Αηδονάκι στον εθνικό κήπο ! ナショナル・ガーデンのナイチンゲール
ナショナル・ガーデンについての面白い社説がAthens Plusにありました。
『都会のオアシスであるナショナル・ガーデンはみんなの宝物であり
公私の区別と繋がりの感覚とはこういうところで育まれるものだ』
という興味深い意見ですので、ちょっと長いですが読んでみて下さい。
家の中をあんなに清潔に片付けているギリシャ人が
街はゴミだらけでも平気というのがいつも不思議でしたが、
ちょっと関係あるのかもしれません。
ナショナル・ガーデンついて_______________________
アテネを訪れた人なら きっと一度は通ったり
木陰のベンチで休んだりしたはず。
シンタグマ広場の国会議事堂の裏から
ザッペイオンやパナシナイコ競技場を含む
15ヘクタールの緑濃い公園は、都心の喧噪や
真夏の強い陽射しから逃れて ほっとできるところです。
映像
1830年代に首都の王室庭園として誕生し
共和国政府の手を経てアテネ市の所有管理下になってから、
様々な問題が起きています。
まさに新たに大規模な改造が加えられようとしている現在、
この都市が、どのような公園を必要としているのか、議論が急がれています。
Athens Plus:アセンズ・プラス 2009/02/06号 社説 _____________
騒々しく空気が悪いアテネの中心にありながら、
その静けさと完結したエコシステムを持つナショナル・ガーデンは、
「喧噪の海に浮かぶ穏やかな離島」といえる。
門をくぐり木陰の広い散歩道をたどると
公園が周囲の混乱の解毒薬の役目を果たしていることを
誰でもが感じ取れるだろう。フィロパポスやリカベトスの丘、
パナシナイコ競技場、アクロポリス、アゴラ、アレオス公園
などをのぞくとアテネにおいて魂が癒される数少ない場所のひとつが
ナショナル・ガーデンだと気づく。
昨年6月のアンケート調査によると住民の65%がアテネを
離れたいと思っていると聞いても私は驚かない。
住民のほとんどは入り組んだ細い道に面した小さなアパートに住んでいる。
もともと狭くて壊れていてることが多い上に、
車やバイクが乗り上げて駐車している歩道を
ベビーカーを押したり、車いすで通行するなどまず不可能だ。
アテネの急な人口増加と、常軌を逸した開発の犠牲となって
庭付きの小さな家々は取り壊され、集合住宅の群れがとって替わった。
ほっとできるような公共のスペースはほんのわずかしか生き残れなかった。
10年前までだったら、夏の夜、家の前の歩道に椅子を並べ
夜が更けるまでおしゃべりしているおばあさんたちを見かけたものだった。
最後の家が取り壊されてアパートが建ち、歩道は車を停める場所に
なってしまった。おしゃべりしていたおばあさんたちは既に亡くなったか、
鍵をかけた部屋の中にひとりで閉じこもってくだらないテレビ番組を
眺めるしかない。
オープンで社交的な性格であるギリシャ人同士が結託して
自らの公共の場所を葬ってしまったのはとても皮肉なことだ。
パリやロンドンなどの大都市でも多くの人々は小さなアパートに
住んでいるだろう、しかし、その代わりに、大抵の大都市には
公共のスペースや、邪魔物のない歩道があって人は歩くことを楽しめる。
このような感覚から個人を保ちつつ、社会の一部であるという
実感が生まれてくる。
アテネにはそのような適切な公共の場所はまれなので、
この微妙な社会関係を築くことが妨げられているのでないだろうか。
だから個人の場所と公共の場所の区別が付けられず、
公私の線引きができない人が多いのだ。
ナショナル・ガーデンはその土や木々でやさしい風を私たちに送り、
都心の最も厳しい環境を楽園に変えてくれることを
その存在が欠かせない物であることを証明している。
ここに住むのであれば、この都市をより良くしようではないか
そうすることが私たち自身をより良くすることになるだろうから。
翻訳:lesvosolive