ギリシャへ そして ギリシャから From Greece & To Greece

ギリシャの時事ニュース、文学、映画、音楽がよくわかる
ギリシャの森林再生を支援する『百年の木の下で』の公式ブログです。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ハリウッドとギリシャ映画

2007-10-30 | ギリシャ映画
「ギリシャは再びハリウッド映画を引きつけることができるか」
という記事(日本語)を見つけました。
しかし映画はハリウッドだけではありませんよね。ギリシャ映画といえば重厚なアンゲロプロス作品を思い浮かべる人が日本の映画ファンに多いようですが、新しい才能や作品も次々産まれています。

ギリシャ国内で10月4日から公開中の映画「プロティフォラ・ノノス」のHPを開きTRAILERをクリックすると短い予告編が観られます。(言葉はギリシャ語ですが、面白さは充分伝わりますよ)
8歳の少年が初めてのノノ役を果たすために、有名な政治家の父親の代わりにクレタ島を初めて訪れ、初めてづくしの一人旅でカルチュアショックに振り回されます。原作者は祖父と父が元ギリシャで首相でもあ、詩人、作家のニコラス・パパンドレウ。映画は原作とはちがったコメディタッチで進行します。

そう、古代ギリシャは「喜劇」を芸術に昇華させた文化でもありましたよね。

巨額の制作費をつぎ込み、CG処理した完璧な背景でハリウッドスターが英語で話す『ギリシャ映画』よりも、ダンスの踊り手が飛跳ねるようなギリシャ語の響きを楽しめる、ふつうのギリシャ映画を日本で見たいと私は思いますが、皆さんはどうですか?
コメント (9)

いいんだよ そのままで 笑ってごらん

2007-10-29 | 絵を描く

私にとって絵を描くことは日記を書くのと同じ。
描こうと思ってよおく観ると それまで見えなかったことが見えてきたりします。

港のあたりで絵を描いて 坂の上にある家に帰る道 いつも卵やヨーグルトを買かう店。
店主のヨルゴスは開店と同時に階段になっている店の前の道に空き箱を2個並べます。すると犬と猫がやってきて箱の中へ。
「飼ってるの?」と訊くと「いいや」といいながら、箱の横には飲み水とペットフードがある。「こいつらはここが好きなのさ。誰にも好きなところで生きる権利はある。生きてれば腹も減るだろ」とヨルゴスさん。

お店の建物は100年以上前から雑貨屋さんだったのをヨルゴスさんが20年前に購入した。建物の壁に人の顔の彫刻がついている。
「あれはなあに」と訊くと、「この家を建てた家族の娘が幼くして亡くなって、悲しんだ両親はみんなが娘を忘れないようにってつけたんだそうだよ」と話してくれた。
「天使みたいなかわいい顔だろ。この辺のこどもらを守ってくれていると思うね」
小さな子らがお小遣いを持って、よくお菓子を買いにくるヨルゴスさんの店。
店の前は自動車が通れないが、車の多い道を渡らないと行かれない。おまけに角は見通しがわるくて危険だ。しかし、ここでこどもが事故にあった話は聞いたことがない。

この絵の原画は10月31日までブックファースト銀座コア店のMado GALLERYでごらんになれます。 
コメント

かわいい寄付が届きました

2007-10-27 | 百年の木の下で

友人の中でいちばん若いクレオパトラ・バシレリちゃんから「これを売って寄付にして下さい」と「百年の木の下で」に絵が届きました。売るつもりはないですが、次回原画展をするときには額装して展示したいと思います。

「ギリシャ愛と詩の島」7章で私にとっておきの話をしてくれた時のパトラは5歳でしたが、この9月で10歳になり、足の悪いおばあちゃんの面倒を良く見ています。

絵は将来自分が建てたい家で、もちろんおばあちゃんのための部屋があって、蝶々や鳥がいっぱい遊びにくるように周りに木や花を植えるそうです。

ありがとうクレオパトラ

コメント (1)

過ぎた日も 明日も 同じ宝もの

2007-10-26 | 絵を描く

絵を描くのはいつも現場主義。
一瞬の感動を逃がさないように一気に描きます。
そして、その時思っていることや考えがそのままタイトルになります。道端で描き始めると、椅子を貸してくれる人が現れたりします。このときも、右側の日よけのある家から女性がコーヒーとクルーリというお菓子をもって来てくれました。私も編み物するわと、階段に腰掛けた彼女を実際より少し若くちょこっと細めに描いてあげたら、「あら~そっくり」といってとっても喜んでくれました。

エーゲ海の島々の景色や街角のひとコマを描いた原画展「ギリシャの島から」会期終了が迫ってきました。ぜひ見に来て下さいね。
コメント (2)

絶滅危惧種?

