって詩が書かれました。当時、首都はアテネではなくナフプリオンにありました。
そしてコルフ島のオペラ作曲家ΝΙΚΟΛΑΟΣ ΜΑΝΤΖΑΡΟΣ/ニコラオス・マンザロスが曲をつけ1865年に国歌に制定されました。ちなみに、キプロス共和国も同じ2連を国歌としています。
内容は1792年に革命戦士たちの唄った詩からフランス国歌になったラ・マルセイエーズに近いです。ギリシャでも自由と独立は命をかけて戦って、多くの犠牲者の屍の上に勝ち取ったものなのです。
ギリシャ国歌「自由の讃歌」
私はあなた(自由)を知る
畏れ多いその鋭利な刃から
私はあなた(自由)を知る
地を統める大いなる力から
そして 尊い先人の骨から
原初のようによみがえる
讃えよ自由を!讃えよ自由を!
(拙訳)
この「先人の骨」という下りは、私にジュールス・ダッシン監督、メリナ・メルクーリ主演の映画「宿命」の印象深い一場面を想いださせます。
「宿命」は日本で公開された時の日本語のタイトルで、原作はΝΙΚΟΣ ΚΑΖΑΝΤΖΑΚΙΣ/ニコス・カザンツァキスのΟ ΧΡΙΣΤΟΣ ΞΑΝΑΣΤΑΥΡΩΝΕΤΑΙ「キリストは再び十字架に」です。
そのシーンはトルコ兵に終われ山へ逃げたクレタの村人たち、貧しい彼らは着の身着のままで、家から持ち出した財産はわずかに鍋釜、イスなどです。ひとりの老人はカラカラと音を立てる大きな袋を背負って長い山道を歩いて行きます。お腹をすかせた少年が聞きます、「おじいちゃん、その袋に何が入っているの?」老人は静かに答えるのです。「ご先祖さまの骨じゃよ、この骨の上にな、わしらは新しい村をたてるんじゃ。」と
私たちの国歌も実は同じ頃に歴史に姿を現します
開国し外交の式典などで必要になったものの、国の歌という概念などなかったに違いありません。英国のGod Save the King(現在は女王なのでQueen)に倣って 君主の栄光よ永遠なれという趣旨の歌が明治政府によって選ばれました。
1860年には福沢諭吉がFreedom, Libertyを「自由」と翻訳し、それまで日本になかった自由という言葉と概念は既に生まれていたというのに。あの時日本がフランス国歌に倣っていたら、国づくりも国民の意識も、その後の日本の歴史も違っていたのかも...しれません。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました