ギリシャへ そして ギリシャから From Greece & To Greece

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GONE GREECE

2012-07-13 | ギリシャから

ΝΗΣΙΩΤΙΚΑ ΤΡΑΓΟΥΔΙΑ ΜΙΧ Νο 2.wmv

ただいまギリシャにでかけています。更新とコメントはお休みさて頂きます。

ギリシャの島々の美しい景色と民謡をメドレーでお楽しみ下さい。

今頃私もどこかの島で、踊っているかもしれません。海風に吹かれ、満月の下で、村の広場で、または浜辺で・・・

みなさま楽しい夏をお過ごし下さい。

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作られたギリシャのイメージ

2012-07-02 | ギリシャへ

Γιάννης Πάριος - απορώ - Giannis Parios - Aporo

昨今のギリシャ共和国とギリシャ人へのバッシングをみていて、不思議に思います。

私が毎年欠かさず(去年は家庭の事情で行かれませんでした)ギリシャヘ行くのは、別にエーゲ海があるからでも、遺跡があるからでもありません。幸せな顔をしている人たちの割合が多いからです。残念なことに、東京は正反対。みんな疲れて眠そうか、なにかにいらだっているように見えます。満員電車に乗っている時の私もきっとそうなのでしょう。

何度でもいいますが、『ギリシャ人は怠け者などではありません』確かに要領はあまり良くないかもしれませんが・・。

例えば、イタリアが輸出するオリーブオイルの量は、生産量より多いと言われています。次回スーパーへ行かれたらよくボトルをみて下さい。packed in Italy,(イタリアで瓶詰め)、exported from Italy (イタリアより輸出)などと書いてあったら、それはイタリア産でないオイルが混じっている可能性があり、その多くはギリシャ産です。チュニジアや、モロッコからも買い入れ、赤白緑の三色旗のマークをつけて,イタリアから海外へ売っているのです。

現在のイタリアは商社のような働きをする小さな都市国家の集合体です。貿易会社が集まって国を作ったとも言えます。

ギリシャにはそれができませんでした。なぜかというと、近代のギリシャはトルコやイタリアの植民地として長く支配され、独立戦争で多くの若者が命を失い、世界大戦に巻き込まれ、トルコに残された同胞を受け入れて急激に人口が増え、ナチの支配を受け、飢餓に苦しみ、生き残った多くの若者は国外へ職を求めて移住し、第二次大戦後は内戦で国内が荒れ果てるという厳しい時代を生き抜いてきたからです。 

1974年に独裁政権が倒れてから現在までのギリシャが、例外的に安定していただけなのです。30数年の平和と安定を享受した目先の利かないやさしいギリシャ人たちは、今まるで世界経済を滅ぼす悪魔かなにかのように取り上げられています。

現金収入が多いことだけが豊かさの指標。働き者イコール忙しい人。忙しくない人は怠けもの。怠け者は罰を受けて当たり前。という図式はいつどこで生まれたのでしょうか?それはいったい誰の価値観なのか?私には不思議でなりません。現金がなくても充足感がある暮らしを求めてはいけないのでしょうか??

夏の間ギリシャの街や村では、毎週末の夜、公園、広場、市民会館、教会の庭などで、コンサート、伝統舞踊の発表会、お祭りなどが開かれます。レスボス島は7月だけでも 浅い入り江産卵に来た、落ちイワシを食べるカロニのサルデラ祭り、ミティリーニのウゾ祭り、アギア・パラスケヴィの草競馬。モリボスの城を使った古代演劇や、コンサート。野外映画上映。などなどが目白押し。

その多くが入場無料か、有料でも5ユーロほどで参加できます。小さな街の地元の舞踊団や、絵画のグループ展、詩を読み聞かせる集いなどでも、街や市は補助を出します。現金が出なくても場所は提供してくれます。参加者やその家族がオープニング・レセプションに飲みものや手作りのおつまみなどを持ち寄ります。カップルも小さな子連れもいける、そういう場所に順番に立ち寄りながら、人々は夏の長い夜を楽しみます。

ギリシャの文化度、幸福度は日本より高いと、行く度に私は実感します。海外からのバッシングと緊縮政策で、彼らの顔から笑顔が消えてしまいませんように・・

ビデオの曲はヤニス・パリオスのアポロ(太陽神ではありませんよ、彷徨うという意味です)景色は彼の生まれたParos島だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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