2007-10-25 | ギリシャから
           Photo by Shoko Kawamasa

数年前 ミコノス島で ロバの写真を撮っていた観光客がアテネから来たギリシャ人だったので驚いたものでした。こんな光景も今は昔になってしまうかも。

ギリシャの新聞にこんな記事がでていました。
人間の身勝手と利便性の追求の犠牲になるのは、野生動物だけではないようです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自動車社会の犠牲者 KATHIMERINI 2007/10/24

ロバの背に乗って、曲がりくねった山道を行く老人の姿は最も良く知られたギリシャのイメージのひとつだ。しかしそれも、もうすぐ。歴史の本、絵はがき、古ぼけた写真でしか見られなくなるのかもしれない。
ギリシャからロバの数が減っている_しかも急速に。このままでは20年のうちに見られなくなると専門家は危惧する。

「この数年でギリシャのロバの数が激減しました。1950年代には50万頭もいたロバが過去50年間で実に96%も減り、1996年には18000頭ほどになってしまった。」とアリストテレス獣医大学のヨルゴス・アルセノス教授はいう。実は今年の夏の大火災でも多くのロバが焼け死んだ。被害を受けたペレポネソス半島南部にはギリシャ全体の40%のロバが飼われていたのだ。今年の終わりには16000頭にも満たない数になるだろう、と教授は予想する。
この勢いでは10-15年のうちに1000頭以下になる。
この傾向は地中海北岸だけで、世界的に見るとロバの数は増加していて、全世界で4千万頭ほどと研究家ポールスターキー氏は説明する。

ところが地中海北岸では激減しているのだ。人と物の輸送を支え、畑を耕してきた頼もしいロバたちは近代化の犠牲になった。輸送に便利で早い自動車にどんどん活躍の場を奪われたのだ。ここギリシャでもバイクやトラック、トラクターが我が物顔で走り回るようになった。

ただ一カ所イドラをのぞいては。
巨大化したアテネから水中翼船でわずかのところにある美しいたたずまいの島で、ロバやラバが島の暮らしを文字通り動かしている。陸上の交通手段として自動車も、バイクも、トラックも禁止されているからだ。
港に着いた観光客が荷物を運ぶのも住人が引っ越しをするにも全て彼らの背で運ばれるのだ。ゴミ収集に従事するロバもいる。

港の端でおとなしく並び船が着くのを待っているロバは手荷物だけでなく、工事用の建材なども運ぶ。
お客を待つているロバの運転手ヤニスはいう「縫い針から冷蔵庫まで。なんでも運ぶよ」
「小さい頃から飼ってたし、ロバが好きなんだ」というヤニスは15歳と20歳の2頭のロバを飼っている。

イドラには1200頭のロバが飼われていて。これはギリシャ全土のほぼ10%になる。市役所だけがゴミ回収トラック一台とごくまれに使う軽トラック一台を所有している。島の暮らしの隅々にとけ込んでいるロバたちなしに島民の生活は成り立たない。とイドラ市長は言う

しかし,近代化が伝統的な生活のあり方を浸食している我が国(ギリシャ)でイドラ島はまれなケースだ。ここ以外ではロバには厳しい未来が待っている。
「これは憂慮すべき現象だ」とアルセノス教授はいう。「これまでの使役動物という考えから、人間の仲間という関係を築き、国家規模で保護しなければロバのなかでも特に希少な種の絶滅の危険があります。ロバたちは我々が守り次の世代へ手渡さなければならない貴重な文化遺産でもあるのです」
要約:訳責 かわまさ


コメント (4)

島のコンビニ

2007-10-24 | 私のギリシャ物語
パトモス島のメインストリートを行くトラック。引っ越し?いえいえ。キッチン用品、子供服、大きな水がめ、テーブルクロスまで、何でも揃う島の移動式コンビニ。商品の名前をマイクで連呼しながら島を巡回します。日本の焼き芋屋さんみたい。

コメント

山火事その後

2007-10-20 | ギリシャから
雨に備えるパルニッサ山 KATHIMERINI 2007/10/10

6月の山火事で大きな被害を受けたパルニッサ山では秋の大雨の季節に備え、土石流の防止柵が急ピッチで進んでいる。

火事で燃えた木の幹が使われている3kmに及ぶ柵の下には火事の被害を逃れた住宅が並んでいる。仕上がりつつある柵を見ても住民は不安を隠せない。「最初の雨に持ちこたえれれば、大丈夫だけど、まだ安心できないね」ある住人はkathimerini紙の記者に語った。

環境学専門家によれば、灰になった土地の植物の回復は順調に進んでいるようだ。彼の観察によると、火事の数週間後には野生のアスパラガスが生えてきた。草の丈も50cmくらいにまで成長し、シクラメンなどの球根植物も地表近くにまで伸びている。自然の治癒力による再生の第一歩は力強く進んでいるようだ。

非常に残念なことも起こった。密猟者たちが保護動物に指定されているRed Deer(アカシカ)を50頭も殺していることがわかったのだ。密猟者は夜の闇にまぎれて行動する。森林という自然の盾を失った鹿たちが密猟者の銃口のたやすい標的になっているのだ。

森林保護の重要さを知らせるために、エコツーリズムも進んでいる。北部ギリシャのドロピの自然林の中を108km歩くというトレッキングが今週末行われる。
貴重な保護種を含む手つかずの森を体験することによって、その重要さを知ることができる、とこのトレッキングを企画したグループの代表はいう。
(訳責:かわまさ)


コメント   トラックバック (1)

風のなかひとり心の声を聞く

2007-10-19 | ギリシャへ

ギリシャの森林再生を支援するポストカードは ギリシャレストラン エーゲ海 http://r.gnavi.co.jp/a149500/
ギリシャ料理 スピローズ http://www.spyros.jp/index.cgi
オルゴールとギリシャ雑貨のお店 Saturday http://satmb.com/
ブックファーストhttp://www.book1st.net/shops/index.html銀座コア店、二子玉川店、神田駅前店、大阪の梅田3階店でお求めになれます。

売り上げは現地の非営利団体をとおしてギリシャの森林保護再生の支援となります。みなさまのご協力をお願い申し上げます。

これは4枚組カードのうちの1枚です。
レスボス島のルウトラという村で描きました。
この辺りの南向きの丘には数百年の樹齢のオリーブたちが何本も枝を広げ、
海風に銀色の葉を揺すっています。

コメント   トラックバック (1)

かわまさしょうこ原画展「ギリシャの島から」

2007-10-19 | 百年の木の下で
 
      会場 Mado GALLERY ブックファースト銀座コア店    
      http://www.book1st.net/shops/index.html
      銀座4丁目交差点 銀座コア6F
      10月1日-31日 10am-10pm 会期中無休

20歳から多くの国を旅してきました。たくさんの土地を訪れ、アメリカやモロッコにも住みました。それでも何度も訪れたくなるのはギリシャです。日本にいてもわたしのこころはいつのまにかギリシャへ飛んでいってしまうのです。
 日本とギリシャの間を行ったり来たりしながら、ギリシャ人と話すためにギリシャ語を学び、彼らの住む土地の美しさをじっくりと眺めるために絵を描きました。わたしを家族の一員のように暖かく迎えてくれる友人たちも増えました。

名前をきいたこともない、ガイドブックにも載っていない美しい村がギリシャには数えきれないほどあります。

 ギリシャ通いを続けているうちに30年が過ぎましたが、今もギリシャを愛し続け、まだ愛し尽くしきれないでいます。

絵画展に並んでいる絵は、いつも通りかかる道、よく買い物に行く店、大好きなギリシャの人たちの暮らしの一コマを切り取ったものです。
そこに住む人たちにとってごく普通の日常の景色が、外から来た者には美しい非日常であること。それが本当に美しい場所なのだと思います。そして、それらの場所がいつまでも変わらずにありますようにと願いつつ絵を描いています。

ギリシャは乾燥した地中海気候で、冬暖かく夏は過ごしやすいところです。夏は北から、冬には南から風が吹くからです。ところが、今年は春の雨が少なく、夏に南風が吹き、6月から最高気温40度を超える日が続きました。

 そのような気象条件のもと山間部を中心に森林火災が6000件も発生し、強風に煽られて広がった炎は多くの木や家を呑み込んで燃え上がりました。ギリシャ全土で184000ヘクタールもの土地が灰になり66名が亡くなりました。

特に被害が多かったペレポネソス半島の南西部(ギリシャのオリーブオイルの三分の一を産出するエリア)では少なくとも450万本の成木が焼失しました。結果、この地方の総産業収入の60%が失われると予想されています。オリーブの木を植えオイルがとれるようになるまでは最低十数年かかります。全てをなくし村を離れる人たちが増えています。

羊を放牧していた草地も焼失し、古代オリンピアに近い村々では数百頭の羊が飢えていますが、牧羊家にはなす術もありません。

数千年も、人びとはこの土地でオリーブの木を育ててオリーブオイルをしぼったり、羊を飼ってチーズを作ったりして暮らしてきました。木や森をなくすことは彼らの生活の糧と伝統の暮らしをなくすことです。

ギリシャの美しい風土と伝統の暮らしが存続するためには森林の再生が欠かせません。ギリシャの人びとと自然のためにささやかなお手伝いをしたいと考え、ポストカードを作ろうと考えました。しだいに協力してくれる人たちが増え、プロジェクトに発展しました。もちろん木を植えること自体大切なのですが、自然と一緒に人びとが幸福に暮らせる未来のためにという願いを込めてプロジェクトは「百年の木の下で」と名付けられました。

コメント (8)   トラックバック (1)